それは小さな一歩で
僕も懲りない男だな、と思う。
四度目の出会い。と言っても僕の一方的な……。
ストーカーって言われても、少し言い返せない自分が悔しい。
それでも芽生えた気持ちを捨てたくない――彼女のことを知りたい。
「……ふう」
休憩所。今日もまた、彼女は居る。儚げな雰囲気を纏って、そこに座っている。
動く気配も、口を開く気配も、僕に気付く気配もない。
むしろそれが僕の気持ちを楽にする。緊張がマシになるというか、そんな感じ。
横目に眺める。
変わらない。四度の出会いで、彼女は何も変わっていない。
ずっとこの場に居ると言われても信じてしまうくらいだ。
でも彼女が帰る光景を僕は目にしている。
ならば、なぜ彼女は三日に一度、ここに訪れているのだろうか。
まあ、毎回思っている疑問だ。それも本人聞かねば解決しない。
とは言え、深入りも良くない。
色々な感情が僕の中で渦巻き、海の中に落ちたような静寂が過ぎていく。
ふと、僕は学校の事を思い出す。
彼女と出会ってから、三日に一度は必ず休むようになった。それだけに、三日に二回は必ず登校しているけど、両親はあえて事情を聞いてこない。
しかし、それもいつか崩れるとは思っている。
そもそもこのままでは留年が迫る。ヤバい。
いやでも正直なところ、そうなるくらいなら学校をやめてバイトとかで……。
難しい問題だ。本当に難しい。どうして僕がこんなに悩まないといけないのか。
イジメてくる奴らがどっかにいけばいいのに……。
これも弱い人間の言葉だ。より惨めに思えてくる。
「……今日もたくさん雪が降ってますね」
ぽつりと呟く。
彼女はゆっくりと顔を上げると、相変わらずの瞳で僕を見る。
不思議なものを見るような、困惑と諦観が混ざったような、悲しい瞳だ。
「……そうですね」
綺麗な声はそれだけ。それだけで終わってしまう。
続く言葉はもうなかった。彼女にも、僕にも。
あーあ、学校の事なんか考えなければよかった。
☆ ☆ ☆
五回目。変わったことは無い。でも僕にとってはこれが楽しみになっている。
ごめんなさい。勝手に楽しみになってしまいごめんなさいと心中で零す。
しかしここ数日ぐっと寒くなってきた。
「……、」
僕は休憩所から出て自動販売機でコーヒーを購入する。
両手で包み込んで、あたたかさにほっとする。
……そうだ、と閃く。
コーヒーをもう一つ。選んだのはホットのカフェオレ。
休憩所にいる彼女にあげようかなと、ふと思ったのだ。
受け取ってもらえるかどうかは分からない。やっぱ気持ち悪がられるだろうか……。
けど買ってしまったものは仕方ない。
休憩所に戻り、いつもの場所に座る。どうきりだそう……いざ前にすると竦んでしまうな。
でもこんなことしていては冷めてしまう。
僕は意を決して、
「あ、あの……」
「……?」
こちらに向けられた儚げな瞳を見つめ返して、カフェオレをずいっと差し出した。
「こ、これ……間違えて買ってしまったので、良かったらどうぞ……」
彼女は不思議そうな目でカフェオレと僕を交互に見る。
なぜ少しかっこつけてしまった……いやむしろ失礼だろこれ。
ミスったなあと内心後悔。長く感じる時間の中、ぴたりと、僕の手に何かが触れる。
彼女の手だ。缶と一緒に僕の手を、彼女の両手が包み込む。
待って待って鼓動が早い。死んでしまう。
「……ありがとう」
ふわり、と。彼女の笑顔が、ふわりと舞った。まるで蕾が花咲かせるように。
なんて柔らかい。なんて温かい。――それでいて、なんて切ない笑顔なんだろう。
彼女の手が僕の手を離れ、カフェオレだけが手の中から失われる。
残った彼女の手の温かさ。じんわりと体の芯を熱して、耳の先まで紅潮する。
プルタブを開ける音が鳴り、小さな唇がカフェオレを一口含む。
「……甘くて、優しい」
何かを思い出すように、彼女は呟く。
僕は、遥か昔の思い出に手を伸ばす彼女の姿を幻視した。
――届かない、のか?
彼女の手は、何も掴めず、やがてひっこめられ、膝を抱えてしまう。
問いたかった。
あなたは、なぜここに居るのか、と。
問えないまま、今日という日は終わりを迎える。