第一章 襲撃
十日後、操縦シュミレーションでの練習を終えた三人は、実際に機体に乗り、試乗テストを行うことになった。
八乙女研究所の格納庫にて、パイロット達三人は、初めての対面を果たした。
「あれ?破藤のおっさんじゃねえか」
パイロットスーツに着替えた九島策郎は、見覚えのある巨体を見て、驚きの声をあげた。破藤豊作も、目を丸くする。
「おめえ、策郎じゃねえかっ!?何やってんだ。こんなところで!?」
「知り合いなの?」
八乙女タツミが聞くと、策郎が答えた。
「ああ、おれな、一時期、破藤グループで働いてたことがあったんだ。ま、殺し屋としてね。そんときに豊作のおっさんにゃ、いろいろ世話になっててさ。へえ、おっさんもパイロットに選ばれてたんだ。すげえ偶然だな」
「偶然だな、じゃねえよっ!てめえ、五年前に『飽きた。バイバイ』なんてふざけた手紙残して勝手に消えやがってっ!しかも会社の金、大量に持ち逃げしやがっただろ!」
「退職金だよ。退職金。あのときは、おれのおかげで殺しの仕事がスムーズに進んだろ?あれくらいの金、安いもんさ」
「スムーズだあ?ふざけんじゃねえぞ!依頼された人間ひとり殺すに、てめえは何回ビル崩したり、屋敷爆発させたりしてきた?証拠揉み消すのに、おれがどんだけ苦労してきたと思ってんだ、コラ!?」
「だって派手なほうが格好いいじゃん」
「おまえってやつは……っ」
豊作があきれて絶句したとき、涼しげな声が会話に割りこんできた。
「くだらない話はやめて、早く試乗テストを始めませんか?八乙女博士、奴らが襲ってくるまで時間がないんでしょう?」
「ああ?」
策郎は声のしたほうをにらみつけた。
そこには白い仮面をつけた少年、牙倉雄介が、壁にもたれて腕組みをしていた。
「誰だてめえ?」
「あなたみたいな下品で汚いひとには、名乗りたくありませんね」
拳が飛んできた。
雄介は頭を少しだけ動かしてそれをかわす。
策郎の拳はコンクリートの壁にめりこんだ。
「やめなさい!」
タツミが叫んだ。
「やめられねえなあ。所長さんよお。だっていまのおれ、どうだい?こいつを殴ろうとしたら、あっさりよけられちまった。これはださいよなあ?ださい。すげえださい。駄目なんだよ。ださいのは駄目なんだ。おれは格好よくないと。そのためには、こいつを殺さないとよ」
雄介の仮面に額がつきそうなくらい、策郎は顔を近付けた。目がすでに血走っている。
それを見ても、雄介はまったく動じない。
「噂以上の単細胞ですね。素材としては劣悪だ。まあ、いいですよ。お望みならば、僕が美しく『演出』してあげましょう」
雄介の姿がふっと消えた。
「どこに行った?」
策郎は周囲を見回した。
見渡すほどの広さ格納庫のは、搬送用のトラックが五十台。戦車が百台。それに交じって、大量武器類を入れた貨物ケースが高く積まれている。
雄介はそのどこかに素早く隠れたようだ。
「ちくしょう、うっとうしい奴だな」
気配が全く感じられない。
「ちょっとやめなさいよ!」
タツミがとがめるが、策郎は無視した。
すると、どこからともなく雄介の声が響く。
「八乙女博士、大丈夫ですよ。殺しはしません。こんな奴、演出する価値もない。ちょっとからかってやるだけです」
「そこか!」
策郎が声のした方に向かって走りだした瞬間、まったく違う方向からナイフが飛んできた。
「くっ」
とっさにそれを叩き落とす策郎。
「へえ、反応速度はなかなかのものですね」
「てめえ、だせえことしてんじゃねえよ!堂々と姿見せやがれ」
「嫌ですね。あなたの野蛮な趣味にあわせるつもりはありませんから。ほら、こんなのはどうですか?」
すると、今度はまったく違う三方向から三本のナイフが飛んでくる。
策郎は二本はよけたが、一本だけ顔をかすめてしまった。頬に小さく傷ができる。
「くそっ」
策郎は貨物ケースを背にしてしゃがんだ。これで、少なくとも、背後からの攻撃は防げる。
ふと、貨物ケース表面に貼られたステッカーを見た。ケースに入れられている物の名前が書いてある。それを見て、策郎は打開策を思いつく。
「よそ見していていいんですか?」
雄介の声がまた違う方向から響いた。
ナイフが十本飛んできた。
「うおっ!?」
策郎はあわてて構えた。
拳を振りかざし、七本は叩き落とせたが、三本腕に刺さってしまった。
策郎は舌打ちをもらし、急いでそれを抜く。血が滴り落ちる。
雄介の、笑い声が響く。
「さっきまでの威勢はどうしたんですか?あなた、それでもラザガのパイロットですか?こっちはちょっとからかってあげてるつもりなんですから。こんなのでてこずっているようでしたら、これからの戦いで生きぬいていけませんよ」
「もういいや。面倒くせえ」
策郎はため息をついた。
「なんですか?降参ですか?」
「できれば直に殴りたかったんだけどなあ。おまえが何か小細工を使ってるってのはわかるんだけどよ。それを解くのが面倒臭くなった。もう、いいや」
「何をブツブツと……」
「もう終わらせるって言ってんだよ。声が聞こえるってことはよ。おまえ、この格納庫のどっかにいるんだろ?それがわかれば充分だ」
「何を言っているんですか?」
雄介の声にとまどいがまじる。
策郎は背にしている貨物ケースを開けた。
そして中からロケットランチャーを二挺取り出すと、それを両手に構えた。
「この格納庫を全部ぶっ壊す。そうすりゃ、おまえも死ぬだろ?」
「なっ!?」
策郎は何のためらいもなく、引き金に指をかけた。
「いい加減にしろ。策郎」
野太い声が響いたかと思うと、轟音と共に策郎の体が吹っ飛んだ。
破藤豊作が、策郎を殴り飛ばしたのだ。
策郎は壁にぐしゃっとぶつかり、床に落下した。ロケットランチャーも床に転がる。
豊作は策郎が叩き落としたナイフを拾うと、
「牙倉雄介。おまえも調子に乗り過ぎだ」
と言って、真上に向かって、ナイフを投げた。
しばらくすると、
「ぐっ」
と声をあげて、天井から雄介が落ちてきた。肩にナイフが刺さっている。
「おまえらよう、八乙女研究所に雇われたんだろ。ガキじゃねえんだから、仕事をなめてんじゃねえよ」
「どうしてぼくの居場所が分かったんですか?気配は完全に消したはず」
肩をおさえながら、雄介が立ちあがる。耳をほじりながら豊作は答える。
「どこが?においを簡単にたどれたし、空気の流れも丸見えだったぞ。髪も少し落としてたしな」
「……そんなものが、見えるんですか?」
「まあ、経験の賜物だわな」
策郎も、頭をおさえながらふらふらと立ちあがる。
「痛ってえ……。おっさん本気で殴ったな?うわ、これ絶対骨にヒビ入ってるよ」
「バーカ、おれが本気で殴ったら、おまえの首なんてとっくにもげてるよ」
「くそ、やっぱりおっさんにゃかなわねえよ」
そんな彼等の会話を、八乙女タツミは少し離れたところから見ていた。
怒りで肩が震えている。
「あ、あなた達ねえ……」
そのとき、八乙女研究所全体にけたたましい警報が響き渡った。
赤い警告ランプが光りだす。
「なんだオイ?」
策郎は怪訝な顔をする。
「何かあったようだな」
豊作ははげた頭をかきむしる。
「来たようですね。奴らが」
雄介は静かにつぶやいた。
研究所の所員が、駆け寄ってきて、タツミに報告した。
「所長!敵襲です!大型の生命体が研究所に接近しています!」
「そんな!まだ試乗テストを終えていないというのに!」
タツミは歯を喰いしばった。
しかしすぐに決意を固め、三人の前に立ち、叫んだ。
「九島策郎!牙倉雄介!破藤豊作!あなた達には、いまからラザガに乗って出撃してもらいます!」
タツミに案内されて、三人は格納庫の地下へ降りていった。
暗闇の中、奈落の底へ続いていそうな長い螺旋階段をくだってゆく。それぞれの足音が、長く反響する。
「そういえばよ。兵器の名前の、ラザガってどういう意味なんだ?」
ふと気になって策郎が聞いた。
タツミは笑みを浮かべて答えた。
「いい質問ね。ラザガというのは、ある昔の剣豪が残した言葉よ。漢字で『羅残我』と書くわ。意味はこうよ。『修羅の如く 残酷に 我を貫く』。私はこの言葉が気にいっててね。開発に成功した、凄まじい新兵器の名前につけることにしたの」
タツミとパイロット達は、地下にたどりついた。
見渡す程の広大な空間が、そこに広がっていた。
床も、天井も、壁も、黒い鋼鉄でできている。
三つの滑走路があった。
その発進位置に、三台の機体が並んでいた。
巨大な戦闘機だ。
一台の全長が、五十メートルはある。
それぞれ色が違っていた。
赤茶色、青銅色、黄土色、と三種類。
「これが、ラザガ……」
雄介が圧倒されたようにつぶやく。
「こんなでけえのが本当に飛ぶのかよ」
豊作が眉間にしわをよせる。
策郎は、妙な既視感に襲われていた。赤茶色の機体。その色を、どこかで見たような気がするのだ。
タツミは三人に言った。
「さて、早速出撃してもらうわよ。敵はもうすぐそこに迫っているわ」
そして三人は、それぞれ自分に与えられた機体の方へ向かって走り出した。
策郎が乗るのは赤茶色の機体。
名前は『修羅号』
雄介が乗るのは青銅色の機体。
名前は『残酷号』
豊作が乗るのは黄土色の機体。
名前は『我王号』
三人は操縦席に乗り込んだ。
その頃、八乙女研究所から二十キロメートル程離れた森を、異形の怪物が歩いていた。
八乙女研究所の護衛ヘリに乗った偵察部隊のパイロット達は、その姿を見て息を飲んだ。
それは、人間の手の形をした怪物だった。
ドーム球場くらいの体積を持つ、あまりにも巨大な手首だ。
手の甲の辺りに、顔がへばりついていた。三歳位の赤子の顔だった。笑っていた。
そんな巨大な人面手首が、指をクモの足のように動かして、森の木々を何本もなぎ倒し、土煙を大量にまきあげながら、前進していた。
人面手首が木を倒す度に、たくさんの鳥の群れがけたたましい鳴き声をあげながら飛びたってゆく。野生の動物達が、吠えながら駆けずりまわる。
ふと、人面手首の赤子の顔が、空を飛ぶヘリを見た。
「やばい!見つかったぞ!」
「落ち着け!ここは高度三百メートルだっ!ヤツは何も出来ないさ!」
パイロット達がそんな会話をかわした時だ。
ヘリが影に包まれた。
見上げると、人面手首がヘリの真上まで跳躍していた。
パイロット達が悲鳴をあげる間も無く、人面手首はヘリを思いきり叩き落とした。
ヘリは一瞬で地面に叩きつけられ、爆発、炎上した。
火が森に燃え広がってゆく。
着地した人面手首は、楽しそうに指をうごめかせながら、笑い声をあげた。
きゃははっ
きゃはははっ
きゃははははははっ
その巨大な笑い声は、木々を震わせ、二十キロメートル先の八乙女研究所まで届いた。
「なんだこのガキの声は?」
修羅号の操縦席に座った策郎は、いぶかしげな顔で上を見た。
「敵の声よ。もう1キロメートル先まで来ているわ」
通信モニターに映るタツミが答えた。
「はあ?おい、相手はガキなのかよ?」
「…………見れば、分かるわ」
その言葉を残して、通信モニターの回線は切られた。
「なんなんだよ。くそ」
策郎は舌打ちをもらした。
その時だ。
ゴゴゴゴゴゴ……
と地響きのような音を立てて、天井パネルが開いていった。
空が見えた。太陽の光が、入りこみ、地下を満たす。
滑走路が上昇し、斜め上を向く。
三台のラザガマシンは、天を向いた。
策郎は、気合いを入れて操縦駻を握りしめた。
「さて、ジュオームとやらで動くラザガってのが、どれ程のもんなのか?体験させてもらおうじゃないの」
発進の合図のブザーが鳴った。
「修羅号!発進!」
策郎は、アクセルを思いきり踏みこんだ。
ズンッ
策郎の肉体は、ぐしゃっと潰れた。肉が、血が、内臓が、操縦席に飛び散った。
策郎は思わずそんな錯覚を抱いた。
発進した途端、凄まじい重圧が全身に襲いかかってきた。
操縦駻から手が離れ、後頭部を座席に叩きつけられた。
「がっ………がが………………がっ………」
体が動かない。まるで象に踏み潰されているかのような、激しい重力が策郎の体を座席に押しつける。
ふざけんな。なんだこれは?ふざけんな。ふざけんなっ!
「がっ……ががががっ………、がああああああああああああっ!!」
雄叫びをあげ、策郎は全身に全力をこめた。重力に逆らい、体を少しずつ前に倒し、操縦駻をひっつかむ。
策郎は思った。
これは乗り物じゃない。
暴れまわるとんでもない化け物の背中に、しがみついているようなものだ。
歯を喰いしばり、全力を込めつづけながら、操縦駻を動かす。
外部カメラのモニターを横目で見て、機体の現在位置を確認する。
「……なっ?」
策郎は絶句した。
モニターに映る機体の下の光景。
そこには、日本列島が小さく見えていた。それどころか、アジア大陸が、地平線の丸みまでが確認できた。
つまり、いま修羅号は、見下ろした光景がそう見えるほどの高さを飛んでいることになる。
マジかよ?発進してから三十秒もたってないぞ。どれだけデタラメなんだ?ラザガってのは?
策郎が呆然とした瞬間。
修羅号は大気圏に突入した。
「修羅号、宇宙へ行きました」
「何やってんのよ、あの馬鹿はぁぁっ!?」
オペレーターの言葉に、タツミはぶち切れた。
座っていた椅子を思いきり蹴り飛ばす。
ここは八乙女研究所の防衛管理制御室。
八乙女研究所の防衛システムをここで管理している。
白衣を着たオペレーター達が、たくさんのモニターに向かい、発進したラザガマシン三機と、接近する人面手首の様子を監視している。
タツミはため息をつくと、椅子を立てて座りなおした。
「それで、残酷号と我王号の様子は?」
「はい、残酷号は無事に発進し、現在、敵巨大生命体の目視可能な距離上空を飛行しています」
「我王号も同様です」
「おかしいわね。なんで策郎だけ操縦ミスを犯したのかしら?」
「発進時の強い重力に動揺したのでは?」
「そんな……。発進時のGに関しては、渡した操縦マニュアルに書いていたはずよ。あれを読んでいたなら、心の準備はできていたはず」
タツミは知らなかった。
策郎は確かに、操縦マニュアルに目を通していた。しかし、重力については知ることはできなかった。
九島策郎は漢字が読めないのである。
だから、平仮名の部分だけを読んでいた。当然内容を理解しているわけがなく。
策郎はいま操縦シュミレーションでの練習の経験だけで、操縦に臨んでいるのだ。
タツミは通信モニター越しに、二人のパイロットに話しかけた。
「牙倉雄介、破藤豊作、聞こえたかしら?修羅号は、何を血迷ったか、宇宙に突入していったわ。すぐに呼び戻すから、それまで、その化け物を足止めしていてちょうだい」
「……足止めですか。初心者マークの僕らに無茶を言ってくれる」
残酷号を操縦しながら、雄介は苦笑した。
それなりに覚悟はしていたが、ジュオームエネルギーの機動性が生み出すこの重圧は予想以上だった。
全身の骨が、きしみをあげている。
ふと、座席の下に、何か落ちているのを見つけた。
ちぎれた人間の耳だった。
おそらく自分の前に試乗したテストパイロットのものだろう。操縦に失敗して死んだらしい。
雄介は動じない。
こういうものは見慣れている。
「掃除が行き届いてませんね。あとで文句言っておきましょう」
そのとき我王号から通信が入った。
「おーい、雄介。敵っぽいのが見えてきたぞお。気をひきしめろい。うわ、なんじゃあれ?」
「豊作さんっ?」
雄介は仮面の奥で目を丸くした。
モニターに映る豊作は、耳をほじりながら操縦捍をにぎっていた。
あの重圧を浴びながら、片手で操縦しているのだ。
雄介は舌打ちを漏らした。
認めたくないが、この破藤豊作という男は三人の中で一番強い。
「おーい、雄介。よけたほうがいいと思うぞ」
「え?」
雄介は前方を見た。
外部モニター全体に、巨大な赤子の笑顔が映っていた。
残酷号は、飛んできた拳に殴り飛ばされた。
東京ドームのように馬鹿でかい拳。
人面手首が握りしめた拳だ。
「ぐあっ」
雄介は衝撃に耐えた。
残酷号は森の木々をへし折りながら吹き飛び、崖に衝突した。
砕けた岩が降り注ぎ、激しい土煙が、大量に巻きあがった。
着地した人面手首は笑った。
きゃはっ
きゃはっ
きゃはははっ
オモチャを見つけて喜ぶかのような、巨大な赤子の笑い声。
我王号を空中で静止させると、豊作は外部モニター越しに、人面手首を見下ろした。
「うるせえなあ、くそ。鼓膜がつぶれそうだ。さて、あんなものをどうやって足止めするかな。……あれ、普通じゃねえぞ」
そのとき、通信モニターから笑い声が聞こえてきた。
「ひひひっ、ひひひひひっ………」
「お、生きてたか。雄介」
残酷号は、地面に突き刺さっていた。
操縦席に乗った雄介は、人面手首が映る外部モニターにへばりついていた。
さっきの衝撃で顔を怪我したらしく、仮面の両目の穴から血を流している。
「ひひっ、ひひひひひっ、なんだあれ?大きな手首の化け物?あんなのが、あんなのが本当にいるなんて……」
「………おーい、雄介。どうした?恐怖で頭おかしくなったか?」
「違います。わくわくしてるんですよ。ねえ、破藤豊作さん、あれの内臓って、どうなってるんですかね?どこを切ったら、腸がはみだすんですかね?心臓はひとつですかね?血は赤いんでしょうか?かわいい赤ん坊のような声ですね。あれの悲鳴ってどんなのですかね?ひひひひひひはあぁぁぁっ!!楽しみだ楽しみだ楽しみだぁぁぁっ!!」
雄介は操縦捍を握った。
そして叫ぶ。
「豊作さん、一緒にあれを『演出』しましょうよ!行くぜぇっ!残酷号!発進!」
雄介はアクセルを踏みつけた。
地面の土をえぐり飛ばし、残酷号は勢いよく飛びたった。
「やれやれ、若い奴はいいな。好奇心旺盛で。じゃあ、おれも行くか」
豊作も操縦捍を握りしめ、我王号を人面手首に向ける。
戦いが、始まった。
残酷号と我王号は、人面手首の上空まで接近した。
「さあ、豊作さん!行きましょうか!」
「おう!」
残酷号はミサイルを、一気に十発、発射した。
しかし人面手首は、虫のように素早く跳ね、それをよけた。
「今だ豊作さん!」
「おし、喰らえ!ボム!」
我王号は、真上からボム弾を落とした。
跳ねて空中にいる人面手首に、それはかわせない。
人面手首の赤子の顔は、眉間にしわをよせると、頬をふくらませ、思いきり息をふいた。
ゴオッと突風が巻き起こった。
五百キロもの重さのボム弾が、風ではねかえり、我王号に向かってくる。
「危ねっ!」
豊作はあわてて、我王号を動かし、ボム弾を逃れた。
ボム弾は雲の上まで飛ばされ、そこで爆発した。
「くそ!馬鹿でかい図体のくせして器用な化けものだな!」
「豊作さん!ぼくに考えがあります。奴の周囲にミサイルを打ちまくってください!」
「考えだと?」
雄介は、通信モニター越しにその考えを簡潔に話した。
「おまえの機体はそんなことができるのか……。よし、わかった。まかせとけ!」
我王号は、人面手首の周囲に向かってミサイルを連射した。
「おらおらおらおらおらぁっ!」
爆発爆発爆発。木々が、何十本とへし折れ、枝や葉と共に、えぐれた地面の土が舞う。
「まだまだまだまだだぁっ!」
さらに何十発とミサイルを撃ちつづける我王号。
爆発による煙が大量にわきあがり、人面手首の巨体を覆い隠す。
人面手首の視界を煙で隠し、隙を見つけて攻撃する。
それが雄介の考えだ。
煙に包まれた人面手首は、警戒の表情を浮かべながら、まわりを見渡していた。
やがて、煙が晴れた。
人面手首はとまどいの表情を見せた。
上空から、残酷号がいなくなっている。
我王号しか飛んでいない。
「どこを見ている!ぼくは下だぁぁぁっ!」
そのとき、人面手首の真下の地面から、巨大なドリルが飛び出した。
それは残酷号だった。
機首にドリルをつけた残酷号が、土砂を飛ばしながらあらわれたのだ。
人面手首はあわててかわそうとしたが、よけきれず、轟音をあげながら回転するドリルによって人さし指の肉をえぐられた。
けあああああああああっ!!
赤子の悲鳴が、こだまする。
説明しよう。残酷号は、機首に高性能のドリルを装備しており、それによって、地下に潜ることができるのだ。
「へえ、この化けものの血液って、赤いんですね。ぼく達と同じだ」
ドリルについた人面手首の肉片を見つめながら、雄介は残酷号を空中で停止させた。
人面手首は怒りを顔に浮かべながら、残酷号をにらみつけた。そして跳躍しようと、指に力をこめた。
そのときだ。
びしっ……
びしししっ……
地面にヒビが入ったかと、思うと、人面手首の立つ場所が崩れ、沈みだした。
蟻地獄にはまったかのように、人面手首の指が土砂に埋もれてゆく。
「ひひひ、さっきそのあたりの地盤を破壊しておいたんですよ。これであの化けものは、しばらく動けない」雄介は、仮面の下から、舌なめずりの音をたてた。「さあ、『演出』の時間ですよ」
残酷号はドリルを下に向け、勢いよく降下した。
豊作が怒鳴った。
「雄介!相手は得体の知れない化けものだ!不用意に近付くな!」
そのとき、人面手首に異変が起きた。
赤子の顔に、何か模様のようなものが浮かびあがってきたのだ。
それは血管だった。
メロンの網目模様のようにたくさんの血管が、目の周囲に浮かびあがっていた。
血管が何かを目に送っている。そんな様子だった。
そして、人面手首は、舌足らずな声で、信じられない言葉を発した。
じゅおおおむ、びぃぃむ
人面手首の両目が赤く輝いた。
瞳孔から光線が走った。
「なっ!?」
雄介はとっさに操縦捍を横に倒した。
残酷号は、どうにか、ぎりぎりでそれをよけた。
なのに、凄まじい熱が襲ってきた。
その熱は、装甲を抜け、操縦席まで達し、雄介の着る強化服ですら防げず、服の中でジウッと音を立てて、雄介の肉を焼いた。
「ぐあああっ!」
雄介は思わず操縦捍を離し、肩を抑えた。
そのせいで残酷号は、木に衝突し、またもや墜落した。
頭を強く壁にぶつけてしまい、雄介は気を失った。
豊作はあわてて、通信モニターに向かって聞いた。
「おい!八乙女タツミ!どういうことだ?あの化けもの、いまさっき、『ジュオームビーム』って……。まさか、あのジュオームを、あの化けものが発射したってのか!?」
「…………そうよ」
「一体どうなってるんだ?なんで奴が、ラザガと同じジュオームエネルギーを扱える?」
「あなたにはまだ話していなかったわね。奴らの正体を……」
「名前?」
「そう。奴らは自分達のことを、こう名乗っているわ。……『ジュオームチルドレン』」
「ジュオーム、チルドレンだと?」
「彼等の正体は、人体実験 でジュオームを大量に浴びさせられ、異形の化け物と化した……人間の子供達よ」
「なんだと!?」
人面手首は、土砂から這い出ると、怒りで息を荒くしながら、墜落した残酷号の方へ向かった。
「やばい、雄介、逃げろ!」
豊作が呼びかけるが、雄介は気絶したまま目をさまさない。
人面手首は、目をかっと見開くと、残酷号に向かって跳躍した。
「九島策郎!!ただいま参上!!」
そのとき修羅号が飛んできて、人面手首に体当たりを喰らわせた。
げえっと、うめき、人面手首は地面に落下する。
「よっしゃ、やっと操縦に慣れてきたぜ!」
「おい、策郎!てめえいままで何やってた!?」
「あ、破藤のおっさん。いやあ、悪い悪い。その、ちょっと月を見物に行っててさ」
あのあとうまく操縦できずに、月に衝突してしまっただなんて、ださくて言えない。
「月に衝突したんでしょ」
「てめえ、タツミ!何ばらしてんだコラ!ぶっ殺すぞ!」
「いいから、三機揃ったのなら、早く合体しなさい。もたもたしてると、あなた達、全員死ぬわよ」
「言われなくてもやってやらあ。おい、行くぞ。破藤のおっさん、雄介、……ん?雄介、どうした?」
通信モニターを見て、策郎は眉をよせた。
豊作が答える。
「化けものにやられて気絶してんだ」
「なんだそりゃ?情けねえなあ」
策郎は、通信モニターの音量の設定を最大にした。そして、息をゆっくりと吸い、叫んだ。
「雄介ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!てめえ起きろゴラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
「どわっ」
あまりの大声に驚き、雄介は目を覚ました。
「おう、起きたか。仮面キザ野郎」
「……ぼくは、気絶していたのか?……策郎?いつのまに?」
「ボケっとしてんじゃねえぞ。ほら、合体だ」
「合体?」
「おーい、まだ寝惚けてんのか?おまえいま何に乗ってんだ?」
雄介は我にかえった。そして、策郎に助けられたことを察し、舌打ちをもらした。
「…………まあ、いい。わかりました。合体ですね」
説明しよう。ラザガマシンは、三機が合体し、人型兵器に変形することによって、本来の力を発揮することができるのである。
タツミが言った。
「あなた達、いいわね。ラザガマシンはハイテンションチェンジシステムを搭載しているわ。つまり、合体した際、三人の中でもっとも『闘る気』のあるパイロットの機体にあわせて変形するようになっているの」
「わかってるよ。まかせとけ。じゃあ、行くぞ!雄介!破藤のおっさん!」
「はい」
「おう」
修羅号、残酷号、我王号は、同時に空へ飛び出した。
空中を旋回したあと、三機は一列に並んだ。
そして、三人は叫んだ。
「ラザガァァァァァァァァァァァァァッ!!!チェェェェェェンジ!!!」
我王号は下半身に変形した。
残酷号は胴体に変形した。
修羅号は頭部に変形した。
そして、ラザガマシンは合体した。
修羅の如く 残酷に 我を貫く
羅残我
異形の巨人が、地面に降り立った。
策郎が叫ぶ。
「チェェェェェェンジ!!!ラザガァァァァァァァッ修羅ァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
赤茶色の巨大人型機械兵器。
ラザガ修羅。
その姿はまるで、全身に血をかぶった鬼のようだった。
頭部には両脇に長い角がついており、顔には見るものを呪うかのような、眼球を模したカメラアイが無数に装備されている。
身長は二百メートルを超している。
まさに異形の巨人である。
操縦するのは九島策郎。
変形の際、三人の中で最も強い戦闘意欲を持った男。
ハイテンションチェンジシステムは、その戦闘意欲の高さを優先し、彼の機体をベースとした「修羅」へと変形した。
「まあ、そういうわけだ。オッサン、雄介、初陣は俺にまかせてもらうぜ」
策郎は歯をむきだして笑った。
「無茶すんなよ………って言っても聞くたまじゃねえな、てめえは」
豊作はため息をつく。
雄介は無言でうつむいていた。仮面の奥のその瞳には、微かに笑みが浮かんでいた。
人面手首は突然現れた巨大な人型兵器に、動揺していた。
「オラ行くぞコラァァァッ!!!」
ラザガ修羅は、大地を蹴って走り出した。
轟音と共に、地面が割れ、えぐれ、弾けた。たくさんの岩が舞う。衝撃で粉ごなになった木々の欠片が葉や草が、空まで飛び散る。
豊作が叫ぶ。
「おい、策郎!何か作戦はあるのか?」
「そんなの無えよ!正面突破だ!」
「おまえ馬鹿か!」
「行くぜ!ラザガァァァッ、パァァァンチ!!」
ラザガ修羅は拳を握り締めた。
人面手首の眼前まで来ると、空気を裂きながらその拳を降り下ろす。
避けられた。
人面手首は、素早く横に飛びのいていた。
拳はそのままそこにあった山に当たった。
山が割れた。
まるで子供が作った砂山が崩されたかのように、山は地響きをたてて派手に崩れていった。
「ああ、あそこは八乙女研究所のお花見スポットがあったのに!策郎、あんた何やってんのよ!」
タツミが叱る。
「うるせえ!花は吉野だ!」
「……意外に古風なのね。あんた」
そんな会話をしてうる隙に人面手首が襲ってきた。
巨大な拳の形になり体当たりを食らわせてくる。
「よっしゃ、来いやコ……」
と言う前に、ラザガ修羅は殴り飛ばされた。そのまま崖に叩きつけられる。
しかし、すぐに体勢を立てなおし、走り出した。
そしてどうしたかというと……。
「ラザガァァァッ、パァァァンチッ!!」
また拳を繰り出した。また避けられた。そしてその隙にまた殴り飛ばされ、また崖に叩きつけられた。
「策郎てめえっ!ふざけんじゃねえぞ!」
豊作が怒鳴る。
「おれは真面目だぜ、オッサン。今度は違うやり方で行く。まあ、見ててくれ」
真剣な顔で策郎は笑った。そして叫んだ。
「ラザガァァァッ、ダブルパァァァンチッ!!」
ラザガ修羅は両腕でパンチを繰り出した。避けられた。殴り飛ばされた。崖に叩きつけられた。
タツミはパイロットの選別を誤ったと確信した。
「策郎……、どういうつもりだ?」
豊作の震える声が響く。
「パンチで倒したいんだよなあ。ほら、発進前に雄介にパンチをかわされたじゃん。だから、ちょっとパンチに飢えててさ」
「…………」
豊作は何も言えなくなった。
「豊作さん。このミジンコのごとき脳髄の男には何を言っても無駄なようですね」
「ああ?雄介?今何て言った?」
「今は喧嘩している場合じゃないでしょう。だいたい君という人間が分かってきました。いいですよ。じゃあ、あなたの望み通り、パンチで倒しましょう」
「おっ、雄介、話が分かるじゃねえか」
「しかし今度は確実に当ててもらいますよ。これ以上崖にぶつけられたら、さすがに酔いそうですからね。ぼくの言う通りにしてください。そうすればパンチを当てる確率は高くなります」
そして、雄介は簡単な作戦を話した。策郎は、その作戦を気にいった。
「なんか格好いいな、それ。よし、それで行こう」
ラザガ修羅は、後ろへ跳躍し、一旦人面手首から少し距離を置いた。
両肩に着いたシャッターが開き、そこから砲台が出た。
「ラザガミサイルッ!」
策郎が叫ぶと、砲台からミサイルが二発、発射された。
人面手首に向かって、勢いよく飛んでゆく。
人面手首は避けようとかまえた。しかしその時、赤子の顔が驚きに歪んだ。
「うおおおおおっ!」
ラザガ修羅が走り出していた。
そして、今発射したミサイル二発を追い抜き、拳を作って迫ってきた。
人面手首は、ミサイルとその拳とどちらに先に対応するか一瞬迷った。
その一瞬が、隙となった。
「ラザガァァァッ、パァァァンチッ!!」
赤茶色の拳が、人面手首の掌にぐちゃあと突き刺さった。
山を割ったその拳は、皮膚を破き筋肉を裂き内臓を潰し骨を砕き、人面手首の巨体を串刺に貫いた。
赤子の顔の喉を突き破り、拳が飛び出した。
あげぇぇ……げっげっ!!
くぐもった悲鳴が響く。
「ぬんっ!」
ラザガ修羅は、振り返った。そして、腕に刺さったままの人面手首を、盾のようにかまえた。
遅れて飛んできたラザガミサイル二発が、人面手首の顔面に命中し、爆発した。
げええええええっ
甲高く汚い悲鳴。赤子の顔が黒く焦げ崩れる。
爆風が収まると、ゲッターラザガ修羅は、腕をブチャッと引き抜いた。
策郎は満足げに微笑んだ。
「ああ、すっきりした。よし飽きた。おまえもう死ね」
ラザガ修羅の、口の部分がガパァッと開いた。そして、そこから、何か棒状の取っ手のようなものが飛び出した。
「ラザガトマホーク!」
血にまみれた手で取っ手をつかみ、ひっぱる。
口の中から、長いトマホークがズルゥッとひきずりだされた。
五十メートルもの長さを持つ、黒光りするトマホークだ。
ラザガ修羅は、それを振り上げた。
けえええええっ!
人面手首は力を振りしぼって跳躍した。
振り下ろされるトマホーク。
ぎりぎりのところで、人面手首はそれをかわした。
着地し、すぐに逃げ出そうとした。
しかし、体が前に進まない。
おかしい。
指を動かす感覚がない。
人面手首は指を見下ろした。
絶望に目を見開いた。
五本の巨木のような指が、全て切り落とされており、血を巻き散らしながらのたうちまわっていた。
さっき確かに人面手首はトマホークをかわした。しかしトマホークが起こした風圧が怪物じみたカマイタチを巻き起こし、指を五本共切り落としたのだ。
遅れて、切断された指の付け根に激痛が襲ってきた。
げああああああああああああああああっ!!
人面手首は泣き出した。
けたたましく響きわたる赤子の泣き声。
策郎は眉をひそめた。
「馬鹿が。素直に当たってりゃあ、苦しまずに逝けたのによ」
ラザガ修羅は、トマホークを肩に抱えた。そして、指を失い、ただの醜い肉塊となった人面手首に向かって歩き出した。
早くとどめをさしてやるつもりだった。
その時だ。
「ラザガァァァァ、チェェェェェンジッ!!」
牙倉雄介が突如雄叫びをあげた。
ハイテンションチェンジシステムがそれに反応する。
人面手首を瀕死に追いやったことで、策郎の戦闘意欲は下がっていた。それに逆行するかのように、雄介の戦闘意欲が急に上がっていた。
「雄介!てめえ何するつもりだ!?」
策郎がとまどう。
「ここからは僕の出番です!黙って見ていてください!」
雄介は笑いながら、変形スイッチを押した。
ラザガ修羅は分離した。
再び三機の戦闘機型ラザガマシンに分かれ、空中を旋回する。
修羅号は下半身に変形した。
我王号は腹部に変形した。
そして残酷号は上半身に変形した。
ハイテンションチェンジシステムは、突然上がった雄介の戦闘意欲に反応し、それにあわせてラザガを変形させた。
三機は合体した。
青銅色の巨人が、静かに音もなく、ゆっくりと降下した。
雄介が、笑い混じりの声で、静かにつぶやく。
「くくく……。チェンジ……、ラザガ………残………」
ラザガ残。
その姿は、まるで青銅色の甲冑を纏った騎士のようだった。
全体的に細身である。
両手の全ての指先に、細長く鋭いドリルが着いている。
瀕死の人面手首は、荒い息を吐きながら、眼前に着地したラザガ残を見上げた。そして、青ざめた。
首が無かった。
ラザガ残には、頭部が無かったのだ。首の部分は、暗い空洞になっていた。欠損しているわけではない。そういう設計なのである。
その姿は、冷たい不安を感じさせた。ラザガ修羅が鬼だとすれば、このラザガ残は幽鬼だ。
「おい、雄介!もう勝負はついてんだろ!いまさら何しようってんだ!?」
策郎がいらただしげな声をあげる。
「決まっているじゃないですか」雄介が囁く。「拷問ですよ」
「なんだとっ!?」
「奴らの仲間がどこにいるのか?なぜ八乙女研究所を襲ったのか、教えてもらわないと」
ラザガ残は、人さし指を立てた。
「……ラザガドリル」
雄介のつぶやきと同時に、人さし指のドリルが急速に回転を始める。そのドリルを、肉塊と化した人面手首の顔に近付ける。
雄介が人面手首に話しかける。
「あなた、さっき、ジュオームビームと言ってましたよね?資料を見て、知ってるんですよ。赤ちゃんみたいな顔をしてますけど、あなたの脳はジュオームエネルギーを浴び、進化し、知能を得ている。言語も理解しているはずです。教えてください。あなたの仲間はどこにいるんですか?あなた達の目的は何なのですか?」
凄まじい速度で回転するドリルの音に震えながらも、人面手首は決死の表情で答えた。
「お、お、お、おまえなんかに、おお、おしえないよ、ばーか」
「そうですか」
ラザガ残はドリルを赤子の顔の右目に突き刺した。
きゃぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!
泣き声は大音響となり、森の木々を揺らした。
ドリルは巨大な眼球を潰した。
肉と血液と涙が、勢いよく大量に飛び散り、周囲の木々をなぎ倒してゆく。
耳をふさぎながら策郎が叫ぶ。
「雄介!やめろ!」
「ああ、かわいい泣き声だ。たまらない。あなたもそう感じませんか?」
「無抵抗なガキ相手にだせえことしてんじゃねえよ!!」
「ガキ?あなたはこの馬鹿でかい手首の化け物をガキだって言うんですか?」
「どうでもいいから、早くトドメを刺しやがれ!」
「駄目ですよ。まだ拷問は終わってません」
豊作が無表情に聞く。
「雄介、てめえ、初めからこれがやりたくて、最初の戦いは策郎にやらせてたんだな」
「やだなあ、豊作さんまで怖い顔しちゃって。もっと楽しみましょうよ。こんな化け物の死様なんてなかなか見られませんよ。だからゆっくり時間をかけて鑑賞しないと」
「変態め」
「あなたには言われたくないですよ。娘さんに歪んだ愛情注いじゃってるくせに」
ラザガ残は、もう片方の手のドリルみ回転させ、左目に突き刺した。人面手首は、もはや、悲鳴すらあげれず、ただ全身を痙攣させながら泡をふいていた。
「ははは、見てくださいよ!この化け物、漏らしてますよ!」
雄介は腹をかかえて笑った。
人面手首は、気絶したまま、糞尿を垂れ流していた。ラザガ残は、人面手首をゆっくりとひっくり返した。
人面手首の、掌の下のほうに、肛門らしき、穴があった。ひくひくと動いている。
「へえ、こんな化け物にも、排泄器官はちゃんとついているんですね。面白い」
ラザガ残は、再びドリルを回転させはじめた。
「おい、雄介。何考えてるんだ?」
豊作が低い声で聞く。
「拷問はまだ終わってませんからね。起こしてあげるんですよ。穴に、ドリルを刺しこんでね」
「……いいかげんにしろ」
策郎がつぶやく。
「これは人類のためなんですよ。こんな怪物をのさばらせておくわけにはいけないでしょう。だから、早くこいつらの本拠地を聞き出して、叩かないと。ぐずぐずさてたら、人類は滅ぼされますよ」
「どうでもいいんだよ!そんなことは!おれの目の前で吐きそうになるくらいだせえことしやがって!やめろ。すぐにやめろ!だせえんだよ!てめえのやってること見てると、ださくて死にそうなんだよ!ださ死にしそうなんだよ!やめろ!即やめろ!やめやがれ!」
ラザガ残は、無視して、激しく回転するドリルを人面手首の肛門にぶちこんだ。
ぎゃきゃっ……ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああうっ!!
ひどい、赤子の悲鳴。
肉と血と糞尿が飛び散る。人面手首は涙を流し、ちぎれた指の根本をぐねぐねうごめかせながら悶えた。
「雄介ぇぇぇぇぇぇぇっ!ぇぇぇぇ!!」
策郎が立ち上がり、怒鳴った。
その時、巨大な拳が飛んできて、ラザガ残のドリルをはじきとばした。
それは、ラザガ修羅の腕だった。
ラザガ残の右腕が、赤茶色のラザガ修羅のものに変形し、ドリルで人面手首をえぐる左腕を殴り飛ばしたのだ。
策郎の怒りがハイテンションチェンジシステムを動かし、右腕だけをラザガ修羅のものに変形させたのだ。
タツミはぼうぜんとした表情でつぶやいた。
「そんな……腕だけの変形?こんな無茶なラザガチェンジができるなんて……」
雄介も、驚きで一瞬絶句した。しかし、すぐに目を血走らせ、叫んだ。
「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!策郎ぉぉぉぉぉぉ!!」
ラザガ残の左腕がドリルを右腕に向けて突きだした。
「うるせえぇぇぇぇっ!!雄介ぇぇ……、てめえはおれを怒らせたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ラザガ修羅の右腕は、ドリルを手で受け止めた。しかしドリルの回転は止まらない。鋼鉄を削り、ばちばちと火花が散った。指の隙間から、ぶしゅうっとオイルが血のように漏れだした。
「うらぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
策郎は怒鳴りながら、操縦捍を叩きつけるように倒す。
ラザガ修羅の右手は、その機械の指を凄まじいパワーで握りしめた。
ドリルの回転が止まった。そのまま、ドリルはグシャァッと握り潰された。
「ああ、ぼくのドリルが……」
雄介がうめく。
ラザガ修羅の右腕は、潰れたドリルから手を離すと、拳を作り、それを人面手首に向かって思いきり叩きつけた。
ぐしゃっ……
最後にびくんと、大きく痙攣して、人面手首は動かなくなった。
死んだのだ。
「ああ、ああ、死んじゃった……。ぼくの楽しみが……」
雄介は力が抜けたように呟き、操縦席にもたれた。放心したように上を向く。
策郎は、無言で人面手首の死体を見下ろしてから、ため息をついた。
タツミと所員たちは、皆、しばらくの間、ぼうぜんとしていた。
通信モニター越しに、豊作が声をかけてきた。
「おい、所長さんよ……。終わったぞ……」
はっとしてタツミは我に返った。口ごもりながら、答える。
「ご、ご苦労さま。三人共、ラザガの合体を解いて、研究所に帰還してちょうだい」
ラザガ残は分離し、三機のラザガマシンにもどった。
雄介が抑揚の無い声をあげた。
「九島策郎。研究所にもどったら、話があります」
策郎は、静かに答えた。
「ああ、おれもてめえには言いたいことが山ほどある」
豊作は、勝手にしろ、と言わんばかりにあくびをもらした。
三機が研究所の近くまで戻ってきた時だ。
警報が鳴り響いた。