恋愛実践録5
「凄い勢いで日毎製造される出会いと別れにひたすら翻弄され、戸惑い、葛藤して、心乱れ、寂しさは募るばかりの感じですよね…」とホスト亭主は言った。
客がホスト亭主に尋ねる。
「貴方は寂しくない人なんかいないとおっしゃっていましたが、私と違い家族にも恵まれている貴方の寂しさとは一体何ですか?」
ホスト亭主が暫し黙考してから答える。
「自分の寂しさとは、この仕事を続けている限り、様々な女性と出会い、別れなければならないその辛さだと思いますね…」
客が不審がる。
「でも貴方は職業浮気をしているのだから、それはあくまでも演技であり、演技に徹すれば、非情にもなれて、その分寂しさとかは無いでしょう。違いますか?」
ホスト亭主が意を決するように答える。
「自分は情けない男ですから、どうしても非情に成り切れなくて、その分寂しさは常に付き纏っていますね…」と告げ、自らを嘲るように微笑んでから改まった口調で続ける「情けない話しですが、こんなんじゃ、プロ失格ですよね。本当の話し…」
客が同情する。
「この仕事も気苦労が多いのですね?」
ホスト亭主が認めて頷き、告白するように言った。
「他のホストはどうか知りませんが、自分に関してはお客さんが持ち寄る寂しさに伝染して、公私混同してしまい、その分出会いと別れがいつも寂しくて辛いと云う感じです…」
客が頷き切り返す。
「そうですね。世間に普遍的にある人と人との出会いと別れは、その分優しさを形成する感情である事は分かっていても、やはり寂しく、どこまで行っても辛いものですよね…」
ホスト亭主が頷きしみじみと言う。
「その出会いと別れの辛さが否応なしに時の深い無常さ非情さをクローズアップして、その分不変のものは無いと痛感させ、寂しさは逆に益々募りますよね。実際問題…」
客が眼に一杯の涙を溜め、それを素早く拭い言った。
「人って、どこまで行っても寂しい存在じゃありませんか。どんなに強い絆でも、これは普遍的に死を以って絶対の別れがあるし。だからある意味私は旦那の心が離れた時点で、死に別れしたと思い諦めればいいのに、それが出来ないで、いつまでも愚かしく女々しく、未練がましいのですよね…」
ホスト亭主が一点を見詰め、重々しく言う。
「どんなに深い絆でも、一番深いところにあるのは普遍的な無常感じゃありませんか。賢者の如く全て達観して諦める事が出来ればいいのですが、自分のような凡庸なる徒然にはそんな達観無理で、いつも寂しくて仕方なく、凄い勢いで日毎製造される出会いと別れにひたすら翻弄され、戸惑い、葛藤して、心乱れ、寂しさは募るばかりの感じですよね…」
客がうなだれるように頷き、言った。
「だからそんな泡沫の幻想じみた、宴の後の虚しさ、寂しさを愛でるように、泡沫の幻想に酔いしれるしか癒しは無いと、貴方は言いたいのですね?」
ホスト亭主が恭しく頷き答える。
「そうですね。だから出会いから別れの、この泡沫の幻想的宴に酔いしれ、その辛い別れを無意識に予感している分、この場所と云うか宴は切なく寂しいけれども、大切に心の襞に刻み付け、愛でるしか無いのですよね、きっと…」
客が涙を再度拭い言った。
「神様は私達人間にそんな出会いと別れの辛さに慣れて、強く逞しく孤高になれよとおっしゃっているのですが、私達人間は皆凡庸で、いつまで経ってもその辛さに耐えられないからこそ、寂しいのですよね、きっと…」
ホスト亭主が重々しく頷き、答える。
「そうですね…」