それは小さな出会いでも
いわゆる田舎。人里離れたなんて言うと大袈裟かもしれないけど、山の中にある村と言っても過言じゃない僕の町は、雪が深々と降り積もっている。
季節は11月後半、冬。寒い。朝なんか地獄だ。八寒地獄の中に生きているみたいだ。
なんとか布団から出るとすぐさま複数の暖房を付けてコタツに潜り込む。
足元から少しずつ暖まり、一日中ここに籠っていたい気持ちに駆られる。
それは寒いだけが理由じゃない。
僕が通う高校は隣町―厳密には五個くらい向こうの町―にある。でも僕は学校に行きたくないのだ。
いじめ。それだけだとこれまた大袈裟かもしれない。でも似たようなものだ。この町から通っているのは僕だけで、余所者のような扱いを受けている。あまり気が強くないのも相まって、僕は一年の時、見事にぼっちと化してしまった。それからというもの、誰も困らないという身勝手な理由から僕はクラスメイトのストレスの捌け口になってしまったのだ。
だから、学校に行きたくない。事実、休みがち。そのせいで登校するたびに奇異な目で見られるのだから本末転倒もいいところだ。
今日も今日とて、それは変わらない。休みたい。でも、両親に心配もかけたくない。
難しい。とても難しい問題だ。そう、僕はみかんを食べながら毎朝考えている。
時刻は明朝五時。家を出るのは始発の六時。この町にある唯一の駅は滅多に使用されることがない、なぜ存在するのかも分からない木造駅で、電車は一時間に一本。もういっそ取り壊せよと思わなくもないけど、始発を逃せば遅刻は確定だ。遅刻するくらいなら行きたくない。あんな教室に遅れて入室するなんて死んでも嫌である。
みかんを三つ平らげる。時間が迫ってくる。
仕方がない。時間は待ってくれないのだ。なんてぼやきつつ、僕は用意を始める。
通販で購入した防寒着を四枚ほど着込む。ずんぐりむっくりだ。手袋にマフラーを巻いて、余裕をもって家を後にする。
玄関を抜ければ一面銀景色。……見飽きた。
雪なんて止んでほしい。僕が病んでしまう。
なんてしょうもないことを口に出すこともなく、僕は何もない町を歩く。
なにがある? 田んぼしかない。コンビニ? そんなものここにはない。
流行に着いていけないのは学生としては致命的だ。もう諦めたけど。
目的の駅は徒歩5分程度。少し前に調子に乗って通販で購入したレインブーツでざくざくと地面を染める雪絨毯を踏みつけて、コートに付いているフードで頭を雪から防御する。
どれだけ着込んでも寒さからは逃れられない。だが駅に着けば休憩所があり、そこは毎朝僕の為に駅員さんがストーブを出してくれる。それが心地よくて、学校には行かず一日中休憩所に入り浸ることも決して少なくない。行きたくないものはしょうがない。
「……今日も、休もうかな」
白い息に混ざるズル休み宣言。これを口に出してしまえば最後。もう電車には乗れない。
また帰ったら両親に謝ろう。何回目だ、数えることすらやめてしまった。
雪の緞帳が薄れ、小さな木造駅が見える。僕はストーブを求めて小走り。
入り口でフードや肩に積もった雪を払い、休憩所の扉に手を掛けた。
ガラス窓は曇っている。もうストーブが付いているのだろう。
そう思って、扉を開ける。
「――――」
今日もいつもと変わらぬ日だと、僕は思っていた。
何も変わらない、変化のない退屈で、心地よい日々。
でも、それは、突如として訪れた。
僕より先に、休憩所の長椅子に座る人物――それは女性。
黒くて長い髪。伏せられた瞳、くるりと長いまつ毛。年齢は20歳前半くらい。真っ白いコートに身を包み、僅かに覗く肌は色白。それはまるで雪女のようで……触れたら壊れてしまう、溶けてしまう、きっと放っておいても自壊してしまう、――酷く儚く、脆い雪人形……僕にはそう映った。
それでいて、僕の中には、熱い感情が迸っていたのだ。
もしこれが一目惚れ……恋心だというのなら。
まるで雪女のように儚く冷たい彼女に、僕は雪が瞬く間に溶けてしまいそうなほど熱い恋心を抱いてしまった。
触れてはいけない、それを分かっているような己の感情に抗いたくて、僕はその日、彼女が去ってしまうまで、休憩所を出ることはなかった。
彼女が去ったのは夕刻。言葉を交わすことは、一度もなかった。