恋愛実践録155
固唾を飲み、息が詰まるような時がいらだたしく流れて行く。
入口から入って来ると角度的に死角になる納戸の隅に愛人が身を潜めて、耳を澄ます。
旦那はバリケードが張られている部屋に愛人がいない事を暗がりを慎重に凝視し黙視と気配で確認してから、踵を返し、忍び足で渡り廊下を移動しながら順次居間を密偵さながらに注意深く点検して行く。
旦那の居場所を特定するには、間欠的に聞こえる軋み音だけが頼りなので、愛人は息を潜め、廊下が軋む足音が遠ざかっているのか、近寄って来るのかだけに全身全霊注意を払い、ひたすら耳を澄ます。
固唾を飲み、息が詰まるような時がいらだたしく流れて行く。
旦那の足音が徐々に近付いて来るのを澄ました耳で感じ取り、包丁を握る手に力を込め、愛人が息を静かに調える。
バットを持った旦那が引き戸となっている入口の手前で立ち止まり、引き戸を少しだけ開いて、中を覗く。
今躍り出たら、格闘になってしまい、勝ち目は無いと判断し、愛人はひたすら息を潜め相手の出方を窺う。
旦那は引き戸の隙間から中の様子をじっと凝視し寝息に聞き耳を立ててから、その息遣いが無いのを察知して、音を立てないように引き戸を閉め、渡り廊下を忍び足で歩き、立ち去って行った。