Aの陶片追放
Aは緊張していた。大丈夫だと自分に言い聞かせ、鏡で、さえない自分の顔を眺めていた。
今日は陶片追放の投票日であるからだ。独裁者を出さないために、投票数第一位の者が国外退去となる。追放に必要な有効投票数は、全人口の10%。もしもを考えてしまう。
Aはこの国の大統領であるが、国民はその顔を知らない。なぜなら、500年前より、元老院議員や大統領は、その顔を秘匿され、イメージや人気ではなく実績だけで評価されるようになったからだ。Aの大統領一期目の実績は500年で群を抜く、公正の体現者であることだった。
家でじっとしていられず、Aは投票所に赴いた。生体認証を済まし、白紙のまま投票するか、誰かの名前を書くか悩んでいたところ、隣の男から代筆を頼まれる。男は文盲らしく、男が言うには、生きたまことの知恵を文字に閉じ込められるというのは思い上がりであるらしい。
「何と書きましょうか。」
「『Aの名前』と書いてくんろ。」
Aは驚いて尋ねる。
「Aはあなたに何か悪いことをしたのか。」
「いんやぁ、なんにもありゃしねえ。そもそも、おらぁ、その人のことあんまり知りもしねぇ。だども、どこさ行っても『正義の人』、『正義の人』って聞かされて腹が立って仕方ねぇ。だからさ。」
Aは黙り込み、男の前の投票デバイスに『Aの名前』を書いてやった。
A自身の投票デバイスは、白紙のまま投票し、家路に着いた。