恋愛実践録29
「だから貴方のそのひたすら家族を思う思いやりを、命懸けであろうとも、どうか崩したりはしないで欲しいのです」と客は言った。
客が続ける。
「そして私の心は家族を大切にする貴方の健気な姿勢に救われたのです…」
眼を充血させ、涙が溢れそうになるのを、客が指で拭い、続ける。
「だから美しい心根を抱いた貴方には、あんな妻をないがしろにするだけの卑劣な元夫に塗れ、汚されて欲しくないのです。私を気遣う気持ちは有り難いのですが、そこまで自分を堕とす真似はしないで欲しいのです…」
ホスト亭主が客と同じく両目に一杯溜めた涙を手早く指で拭い、しきりに頷くのを見遣りながら客が続ける。
「私とて一人の女ですから、好きな人と一緒にはずっと一緒にいたい。添い遂げたいのは山々なのですが、それでは私があの憎むべく愛人と同じ女になってしまいます。だから私は貴方の家族を思う美しい心根を最上級の愛の形見として、その美しい心で自分の寂しさをひたすら癒しながら、力強く生きて行くつもりなのです。だから貴方のそのひたすら家族を思う思いやりを、いくら私の為の命懸けであろうとも、どうか崩したりはしないで欲しいのです。それをされたら私の心は再度揺らぎ、私は寂しいままに離婚に踏み切れなくなってしまいますから…」
客が己の切ない気持ちを奮い起こすように健気に続ける。
「これが私の最後のお願いですから…」




