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忘却の雪  作者: 雪の妖精
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それは小さな違和感で



 次に彼女を見かけたのは三日後だった。

 相変わらず瞳を伏せており、一言も喋る気配が無い。

 僕は三人分程度のスペースを空けて長椅子に腰掛ける。

 ちらりと、彼女へ視線を向ける。

 ……綺麗だ。もしこれを告げたところで所詮子供の戯言。気持ち悪がられるのがオチだろう。

 そんなことになるのなら、いつ終わるとも知れぬこの時間を、深々と降る雪のように静かに過ごせたらいいなと思う。まあそれも気持ち悪いのだろう。でも僕にはそれくらいしかできない。生まれてこの方、恋人が出来た事なんてないのだから。

 

 ――二時間。時刻は朝八時。彼女は瞳を開かない。死んでいると言われても信じてしまうほどに今の彼女からは人間味を感じなかった。

 本当に雪女なのだろうか? いやいやそんな馬鹿な。

 僕はつまらない己の思考に思わずため息を吐いてしまった。

 すると、ふと、彼女がまぶたを持ち上げる。

 僕は、彼女の澄んだ瞳に吸い込まれそうになった。蒼く透明度の高い海のように鮮やかで深みがあり、雪の結晶が散りばめられたような美しい輝き。

 彼女は、正真正銘人間だった。

 前回は彼女が休憩所を去るときによく瞳を見れなかったけど、こんなにも美しいだなんて、僕の想いは上昇して止まらない。……キモチワルイな、僕。

 切り替えて、どうしよう、と考える。声をかけるか? かけてしまってもいいのか?

 彼女は僅かに顔をあげ、自分以外の人間――つまり僕の方へ視線を向ける。

 思わず、肩がびくりと跳ねてしまった。

 どうしようどうしよう――そればかりが脳内でリフレインする。

 そのまま、時間はゆっくりと経過していく。

 見つめられる僕。取り繕ってはいるが内心超焦ってる僕。

 彼女はじっと視線を固定して、一言も話さない。澄んだ瞳がただ一点、僕の顔を捉えて離すことはなかった。嬉しいような、気まずいような……どこか複雑な気持ち。

 体感で、五時間程度。実際に経過していたのは三十分程度だったが、そこでようやく、彼女は再び瞳を伏せた。もそりと両足を椅子に乗せて、膝に顔を埋めるその姿を、僕はなぜか直視することは出来なかった。理由は分からない。でも、とても辛い気持ちに襲われてしまったから。

 その日、先に休憩所を去ったのは、僕だった。


 ☆ ☆ ☆


 日曜日。僕は休憩所で彼女の姿を見かけた。三度目の出会いだ。

 今日、僕はあることに気付いた。駅の休憩所に彼女が現れるのは三日に一度。二度目の出会いは初めて出会った日の三日後、三度目の出会いもその三日後だった。学校の無い土日も駅に顔を出してみた甲斐はあった訳だ。

 でも相変わらず、言葉を交わすことは無い。

 ……三日に一度、その理由を考えてるけど、一向に冴えた答えは出なかった。

 日々高まる、彼女のことを知りたいと思う気持ち。

 反して、触れてはいけないと警告する自分がいる。

 ――彼女には、なにかある。それを知りたい。

 だから僕は、初めて彼女に声をかけることにしたのだ。


「……よく、会いますね」


 声、裏返ってないだろうか? 取り繕えているか? 行動を取り消したい。でもそれは出来ない。最悪、これですべてが終わってしまうかもしれない。

 心臓が高鳴る。もはや動悸だ、病院へ行きたい。この病はきっと重傷だ。

 服の胸を掴み、彼女の返事を待った。

 少しずつあがる顔、開く瞳、向けられる視線。小さくほんのり桜色の唇が開き、白い息と共に発せられた声……言葉は、僕の心に深く突き刺さるものだった。


「……そうですか?」


 鈴を転がしたようなソプラノの声。耳朶を撫で脳に刻まれたそれは、思い出しただけであらゆる疲れが吹っ飛ぶほどの魔力を有している。……しかし、言葉は「そうですか?」。疑問形。つまり僕は一切として覚えられていなかったということだ。

 仕方がないと言えば仕方がない。だが、とても辛いモノはある。

 情けないことに、涙を流しそうになった。それをぐっとと堪えて。

 僕は愛想笑いだけを返して、会話に終止符を打った。

 今日もまた、僕が先に休憩所を去る。駅を背にして、雪絨毯を踏み締める僕は、彼女の声、言葉を脳内でリピート再生させる。一つだけ、違和感を覚えていたのだ。

 彼女の言葉には、一切の感情が見られなかったこと。

 覚えてるとか覚えられていないとか……たぶん、そんな話じゃない。

 まるで、本当に「覚えてない」ような……アバウトだけど、そんな感じがした。

 杞憂、であればいいのだが。家の玄関に着いた僕は、鍵を差しながらぼそりと呟く。

 

「次も……話しかけてみようかな」 




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