真実
あれから数日だった。俺へのいじめは再開し、今日も机は落書きまみれだった。そのため、ボールペンのカメラに何か映っていないか見るため、放課後パソコン室に集まることになった。幸い人はおらず貸し切り状態だ。
万が一画面を見られないよう、端にあるパソコンを起動させる。
「いよいよだね、これに何か映っていれば……」
俺は受け取ったボールペンをパソコンに接続し、ビデオを再生する。その様子を土屋さんと猫矢さんは固唾をのんで見守っていた。
「あ、映りましたわ、しかもばっちり鈴木の席だけ」
「角度とかペンの位置調節は完璧にしたつもり、これでいつでも鈴木くんの姿が見える」
「やめて」
冗談だと笑う土屋さんに癒されながらビデオを早送りし、落書きがされていた早朝に時間を合わせる。まだ机はきれいだったので早朝に落書きがされていた様だ。
「お! 誰か入って来た……えっ⁉」
「何で、この人が⁉」
映っていたのは、クラスメイトどころか同じ学年の誰でもなかった。
二組の担任、田中先生が俺の机に文字を書き殴っている姿が映っていた。その表情は歪み、悪意に満ちている。
「つまり、今まで鈴木の机に落書きしていたのは田中先生だったのですか⁉」
こんなことをするのは当然学生だと思っていたから盲点だった。
つまり何食わぬ顔で先導者となり、周りの生徒がいじめだすような流れを作っていたということだ。
「信じられない……あの先生が」
思い返せば不審な点はいくらかある。土屋さんに対する執着、机が入れ替わっていた際の怒りなどだ。 だがそれだけでは少々動機が弱い気がする。そもそも土屋さんの周りにはもっと多くの人がいたはずだ。何故俺だけにこのようなことをする?
真実に動揺が隠せず、誰も言葉を発せなくなった。重い口を開いたのは、俺たちの切り込み隊長猫矢さんだった。
「ひとまず外に出ましょう。落ち着いてから今後について話せばいいのです」
「わかった」
パソコンからボールペンを外し、急いで学校を後にする。
警察に届けるべきか佐藤先生に報告するべきか、俺達だけでは判断がしきれないし、一度ゆっくり考えられる場所を探そうと話し合いで決めたのだ。
なるべく誰にも会いたくない。そう思って人気のない道を選んだのが間違いだった。
「おー土屋さん達、こんなところで会うとは奇遇だねー、少しお話でもしない?」
田中先生だ。
人のよさそうな笑みを浮かべているが目は笑っていない。まるで得物を狙う狩人の目だ。
「先生と話すことなどありません! 失礼します!」
「残念ですねー私にはあるんですよ」
先生を押し退けようとした猫矢さんの動きが止まる。先生が持っていたのは――ナイフ!
「先生! なんてことを!」
「大きな声を出さないでねー、うっかり手が滑ってこの子が真っ赤になっても知らないからねー?」
動けない土屋さんの首元に先生はナイフを突きつけながら自身の盾にする。猫矢さんは恐怖で真っ青になり、その目から涙が零れ落ちていた。
「パソコン室の様子をこっそり見せてもらいましてねー、まさかここまでのことになるとは思いませんでした。私は土屋さんが欲しかっただけなのにねー」
「何を言っている?」
「覚えていますかー? あの時、鈴木くんがこなければ、土屋さんは私のものだったねー」
「まさか……あの時土屋さんを襲っていたのは――!」
「ピンポーン! 大正解だねー。つい我慢できなくなって攫っちゃおうと思っていたら、運悪く鈴木くんが通りかかったわけねー」
暗くてよくわからなかったから勝手に男と思い込んでいた。
つまりこいつが土屋さんにトラウマを植え付け、苦しめて来たすべての元凶……!
「どうしてそんなことを……?」
土屋さんが呆然としながらそう吐くと、田中の口元がさらに歪む。
「私は土屋さんに一目惚れした。氷のように冷たい瞳に、照りのある黒髪、艶やかな唇に、整ったスタイル。全てが私の理想そのものでねー、そんな貴方の担任を務められるだけで幸せだったねー。だけどそれだけじゃ我慢できなくなってねー、精一杯触って、舐めて、匂って、聞いて、しゃぶって、嬲って、掻いて、刺して、犯して、潰して――最終的に壊したいと思ってねー‼ あひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ‼‼」
「ひッ!」
怯える土屋さんの肩を支える。
顔は青白く、呼吸も荒かったが、辛うじて倒れることはなかった。
「あの時は喜びに震えていた。やっと土屋さんを自分の物に出来るってねー。だけどそこに鈴木くんが来てしまった! そして私の土屋さんに今の様にべたべた触れ合っていた……許せなかった。だから痛い目に合ってもらおうと思ってねー」
こちらを見る田中の目がぎらりと光る。
人とはここまで狂えるものなのか。
自分のことしか考えず、他者を傷つけることに何の抵抗も覚えていない。
猫矢さんが悔しそうに唇をかみしめている。
「どうするねー? この子を殺すか、大人しく私の物になるか? 早く選んでねー」
「……わかったわ、私を好きにしていいから猫矢さんを解放して」
「土屋さん!」
俺の手から離れた土屋さんがゆっくりと田中の元へ歩いてく。
止めようとしたが、土屋さんに手で制された。
「賢い選択だと思いますねー。ではこちらへ来なさい」
田中は近づいてきた土屋さんの髪を強引に引っ張り、自分の元へ引き寄せると同時に猫矢さんを蹴り飛ばした。
そして嬉しそうに笑いながら、土屋さんの体をまさぐり首元を舐め始める。
土屋さんの頬を涙が濡らしたのを見て、俺の中で何かがきれた。
無我夢中で土屋さんの元へ走っていた。
「何ですかねー? 私、今とってもいい気持ちなんですけどねー」
「土屋さんを離しやがれ!」
「危ない!」
「‼」
田中から土屋さんを引きはがすことはできたが、ナイフが横腹に突き刺さっていた。
焼け付くような痛みに襲われ、膝を着く。
「鈴木くん‼」
「やっちゃたねー。まあ今幸せだから、後なんてどうでもいいねー」
だがまだ終わりではない。突き刺さったナイフを持つ手を掴み、田中の手からナイフを引きはがした。
しかしそこですべての力を使い果たし、地面に倒れる。
耐えきれなくなって口から血を吐き出すと、視界がぼやけ始めた。
「ちっ! いい加減うざい――ッ‼ んぎゃあ‼ 」
その瞬間、土屋さんが田中の右手を掴んで見事な背負い投げをかます。
コンクリートに叩き付けられた田中は泡を吹きながらぴくぴくと痙攣していた
「鈴木君! 鈴木君‼」
泣き叫ぶ二人の声が聞こえる。
返事をしようとするが声にならない。
血で赤く染まった手を伸ばそうとして、そのまま俺の視界は黒く染まった。