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又四郎剣風抄  作者: 歳三
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-- 水面剣双蝉の章 --

一 序章


脱藩浪人秋月又四郎は江戸で気ままなその日暮らしの浪人生活を過ごしている。


脱藩したのにはいささかの理由がある。


最近、河双藩に急速に力を伸ばしてきている家老に間宮左之進というものがいる。


その間宮左之進が筆頭家老の片桐絃之介の娘のさくを強引に手に入れようとし、現場にいた又四郎が、


迷わず間宮を斬りつけたからである。間宮は深手を負ったが命は拾った。


又四郎は事を公にすれば筆頭家老の娘も不憫であろうと考え、あえてなにもいわずに脱藩したのである。


当然、間宮派の人間は又四郎を目の色変えて探している訳だが、どうも筆頭家老の力が働いているらしく


思うように捜索ができないようだ。筆頭家老の娘さくが片桐に事の真相を話したのかもしれない。


筆頭家老としては事が公に事実であれば間宮一族を捕らえることもできたが、真偽の確認をまたずに


抜け目ない間宮が藩主にあることないことを言い訳にして事をうやむやにしたらしい。


藩主は、藩の実力者であり実質的に藩の財政を支えている間宮を除くよりはとりあえず様子見を選んだらしい。


というわけで遠く離れた江戸でその日暮らしの浪人生活を又四郎は過ごしているのである。


仕事は主に非定期で雇われの依頼により糊をつけているが、現状は依頼がなく懐が寂しい状態である。


一ヶ月ほど前に又四郎は訳もわからないまま決闘を行っている。その際は砂塵剣千鳥により辛くも生き延びた。


命を狙われるのはやはり家老の間宮と関係あるのであろうか。何もわからないまま平穏に一ヶ月が過ぎ


又四郎もあの決闘は単なる無頼漢のものによるものかと考えはじめていた。


二 知鶴の香り


そんな折、隣に引っ越してきた者がいた。


一人暮らしの女性であった --


黒ぐろと濡れているような眼、小さく少し厚めの唇、頬にやや肉のついた色白の品の良い卵型の顔。


優雅で美しい女性であった。何故一人なのかが皆目わからない。


「お侍さん。よろしゅうに。」


と丁寧に挨拶をしてきた。名前は知鶴 -- 仕事は小唄を町で教えているという。


「女性の一人暮らしは物騒だの。」と又四郎は心配になっていた。


「こう見えても、それなりに世を知ってますのよ。」と知鶴はややはすっぱに答えた。


「でも、隣がお侍さんだと安心ですわ。」


又四郎はまんざらでもなかった。


知鶴がその場をあとにした時、心地よい香の匂いがかすかにした。


又四郎は最近よい仕事にあわずにややくさっていたのだが、


知鶴のおかげで気分が明るくなってきた。 又四郎の魅力は単純なところでもある。


三 刺客登場


又四郎は橋を渡り、初夏の日差しを浴びながらゆっくりと散歩をしていた。


知鶴のことを若干思っていたが、それは直に打ち消されることになった。


向こうから長身で痩せ型の剣士が歩いてくる。手足が長いが筋肉はあまりない。


眼は細長で開けているのか薄めである。


若干華奢な風貌であったが、いつものように又四郎の悪癖が働いた。


又四郎には道いく相手を見ながらその相手と仮想的に空想で戦ってみるという悪癖がある。


こんな相手だったらどうするかな・・。


そんな事を考えながら、歩いているとその剣士は不気味な笑顔をしながら、


又四郎に向かって手を振りながら遠くから話しかけてきている。


剣の殺気を感じたが、そのあまりにも明け透けな態度から急襲はないように思えた。


又四郎は遠くから話しかけてくる剣士に答えた。


「貴殿とは何処で会いましたかな。」


その剣士は不気味な笑顔でこう答えた。


「いや、初対面でござる。貴公の命をもらいにきた。」


又四郎はそのあまりにも明け透けな答えに少々面食らいながらも鯉口を切りながら、距離をとった。



四 剣派は抜風流


「ゆえをききたい」と又四郎は浪人へ油断なくつぶやいた。


浪人はにやりと笑い、「そうさな。我が流派の再興というところだ。」


そういいながら目の奥に不気味な炎がゆらめいたのを又四郎は読み取った。


「流派の名は?」又四郎は相手が最も話したいであろう質問をしながら相手の戦闘力を測っていた。


「冥土の土産だ、我が流派は「抜風流」。」


その名を聞いて又四郎は顔色を変えないようにするのに苦慮した。


「抜風流か・・。知っている。」と心の中で呟いた。


いわゆる道場流派ではない。構えはなく、完全な居合い剣である。


初めの居合いの一撃で相手を倒すのが抜風流である。そのためいわゆる正眼・上段・下段といった構えが一切無い。


抜刀の構えのみである。そもそも初太刀で決めるのを極意としているため構えを必要としない。


また相手を必ず倒せるという自信から不意打ちといった事も一切しない。必ず向き合って正々堂々の勝負をする。


時の権力者から恐れられたため、抜風流剣術はあることないことを咎められ消滅したはずである。


又四郎はその昔、師匠である水霧才蔵から「万が一、抜風流という剣術家に会ったら逃げろ」と教わったのを思い出した。


そうすると浪人の長い手は鞭のようにしなり抜刀し、長い足は一瞬にして相手との間合いを詰めるのであろう。


一見きゃしゃな浪人の体つきも全てが抜風流に適しているように思えた。


浪人は「抜風流を知っているみたいだな。」と若干の悦に呟いた。顔色で読まれたらしい。油断ない相手だ。


又四郎は「ああ、少しはな。しかし俺みたいな無名な浪人を斬ったところで貴殿の流派の名が上がるとも思えないが。」


と浪人の目的を誘導してみた。


浪人はまた不気味に、にやりとして


「それはそうだ。しかし流派の再興には金がいるのでな。貴公には恨みはないが死んでもらおうか。」と呟く。


金で雇われた --


「誰の依頼でござるか。拙者、人に恨まれる覚えはないが。」


「さすがにそれは話せぬな。まあ人間誰に恨まれるか分からぬものよ。」


とその剣士は答えたが、依頼主は間宮しかあるはずがない。


間宮から完全に狙われている事実に驚愕したが、それ以上にこの浪人の


剣についても驚いていた。この浪人は自分の剣に完全に自信を持っているのである。今こうして話している間にも居合い剣であれば


先の先をとるはずである。しかし相手は又四郎が剣を抜くのを待っているのである。完全に勝負をして勝つという自信と


それに裏づけされる経験がなければ到底できない決闘の仕方である。


又四郎は相手に剣気を送りながらも、周囲を観察した。足の近くに手ごろな石でもあれば蹴飛ばし相手の隙を作れる


かもしれない。しかし周りは整備された道であり、又四郎の利用できる物は塵ひとつ無いように感じた。


相手は「どうした?はやく剣を抜け」と催促してきた。


又四郎は覚悟をきめた。


右の背を相手に向けるように腰をひねり、居合いの剣の構えをとった。


つまりお互いが居あい抜きの構えをとり対峙している。


相手の眼は鷹のようになった。本気になったようだ。


じりじりとお互いが間合いをはかりながら相手を伺っていた。


相手は鷹のような眼をぐりぐりと動かしながら


「貴公・・。居合いとすると見せかけて逃げるつもりだな。」と呟いた。


恐ろしい相手である。


まさにそのとおりであった。又四郎は剣を抜いて構えるのではなく、居合いの構えを選んだのは


逃げるためであった。


つまり左に腰をひねる居合いの構えは実はそのひねりを利用して右後方へと回転しながら一気に跳びはね、


持っている剣は左手で柄のまま後ろに回転して相手の居合いの剣を払いそのまま一気に逃げようと


又四郎は考えていたのである。


一閃の剣を後ろへ飛ぶことと左からの鞘ごとの剣による防御により防げると考えた。


そしてそれさえ防げば、又四郎と相手の足はほぼ互角で又四郎のほうがスタミナがあるであろうという分析からであった。


つまりスタートさえ防げれば、足はほぼ互角で相手が剣を抜いて走らなければならない点と


スタミナが又四郎の方があるため逃げ切れるとふんだのである。


相手は「貴公・・。なかなか良い考えではあるな。しかし・・だ。左の剣が払い終わり、必ず一瞬背を向ける瞬間があるだろう。


この距離なら充分だ。背を向いた瞬間に貴公を斬れる。」


又四郎はどうするかなと考えた。この作戦の死角を読まれたからである。左の鞘ごとの剣の空振りを狙われたら、


一瞬背中が無防備になる。


相手は鷹の様な眼を相変わらずぐりぐりと動かしながら「それでもやってみるか・・。」と呟いた。



五 水面剣双蝉


じりじりとどれほどの時がすぎたのであろうか。


又四郎はこめかみから汗が垂れるのを感じた。


そしてその汗が地面に落ちる瞬間に又四郎は後方に回転しながら跳んだ。


相手は百も承知という事で踏み込んできている。


後は又四郎の剣の払い終わりを狙って背中に一撃に斬ればよい。簡単なことだ・・。


しかし相手の鷹のような眼は一瞬空中を泳いだ。又四郎のあるはずの背中がどこにもないのである。


下段だ-- 同時に神速の居あいで下段へと抜いた。しかしその判断は一瞬の遅れをとっていた。


又四郎は地面にくっつくぐらいに屈みながら、


素早くくるりと右足を地面に水平に回転し相手の踏み込んできた右足を蹴り払っていたのである。


水面蹴り --


相手は踏み込んだ足を払われ、空中に放り出された。


そして遠心力がついた居合いの剣を相手が水面蹴りで空中に払われた体の右首から逆袈裟懸けに下から回転のなすが


ままに切り上げた。


その様を上から見ればくるくると二つの翼が一瞬に回転しているよう --


二匹の川蝉が水面を同じ軌道で一瞬にして順次に攻撃したようであった --


又四郎の作戦は見事であった。後方へ伸び上がるように回転しながら跳び上がり、着地と同時に地面にくっつくぐらいに屈みながら


水面蹴りを行い、遠心力をつけた居合いの剣を抜く。


一瞬相手は又四郎の姿が消えたように感じたはずである。その前に又四郎の逃げるであろうという読みの思い込みも効を奏した。


また居合いは基本的に腰からの切り上げの太刀筋である。又四郎が屈んだことにより下段への方向転換はいかに神速の抜風流で


もわずかに遅れをとった。又四郎はそれも考慮に入れていた。


相手は一瞬にして絶命した。


又四郎は全身から汗がまたもや噴出した。恐ろしい相手であった。


あくまで正々堂々と勝負してきた。もし相手の技量で何が何でも有の勝負を挑まれたら、かなわなかったであろう。

 

そしてこのような刺客が次々と送られてくるのは間宮がいる限り明白であった。



六 何故かの予感


間宮といずれけりをつけねばなるまい-- そう考えていた。


しかしどうやって?


又四郎の頭に堂々巡りの考えが浮かんでは消えた。


そして、めんどくさくなってきた。


「まあ、とりあえず飯を食ってから考えるか。」


又四郎は命を狙われているのだが、いつものようにあくびをしながら、


最近、天婦羅料理で名を挙げている「備前屋」へと足を向けた。


途中で知鶴に会った。小唄師匠の帰り道であるという。


「天婦羅でも一緒に食わぬかの。」


「それはもう。ご馳走になります。」


知鶴は又四郎の男の面子を壊さぬように答えた。


「私も旦那に伝えたいことがあるんですのよ。」意味ありげに答えた。


又四郎はその言葉が恋愛事でないことを感じ取った。


この女性は何者なのであろう ---


味方であることは何故か分かった。


「もしかして、河又藩と関係があるのではないか。」


そんな直感に又四郎は捉われもしたが、魅力的な女性と飯を一緒に食う --


それでいいじゃないか。


又四郎はいつものように楽天的に思いなおした。



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