恋愛実践録2
客が悲しげに瞼を伏せ言った。
ミラーボールを横目で見遣り、人妻の客にホスト亭主が腹に積もった己の存念を述べ立てる。
「例えば我々がしている擬似恋愛、成り切りゲーム恋愛は世間体からすると、とんでもない浮気不倫の類恋愛であり、それが生活の為であっても到底許されるものではなく、日陰者呼ばわりされるのは当たり前、仕方ない理屈になるのですよね?」
客が答える。
「でも貴方の場合は生活の為の職業擬似恋愛であり大義名分があるのに対して私にしてみれば、この擬似恋愛は明らかに浮気不倫であり、守秘性を帯びるのは私にしてみれば仕方ない事ですよね。そしてその日陰者的守秘性が無ければ、私はここにはいられない道理となり、この擬似恋愛自体が終焉を迎え、私と貴方の誓い合いも無駄なものになってしまいますよね?」
ホスト亭主が一声唸りしきりに頷き言った。
「つまり日陰者だからこその存在理由がある事に満足しなければ、この成り切り擬似恋愛は存在理由を失い、帳消しとなり、自分と貴女はお互いの存在理由をなくすと云う事ですか?」
客が頷き言った。
「そうですよね。私は日陰者だからこそ、旦那に対して意趣返しが出来るし、貴方は日陰者だかこそ、私と情交を交わし、生活の糧を得られるならば、正当性が無い日陰者こそ私達二人にとっては逆に正当性のある存在理由ですよね?」
不承不承ホスト亭主が顎を引き答える。
「悩み辛抱しなければ、享楽や生活の糧さえも得られないという道理ですか?」
「そうです。バランスの問題で楽からは楽は生まれませんから」
納得しつつ頷き、ホスト亭主が返す。
「苦労有っての物種ですか?」
「日なた者有っての日陰者ものですから。それは元を質せば同質のもので、変な言い方をすれば恥じらう必要性は無いと私は思います」
ホスト亭主が愉快そうに笑い答える。
「日陰者は元来恥じらう者であって、それに二乗して恥じらえば、消えてなくなっちゃいますからね?」
客が笑いホスト亭主も笑って、場内に流れる音楽の間隙を縫うようにホスト亭主が再度口を開いた。
「家の娘が自分の職業浮気を不潔呼ばわりしているのですが、それはそれで正当なる日陰者の隠蔽性を死守するならば、嘘も方便と言う事ですね?」
客が瞬きを繰り返してから言った。
「貴方の職業浮気は家族を護る為のものですから、愛の成就であり、それは正々堂々と胸を張って、娘さんに言えば良いと思います。逆に私の不倫擬似恋愛は夫への面当て、呪詛呪いですから、お百度参りではありませんが、闇に紛れて日なたには出れない日陰者だからこそ、私はここにいるのです」
ホスト亭主が改まった口調で尋ねる。
「職業浮気ですか。でももし旦那さんがこの成り切り不倫を知ったら、この店に殴り込んで来ますかね?」
客が悲しげに瞼を伏せ答える。
「いや、それは有り得ない事ですよね、絶対に…」