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忘却の雪  作者: 雪の妖精
3/3

それは小さな一歩で

 僕も懲りない男だな、と思う。

 四度目の出会い。と言っても僕の一方的な……。

 ストーカーって言われても、少し言い返せない自分が悔しい。

 それでも芽生えた気持ちを捨てたくない――彼女のことを知りたい。


「……ふう」


 休憩所。今日もまた、彼女は居る。儚げな雰囲気を纏って、そこに座っている。

 動く気配も、口を開く気配も、僕に気付く気配もない。

 むしろそれが僕の気持ちを楽にする。緊張がマシになるというか、そんな感じ。

 横目に眺める。

 変わらない。四度の出会いで、彼女は何も変わっていない。

 ずっとこの場に居ると言われても信じてしまうくらいだ。

 でも彼女が帰る光景を僕は目にしている。

 ならば、なぜ彼女は三日に一度、ここに訪れているのだろうか。

 まあ、毎回思っている疑問だ。それも本人聞かねば解決しない。

 とは言え、深入りも良くない。

 色々な感情が僕の中で渦巻き、海の中に落ちたような静寂が過ぎていく。

 ふと、僕は学校の事を思い出す。

 彼女と出会ってから、三日に一度は必ず休むようになった。それだけに、三日に二回は必ず登校しているけど、両親はあえて事情を聞いてこない。

 しかし、それもいつか崩れるとは思っている。

 そもそもこのままでは留年が迫る。ヤバい。

 いやでも正直なところ、そうなるくらいなら学校をやめてバイトとかで……。

 難しい問題だ。本当に難しい。どうして僕がこんなに悩まないといけないのか。

 イジメてくる奴らがどっかにいけばいいのに……。

 これも弱い人間の言葉だ。より惨めに思えてくる。


「……今日もたくさん雪が降ってますね」


 ぽつりと呟く。

 彼女はゆっくりと顔を上げると、相変わらずの瞳で僕を見る。

 不思議なものを見るような、困惑と諦観が混ざったような、悲しい瞳だ。


「……そうですね」


 綺麗な声はそれだけ。それだけで終わってしまう。

 続く言葉はもうなかった。彼女にも、僕にも。

 あーあ、学校の事なんか考えなければよかった。

 

 ☆ ☆ ☆


 五回目。変わったことは無い。でも僕にとってはこれが楽しみになっている。

 ごめんなさい。勝手に楽しみになってしまいごめんなさいと心中で零す。

 しかしここ数日ぐっと寒くなってきた。


「……、」


 僕は休憩所から出て自動販売機でコーヒーを購入する。

 両手で包み込んで、あたたかさにほっとする。

 ……そうだ、と閃く。

 コーヒーをもう一つ。選んだのはホットのカフェオレ。

 休憩所にいる彼女にあげようかなと、ふと思ったのだ。

 受け取ってもらえるかどうかは分からない。やっぱ気持ち悪がられるだろうか……。

 けど買ってしまったものは仕方ない。

 休憩所に戻り、いつもの場所に座る。どうきりだそう……いざ前にすると竦んでしまうな。

 でもこんなことしていては冷めてしまう。

 僕は意を決して、


「あ、あの……」

「……?」


 こちらに向けられた儚げな瞳を見つめ返して、カフェオレをずいっと差し出した。


「こ、これ……間違えて買ってしまったので、良かったらどうぞ……」


 彼女は不思議そうな目でカフェオレと僕を交互に見る。

 なぜ少しかっこつけてしまった……いやむしろ失礼だろこれ。

 ミスったなあと内心後悔。長く感じる時間の中、ぴたりと、僕の手に何かが触れる。

 彼女の手だ。缶と一緒に僕の手を、彼女の両手が包み込む。

 待って待って鼓動が早い。死んでしまう。


「……ありがとう」


 ふわり、と。彼女の笑顔が、ふわりと舞った。まるで蕾が花咲かせるように。

 なんて柔らかい。なんて温かい。――それでいて、なんて切ない笑顔なんだろう。

 彼女の手が僕の手を離れ、カフェオレだけが手の中から失われる。

 残った彼女の手の温かさ。じんわりと体の芯を熱して、耳の先まで紅潮する。

 プルタブを開ける音が鳴り、小さな唇がカフェオレを一口含む。


「……甘くて、優しい」


 何かを思い出すように、彼女は呟く。

 僕は、遥か昔の思い出に手を伸ばす彼女の姿を幻視した。

 ――届かない、のか?

 彼女の手は、何も掴めず、やがてひっこめられ、膝を抱えてしまう。

 問いたかった。

 あなたは、なぜここに居るのか、と。

 問えないまま、今日という日は終わりを迎える。




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