恋愛実践録12
「矛盾し狂った悪意ある罠だからこそ、お前はそこに逆説としての愛を感じ、惚れてしまったのではないのか?」と、ホスト亭主は自問自答を繰り返す。
ホスト亭主は夢を見ている。
色彩の配色が滲みぼやけて、野原なのか家の中なのか姜として判別がつかない絵画の中央に、張り付くように白いワンピース姿の麦藁帽子を被った少女が立っている。
その少女は麦藁帽子を眼深に被っていて、その眼が見えない事が、不条理にもホスト亭主には苛立たしく気掛かりでならない。
すると少女の身体が絵画から剥離するようにするりと浮き上がり、それと同時にホスト亭主の視線の角度が変わり、泣き黒子のある眼が見え始めた。
そしてその眼には一杯の涙が浮かんでおり、その涙を見た途端、ホスト亭主は、いたたまれない程に寂しくなり、少女に向かって「君が泣くと堪らなく寂しくなるから、お願いだから泣かないで」と頼むと、少女は涙を溜めたまま泣き笑いの表情を作り「私は泣いてなんかいないわ。この涙は私の微笑みなのよ」と答えた瞬間、ホスト亭主は叫び出したくなるような深い悲しみに捕らえられ、突き上げられるように瞼を開き、眼を覚ました。
目頭に浮かんだ涙をひとしきり拭いホスト亭主は自問自答する。
「お前は宣誓を破り、あの女に惚れたのか?」
「いや、あんな恋狂いの寂しいだけの女なんかに、俺は惚れてなんかいない。それにあの女は俺に憎しみとしての寂しさを伝染させて来る、言わば敵ではないか。そんな者に惚れて堪るものか!」
「だからこそ、逆にお前の気持ちはあの女に魅了されているのさ」
「憎しみや陰性の妬みを向けられて、惚れる程俺は馬鹿ではないぞ!」
「だが、あの女は自分に惚れさせて見せると断言したではないか。憎しみを向けて来るのは、その方便であり、お前を惚れさせる手ではないのか?」
「だったら尚更だ。そんな狂った罠に掛かる程俺は馬鹿ではない!」
「矛盾し狂った悪意ある罠だからこそ、お前はそこに逆説としての愛を感じ、惚れてしまったのではないのか?」
「うるさい、黙れ!」