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それでも君が好き  作者: 東雲 優
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 次の日、事の顛末を唐崎と林田に話したら二人とも安堵した表情になった。

 ただ、渚が遠慮した原因を話すと写真をアップした林田が気まずそうな顔をしたが、気にしないように言った。


 その後、あのストーカー男が現れる事は一度もなく、ようやく平穏な日々が訪れた。



 ……はずだったが、俺はまた悩みを抱えることになった。

 あのストーカー事件以来、渚が俺に対して何となくぎこちなくなったのだ。

 避けられているというわけではないので、大学の行き帰りが一緒だったり、家に遊びに来たりはするが、何故かふとした時に渚が纏う空気が固くなるのだ。



「やっぱり、あの時怒鳴ったから怯えられたのか…」

「いや、アレは怯えると言うより……なぁ?」

「だよねー」


 期末試験の追い込みで勉強会をするため、俺の家に来た唐崎と林田。

 相談に乗ると言われたから人が真剣に話したというのに、二人はニヤニヤするだけ。

 何か分かっている様子なのに言おうとしない二人の態度にイラっとしながら食器を直していると、唐崎が笑って続ける。


「霧島も鈍いとは思ってたけど、森山も相当鈍いな」

「あーもう見ててじれじれする! 爆発しろ!」

「だから何なんだ。説明しろ」

「まーこればかりは他人が口出しすることじゃないし? とりあえず、嫌われたりとかそーいうのじゃないから安心しろ。それより…」


 言葉を切り、唐崎が神妙な顔でこちらを見る。


「いよいよあの日が近づいて来たな。しかし、本当にやるのか?」

「もちろんだ。そのために準備してきたんだからな」

「オレらが見た感じでもバッチシだったもんな。優ならいけるって!」


 満面の笑みで親指を出す林田。

 その元気さに少し勇気づけられた。


 人生最大の賭け。その決行日は期末試験が終わる一週間後だ。

 俺がやれることはやった。

 この後どう転ぶかは、やってみないとわからないが覚悟を決めよう。


 そう意気込み、力強く水道の蛇口をひねった。




ーーーーーーーー


 期末試験が終わった二日後の夜。

 事前に約束した通り、インターホンを鳴らした渚を迎え入れる。

 キッチンを抜け部屋に入り、渚は立ち止まった。


「誕生日おめでとう、渚」



 テーブルには少ない家電を駆使して作った料理を並べている。

 毎年誕生日には料理を振舞っているのだが、今日は20歳の誕生日ということでお洒落なフレンチ風の料理を作った。

 見様見真似で頑張った盛り付けをキラキラした目で見ている渚。気に入った様子で一先ず安心した。


「凄い! 本当のお店みたい!」

「盛り付けもだが、味も自信あるぞ。ほら、冷めないうちに食べよう」


 凄い凄いと興奮する渚を席につかせグラスを挙げると、渚も慌てて手前にあったグラスを挙げる。


「渚は今日がお酒デビューだからな。俺も気をつけておくが、気分が悪くなったらすぐに言えよ」

「大丈夫。せっかく目の前にご馳走があるのに、気分悪くなんてなってられないよ」

「そうか。じゃあ渚が20歳になったことを記念して…」

「「乾杯!」」


 静かな部屋にグラスが重なる音が響く。

 渚はグラスの中身を見ていたが、意を決した様に口にした。


「……おいしい!」


 初めての酒に恐る恐るといった感じだったが、パッと表情が明るくなった。

 今日は料理に合うように赤ワインを用意した。

 が、いきなり赤ワインはさすがにキツイので、渚の分はコーラで割ってある。赤ワインは2割くらいしか入れてないはずなので、ほぼコーラに近い。

 それでも気を良くした渚は次々と料理に手をつけ、幸せそうな笑顔で食べていく。

 談笑しながら食事をしていき、お互い箸を置く頃にはほとんど食べきっていた。


 食器の片付けは毎回手伝うと言って聞かないので、いつものように皿拭きをしてもらう。

 横で上機嫌に鼻歌を歌いながら皿を拭く渚。

 その姿を横目で見て、温かい気持ちになる。その気持ちは、寺下とは比べるまでもない。


 やっぱり、俺は渚じゃないと駄目みたいだな。

 改めてそう自覚し、最後の皿を拭き終わった渚に向き直る。


「渚。大事な話がある」

「……うん、わかった」


 いつになく真剣な表情で答える渚に思わず怯みそうになかったが、叱咤をかけて足を動かしソファーに移動した。



 ソファーに横並びに座り、お互い顔が見えるように斜め向く。が、目線は外れている。

 重い沈黙の中、時計の音だけがやけに響く。

 手をギュッと握り締め、とうとう渚と視線を合わせた。


「これで最後だ。だから、真剣に答えて欲しい」


 渚は黙ったままコクリと頷く。

 俺は一回深呼吸を置いた後、ポケットに忍ばせていた箱を取り出した。



「渚、好きだ。渚以外でこの気持ちを持った人は一度もいなかった。幼馴染じゃなくて一人の男として、これからもずっと渚の隣にいたい。だから……俺と結婚してください」


 開いた箱の中身を見て、渚の目が見開かれた。


 箱の中にはシンプルなデザインのシルバーリングが入っている。

 この数ヶ月間、バイトでコツコツ貯めて買った、正真正銘の婚約指輪だ。


 俺は今まで何度も渚に告白して振られたが、諦めきれずにずっと一緒に居続けた。本来なら渚としては気まずいだろうが、直接その事について言ってこなかったのでここまできてしまった。

 でも、それも今日まで。ここで振られたら、なんとしてでも渚を諦めると決めていた。

 どうせ振られるなら盛大な方が踏ん切りがつくとアドバイスされ、婚約指輪まで買ってしまったのだ。もう後戻りはできない。


 渚はポカンと口を開けたまま微動だにしない。

 ……さすがに指輪はドン引きされたか。

 そっと箱を閉じようとした時、渚の口からポロリと溢れるように言葉が出てきた。



「えっと、よろしくお願いします……でいいのかな?」


 予想だにしてなかった言葉が耳に入ってきて思わず渚を凝視すると、渚の顔が見る見る間に真っ赤になった。

 なんだ? この反応。

 これじゃ、まるで俺のことを……


「あ、えっと、違った⁉︎ か、勘違いしちゃったかな⁉︎ うわっ、わ、これはその…」

「勘違いじゃない!」


 俺が固まっていたせいで変な意味で捉えたらしい渚が、もごもご言いながら良くない方へいこうとしたので、抱き寄せて距離を一気に詰める。

 渚は慌てふためいて逃げようとするが、横抱きする様に膝に乗せて絶対に逃がさない体勢に持ち込んだ。


「渚の気持ちを教えてくれないか?」


 我ながら情けない声が出た。

 でも、確信できる言葉が欲しい。俺がずっと求めていた言葉を……



「私も……優が、好き。ずっと、ずっと一緒にいたい」


 ……夢じゃ、ないよな?

 振られ続けていたせいで、今の状況にいまいち思考が追いついてこない。

 渚の顔を見ても、真っ赤になってとても気まぐれで言っている様にも見えない。

 握りしめていた箱から指輪を取り出し、渚に見せる。


 嵌めてくれるか?との問いにコクリと頷く渚の左手をとり、ゆっくりと指輪を嵌める。

 ぴったり嵌った指輪を見る渚の目はキラキラしていて、そしてとても嬉しそうな笑顔で。

 気付けば渚を抱きしめていた。




 ようやく渚と恋人関係になれたと実感すると、色々込み上げてくるものがありまして。

 俺が少し満足するくらいになる頃には、腕の中の渚はくったり力が抜けてもたれてかかっていた。


「うー……優って意外と肉食獣だったんだ」

「キスしかしてないのに何言ってるんだよ」

「しか、って……!」

「はいはい、そんな焦らなくてもいきなり襲ったりしないから。それか、もしかして期待してたか?」

「してない!」


 頰を膨らましてそっぽを向く渚。

 今までこんな反応されなかったから新鮮で面白かったが、さすがにからかい過ぎたか。


「もーなんか今日、優にすっごく振り回されてる気がする」

「いつもこっちが振り回されてるからな。たまにはいいだろ」

「振り回してなんかないと思うけど」

「自覚してない分、タチが悪い」

「ええー」


 不服そうな声を上げてるが、今まさにその頭をぐりぐりして押し付けてくるのも可愛いだけだから止めろ。

 まさか他の奴にもこんな事してたんじゃないだろうなと思いつつ好きにさせていると、渚が急に顔を上げた。


「そういえば、今日って何曜日だっけ?」

「土曜だけど」

「やばっ! もう21時回ってるよね⁉︎ 『アナキンの冒険』の映画始まっちゃう!」


 そう言うと、甘い雰囲気を吹っ飛ばして腕をすり抜ける渚。

 すっかりいつもの雰囲気に戻ってしまい此方としてはものすごく名残惜しいが、渚はどこ吹く風といわんばかりにリモコンを取りチャンネルを変えていく。

 お目当てのチャンネルにたどり着くと、テレビからは馴染みのスピード感のあるオープニング曲が流れる。


「よかった! まだ始まったばっかりだったね。危うく見逃しちゃうところだったよ」


 ウキウキした様子の渚。

 とてもじゃないが、さっきの雰囲気に戻りたいなんて言えない。

 このままいつものように横に並んでテレビを見ることになるのか…と諦めていると、渚はまたするりと腕の中に入ってきて寛ぐようにもたれ掛かってきた。



 今までは自分から絶対にしてこなかった体勢に、ただの幼馴染から一線越えられた嬉しさがじんわり広がる。

 不意打ちでこういうことするから、無自覚って本当にタチが悪い。


 でも、そういうところを含めて好きになったんだからしょうがないか。

 そう自分で納得し、目の前にある渚の頭にそっと唇を落とした。

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