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スマホのアラームが鳴る。
「そろそろ時間か……」
読書をしていた裕希が手を止め、教室内に鳴り響くアラームを止めた。
「そろそろ行くかな」
時刻はあれから55分を経過している。ここから屋上に移動したら丁度あの約束から1時間だろう。
スマホはしっかりポケットに入れ、それ以外をリュックに入れてから裕希は屋上へ向かう。
近年、学校の屋上は閉鎖や通行止めとなっているところが多いが裕希たちが通う高校はまだその対処をしていなく誰もが屋上に出入りできるようになっている。
しかし、意外にも屋上を利用する生徒は少なく1ヶ月単位でも数える程の生徒しか利用していないだろう。
裕希がイヤフォンをさしながら、階段を登っていく。5階にたどり着いてやっと屋上の扉が見えてくる。
方引き扉に手をかけ、ドアを開ける。開き扉ではないので風の抵抗を受けることなく扉を開けることが出来た。
扉を開けた途端強い風邪が裕希を包み込む。
秋に差し掛かっている秋風に対して夏服では寒さを感じ、教室に戻ろうかと考えをめぐらしながらも屋上へ足を向けた。
「ありがとう」
屋上にいた先客が裕希に気づいて言った。
裕希は片耳だけイヤフォンを外す。
表情をあまり変えない彼女は何を感じているのか予測できない。
「いーえ。それで俺になんの用?」
「水無瀬くんに相談があるの」
真っ直ぐ相川が裕希を見た。
この時裕希は初めて相川の顔をしっかりと見た気がした。
細くキリッとした眉、一重ながらも大きく開かれた瞳、高く細い鼻、濃い印象を与えない唇、細いながらも綺麗なカーブを持つ輪郭、白くきめ細やかな肌。
彼女は裕希が想像していたよりもずっと美人だった。
「……」
思わず見惚れていると相川がどうしたの?と覗き込んでくる。
「ごめん。なんでもない」
びっくりした。それが裕希の感想だった。いつも大人しくて目立つことも無く、彼女とよくいる女子達も地味感じの人達ばかりだから彼女もそうなのだと思い込んでいた。
しかし、実際本人を目の前にしてみると違っていた。
人の勝手な印象は結構事実とは違っているのかもしれないと裕希はこの時改めて思った。
でも彼女は本当に教室に居る時は端っこにいる暗い印象が強い生徒だった。それが何故こんなにも変わるのだろうか。
……あぁ、風か。
屋上には裕希が扉を開けた時と同じように風が吹いている。それが相川の黒く長い髪を顔から離し、暗い印象を与えないのだ。
人よりも少し長い前髪、横髪、それらが風に誘導されて顔を包み隠さず露わにされている。
いつも校則を守っている膝丈スカートも風によって短く感じる。細く健康的な脚が剥き出しになってさらに彼女を魅力的にさせた。
教室にいる彼女とか本当に別人だった。
「相談って何かな」
裕希がやっとの思いで口を開いた。
女子がスカートを捲る意味とか化粧をする意味とか髪型を変える意味とかよく分からなかったけれど彼は今、わかった気がした。
「助けて欲しいの」
彼女からその言葉が出来るとは思わなかったもので裕希は目を丸くした。
でもそれからふっと瞳を和らげ
「いいよ。協力する」
もう片方のイヤフォンを外した。
「水無瀬、運動神経良すぎだろ」
「そうか?これぐらい裕希も出来るぞ」
「お前ら双子は超人かよ」
山口が肩で息をする。
裕人は何事も無かったように座り込んでいる山口を見下ろしている。
「バレーなんて体育しかやった事ないけど楽しいもんだな」
「バレー部に入ってもらいたいもんだ」
「遠慮する。俺はどこにも所属しない派」
「だろうな。そんな気がした」
山口がぐっとスクイズボトルを片手で潰して水分をとる。
彼の額から汗が流れていた。
「毎日同じことして部活楽しい?」
「お前部活したことないのか?」
「さぁどうだろ」
「どうだろって」
裕人は何を考えているのか、バレー部の反対側で練習している部活を呆然と見ている。
反対側の部活は笑い声もなく淡々と練習だけを積んでいるようだった。
「あそこはガチ勢だよ」
裕人の視線に気づいた山口が反対側の部活のことを教えてくれる。
「9年連続優勝だっけ」
「そう。皆プレッシャーに耐えていつも練習してるって友達が言ってた」
「……」
あと1年で、その1回で10年連続。
それは選手達にどのぐらいのプレッシャーを与えているのだろうか。
「よし、じゃああとは片付けして終わるか」
汗を拭き終わったのかいくつかあった汗は彼の額からは消えていた。
それからバレー部に混ざってバレー用具を片付け、制服に着替えて帰ることにした。
借りた服は明日洗って返すことにする。
着替え終わってバレー部の部室から出る時、裕人を気に入ってくれたのか何人かの部員が「あざした」と挨拶をしてきた。
それにつられて彼も「こちらこそ」と挨拶を返した。
それから裕人は先ほどよりは落ち着いた音量が流れるイヤフォンを装着した。
それから何日か経ち、裕希と裕人には少しだけ異変が起きた。
どんな異変かと言うと二人でいる時間が少なくなったきたということだ。今までが一緒に居すぎたということもあるが、それぞれが違う人と共にする時間が長くなったのだ。
裕人は山口と。裕希は意外にも相川と。
クラスの人達は水無瀬兄弟喧嘩したのか?!と騒いでいるがそういう訳では無い。
この二人が喧嘩することなんて日常茶飯事だし、そんなことで関係が壊れるほど2人の絆は甘くもない。
それではなんで二人でいる時間が少なくなったかと言うと、それぞれに考えがあるからだ。
ここでは詳しく言えないけれど、ネタばらしをしてしまえば今回のターゲットはあの二人だ。
この数日つまらない。理由は双子が普通のことしかしていないからだ。いつもみたいにハチャメチャになにか仕掛けてくれればいいのにここ最近、裕希は相川達と平凡と話しているし、裕人はバレー部に毎日のように加わっている。
二人が普通の学校生活を送っているものだから、ほかの人たちにとっては良いことなのだけれどこの双子がやるととてもつまらない日常のように感じる。
それが、この双子にとって良いことだとは分かっていても……。