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又四郎剣風抄  作者: 歳三
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-- 砂塵剣千鳥の章 --

又四郎剣風抄 -- 砂塵剣千鳥の章 --


一 脱藩者

「さてと、 きょうもきょうとて浪人生活じゃのう。」

と、秋月又四郎は軽くのびをする。


時は泰平の江戸時代中期で、場所は江戸長屋である。


故郷の河双藩を脱藩してから、ここ江戸に滞在してもう3ヶ月になる。月代もそれなりに伸びて浪人らしくなっている。


脱藩したのには理由がある。

河双藩の筆頭家老の間宮左之進が藩主の娘のさくを強引に手に入れようとし、現場にいた又四郎が、迷わず間宮を斬ったからである。


事を公にすれば藩主の娘も不憫であろうと考え、あえてなにもいわずに脱藩したのである。


当然、間宮派の人間は又四郎を目の色変えて探している訳だが、どうも藩主の力が働いているらしく思うように捜索ができないようだ。

藩主の娘さくが藩主に事の真相を話したのかもしれない。


藩主としては事が公に事実であれば間宮一族を捕らえることもできたが、真偽の確認をまたずに

抜け目ない間宮が藩主にあることないことを言い訳にして事をうやむやにしたらしい。


藩主は、藩の実力者であり実質的に藩の財政を支えている間宮を除くよりはとりあえず様子見を選んだらしい。


というわけで遠く離れた江戸でその日暮らしの浪人生活を又四郎は過ごしているのである。


仕事は主に非定期で雇われの依頼により糊をつけているが、現状は依頼がなく懐が寂しい状態である。


又四郎は郊外の試誠館道場へ足を運んだ。試誠館道場は町道場であり、主に商人や町人を中心とした門下生をおいている。


道場主の境心矢兵衛は境心流剣術を広く認めさせた剣士として名が高かった。


商人・町人を中心としているために、それほど殺伐とはしておらず、なおかつ金払いがよいため道場の経営は良好と思われた。


又四郎も剣術の腕には覚えがあり、試誠館で町人に手ほどきをし、見返りも僅かながらに得て臨時の収入としている。


又四郎は国元の藩在籍中に水霧一刀流の目録を得ていた。

免許皆伝の実力は十分にあったのだが、又四郎は竹刀の剣術向きではなかったためと思われる。


実際又四郎はよく喧嘩を吹っかけられ、いやいやながらも真剣の勝負を数度したことが実はある。

又四郎の実践的な勝負勘は優れていた。道場の竹刀剣術が優れた者には特に強かった。

発想が違うのである。


又四郎は元々子供の自分に体が小さいながらも素手での喧嘩をよくしていた。

足を払い、蹴りをとばし、投げ飛ばすという技を知らず知らずの内に身につけて相手がどんな大男であろうと体を崩し、急所を

殴り蹴飛ばすという「小が大を制す」を地でいっていたのである。


そのため実践的な勝負において発想が剣術のみでななかった。剣をきり結ぶ際に相手の隙をまず作るために近くの石を投げて利用したり、

睨み合いながら太陽光が目に一瞬はいるように相手を誘導したりも考えていた。


組めば、剣と同時に足も払えば、頭突きもすれば、剣を押さえながら投げ飛ばす。竹刀剣術家には到底考え付かないことである。


剣術の腕もたつのだが、そのような剣性を国元の藩道場主に見抜かれたのだろう。水霧流の免許皆伝には至らなかった。


だが竹刀剣術にはそれほど技術がないのが逆に試誠館ではよかったのかもしれない。


実際に江戸道場主の境心には竹刀ではかなわず、境心も道場主である自分には叶わないのだが、実力は高いと認めていた。


道場の町人相手の軽い指南的な役割には適所だったと思われる。


試誠館の道場での稽古を終わり、なおかつ僅かながらでも指南料として賃金をもらい又四郎の心は晴れていた。


久しぶりに魚料理が旨いと最近名を挙げている「羅頓屋」に行こうかと思い、足を羅頓屋へと向けた。



二 刺客登場


ふと前方から歩いてくる浪人が又四郎の目に入った。左足が逞しいのが袴の上からもわかる。

刀を片時を身につけて鍛錬している証である。なおかつ目線が細いのだが、独特の気をまとっている。


「明らかに強わもの」だなと又四郎は思った。


又四郎には道いく相手を見ながらその相手と仮想的に空想で戦ってみるという悪癖がある。

その悪癖が今回は良かったといえるかもしれない。


その相手は又四郎に近づくにつれて殺気が伝わってきた。悪癖がなければきづかないような小ささではあった。

ただ確固たる殺気を又四郎は感じていた。


不気味である。顔は面長で目は細く頬骨がでている長身痩せ型のその剣士は顔色ひとつ動作ひとつ変えずに静かな殺気のみを増しながら又四郎とすれ違うように前方から歩いている。


又四郎は自然に右斜めにその浪人との距離を離れるように歩んでいた。


そしてその浪人とすれ違うと同時に又四郎は激しい殺気を感じ、咄嗟に前方へ跳んだ。動物的な理由であった。


一瞬左肘に焼き棒をつけられたような感覚がおそい、それが浪人の剣だと気づくのに時間はかからなかった。


浪人の一撃は居合い斬りであった。居合いは一瞬の剣のため又四郎のように体が勝手に動かなければよけれなかったであろう。


しかもすれ違いの後ろからの不意打ちの居合いである。又四郎はよく避けれたなと自分で思った。それほどに浪人の居合いは速かった。


浪人は無表情な中にも今の一撃を避けられたことに多少の驚きの様相が伝わった。


幸いに左肘の傷は浅かった。前方に転がり避けると同時に又四郎は剣を抜き、すばやく正眼に構えた。

浪人は居合いの一撃から八双の構えに移っている。



三 砂塵剣千鳥


「ゆえをききたい」と又四郎は浪人へ油断なくつぶやいた。


浪人は一切、構わず無表情に又四郎をみて次の攻撃にうつる様相である。


とりあえずこの状況ではこの浪人と斬り合う以外に方法がないと又四郎は思った。道には誰一人いなく、

足の速さも相手のほうが速いと又四郎は判断した。走って闘いを避けることはできないようである。


できればゆえをききたいため、捕獲したいところだが尋常ではない剣術使いである。


相手を斬るつもりでなければこちらが斬られるだろう。又四郎は覚悟をきめた。


相手を睨みながら周囲を観察する。日の光はいまお互いが向き合う右側から注いでいる。地面は乾いており砂もある。


風は右側から左へとやや強く流れている。


又四郎は正眼に構えながらじりじりと右側に回っていった。

自然に日の光は背から相手に注ぐ形になり、又四郎は風上にたった。


実践においてはこのような細かい布石が意外に効くことを又四郎は知っていた。


浪人は意に介さずという形で又四郎の隙を伺っている。


又四郎は右足で地面を叩き、砂をまわせた。風上にいるため砂は浪人に向かって流れていく。それほどまったわけではなく腰から下の足元が不透明になる程度であった。


ふと浪人は「笑止」とつぶやいた。浪人はその又四郎の行動が砂による目潰しを意図したものと思ったらしい。


浪人はその砂塵による足元の不透明さを逆に利用した。


構えを八双から一瞬にして下段に移しそのまま稲妻のように切り上げてきたのである。居合い使いらしい恐ろしい速さであった。

又四郎は今度は避けずにその攻撃を待っていたかのように飛び込んだ。砂塵がさらに舞う。


又四郎は浪人の下段の切り上げを上から押さえ込んでいた。と同時に相手の踏み込んでくる右足を左足で払っていた。


足を払うというよりは相手が踏み込んでくる右足を又四郎の左足で押さえたとの方が正確であろうか。

当然相手の重心は浪人自身の踏み込みの速さに支えきれずに体が泳ぎ崩れていく。


すかさず又四郎は押さえている剣を上段へと払いながら半回転してそのまま上段から袈裟がけに斬った。

相手の体がくずれていたため、肩口からはいり首筋へと太刀は一瞬にして入った。浪人は声もでず、そのまま転げ崩れ絶命した様である。


又四郎が砂塵を舞わせたのは、足元を不透明にさせ下段の攻撃を誘うという誘導であった。先に太刀筋を想定できていれば防ぎ様もある。


同時に不透明な足をかけるという又四郎ならではの戦術であった。


そのさまは翼で砂をはたはたと舞わせる鳥の「千鳥」をおもわせた。


事が終わったと思ったら又四郎は急に汗が噴出するのを覚えた。同時に息苦しくなり口をぜいぜいと喘いだ。


相手は何者であろう。明白に刺客であった。これだけの使い手を差し向けられるとなると国元の間宮が関連していると思えた。


間宮は強引に又四郎の口をふさぎにきたのであるようである。とすれば、第二、第三と刺客はくるであろう。


見事な勝利ではあったが、又四郎はこれからの闘いを予想したかのように軽く身震いした。

とはいっても腹がへっている。


四 空腹には勝てず


「腹はへるもんじゃのう」と苦笑しながら又四郎はつぶやいた。


とりあえず「羅頓屋」に行くかと又四郎は思った。


どうにもならないときは飯を食い寝るというのは又四郎の常であり、その楽天性は又四郎の魅力でもあった。



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