バッティングセンター
「お姉さま見ていてください! この猫矢が華麗な一撃を叩き込んで見せますわー!」
「頑張れー」
猫矢さんがバットを構え、前方を見据える。
スクリーンに映った相手投手は表情一つ変えず、静かに佇んでいた。
「さあ、いつでもきなさい!」
相手投手が動き、渾身の一球が放たれる。
猫矢さんの振ったバットは――空を切り、ネットにボールがぶつかる。
「ば、馬鹿な、ですわ」
猫矢さんががっくりと項垂れ、土屋さんが「次は当たるよ」と声を掛ける。
このピッチングマシンは少年野球用で球速七十キロを投げるように設定されているのだが、バットはかすりもしなかった。
もうそれなりの付き合いになるのでわかっているのだが、意外にも猫矢さんはスポーツが苦手だ。しかし、自信だけは充分なので、一番打者に名乗りを上げた。
「猫矢さん、打つときボールを見てないよ。最後まで目を逸らさないで」
「鈴木に言われるまでもありませんわ!」
予想はしていたが聞く耳を持ってくれない。素直に話を聞いてくれないと同じ事を繰り返すだろう。
「土屋さん、悪いけど猫矢さんに同じ言葉をかけてくれないかな?」
「わかった。猫矢さん、ボールをしっかり見て」
「はい、お姉さま!」
理不尽だ、と喉から出かかった言葉を飲み込む。
俺が何を言ってもあの猫には通じないのだろうか……。
「ボールをしっかり見て……最後まで目を逸らさない!」
猫矢さんの振ったバットにボールが直撃する。
ホームランとまではいかないものの、長打コースだ。
「やった! やりましたわ、お姉さま!」
「おめでとう猫矢さん」
飛び跳ねて喜ぶ猫矢さんを見て、土屋さんは笑っていた。
「やっぱり土屋さんの言葉は猫矢さんによく聞こえるみたいだね」
もはや苦笑しか出なかった。
「私は『ボールをしっかり見て』としか言っていない。『最後まで目を逸らさないように』と言ったのは鈴木君だよ」
……もっと素直になれよ、馬鹿。
その後、俺の番になったのだが、土屋さんの前でかっこつけようと球速を上げた結果凡打を連発した。
もちろん土屋さんは同じ球速でホームラン連発だったよ、畜生。