表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

序章 破藤豊作



夜の繁華街。



飲み屋が集中して建つ場所の歩道で、、スーツを身につけた金髪の若者が、うずくまる浮浪者を痛めつけていた。



「おい、どうしてくれんだよ?コラ、おれの、高っけえ高っけえスーツがよ、てめえが落とした安っぽいケーキのクリームでよ!コラ、汚れちまったじゃねえかよお!」



若者はひどく酔っぱらっていた。今日、女にこっぴどくふられたせいで、いらついているのだ。

靴のつま先で、うずくまる浮浪者の腹を、何度も蹴りつけていた。



「すみません、すみません 、すみません」



浮浪者は大声であやまりつづけていた。

五十歳くらいの、太った男だ。髪はぼさぼさで頭頂部がはげている。肌が黒い。色あせ、茶ばんだジャンパーとズボンを身につけている。



そのすぐ側で、同じく汚らしい服装をした、六歳くらいの少女が、男が蹴られる様子をだまって見つめていた。どうやら、男の娘のようだ。



少女の足元には、ケーキの箱が落ちていた。つぶれていた。若者に踏みつけられたのだ。中からクリーム、イチゴ、ロウソクなどが、ぐちゃぐちゃにはみだしていた。その中に、『ハッピーバースデー』と記されたチョコがまじっていた。男が、娘のために買ったケーキだ。それをあやまって若者にぶつけてしまい、因縁をつけられ、暴力をふるわれているのだ。



「あああああああっ!むかつくなあ!ちくしょう!」



若者は拳くらい大きさの石を拾うと、それを思いきり男の顔面に叩き付けた。



「あぎっ」



と悲鳴をあげて、男は顔をおさえた。その手の隙間から、鼻血がどくどくと流れだす。

それを見て、若者は少しすっきりとした。



「ったくよう、乞食が。汚ねえ娘連れて、街うろついてんじゃねえよ」



そう言い捨て、両手をポケットにつっこみ、立ち去ろうとした。



そのときだ。



「あんた、いま何て言った?」



野太い声がした。



若者はつんのめった。足をつかまれたのだ。



見下ろすと、浮浪者の男が、若者の足首をつかんでいた。男はくりかえした。



「あんた、いま何て言った?」



「なんだてめっ……っ!?」



と言いかけたとき、強烈な痛みを感じて、若者は絶句した。ぐちっと音がした。



「う、あ、あ、あ、あああああああ……」



足を見て、若者は弱々しい悲鳴をあげた。

足首が、潰れていた。

男が握り潰したのだ。血と、筋肉と、骨がとびだしている。



男は立ち上がった。

巨漢だった。二メートル以上は間違いなくある。

うずくまっている時は気付かなかった。

若者は尻餅をついた。

それを見下げながら、男は言った。



「兄ちゃんよ。おれはな、ひとつのルールを持ってるんだ」



若者は呆然としていて、何も言えなかった。



「おれはな、くだらねえ喧嘩を売られても、絶対に買わないことに決めてんだ。いくら男らしくなくても、格好悪いと思われても、絶対あやまるか逃げることにしている。ただな……」男は目を細めた。「家族を、娘を侮辱されたときだけは、殺すことにしてるんだ」



男は大きな掌を、若者の頭にそえた。そして、指に力をこめた。

べちゃっと、若者の頭は潰れた。トマトのように、あっさりと潰れた。

頭を失った若者の体は仰向けに倒れた。

男は手についた血をなめると、少女を見て、泣きそうな顔になった。



「ごめん……、ごめんなあ、ミチ。お父ちゃん、またやっちまったよ。せっかくのミチの誕生日なのに。ごめんなあ。ごめんなあ」



ミチと呼ばれた少女は、巨体を縮こまらせる父親を見上げて、にっこりと笑った。



「大丈夫だよ。お父ちゃんは正しいことをしてるんだから。ミチ、そんなお父ちゃんが大好きだよ。だから元気出して。ね?」



「ミチ……」



男はミチを抱きしめ、大声で泣き出した。ミチは男の頭をやさしくなでた。

そのとき、女の声がした。



「破藤豊作さん」



男とミチは、声にふりかえった。

そこには、八乙女タツミが立っていた。



タツミは二人の前に歩み寄った。



「破藤豊作さん、ですね」



「あんた、誰だね?」



その男、豊作は、ミチを背中に隠しながら聞いた。

タツミな丁寧に頭をさげた。



「初めまして。私、八乙女研究所所長の八乙女タツミと申します」



「……。よくは知らんが、この状況を目の前にして、その落ち着きぶり。あんた、まともな人間じゃあないね。おれと同じ側のモンかい?」



さっき殺した若者の死体を足でつつきながら、豊作は言った。



「ご想像にお任せします」



「ふん、で、おれに何の用だい?」



「仕事を、頼みたいのです。暗殺専業会社破藤グループ元社長、破藤豊作さん」



豊作は、はげた頭をぼりぼりとかいた。大量のフケが宙に舞った。



「おれはもう引退している」



「存じております。しかし、この仕事には、あなたにしか務まらないのです」



「お父さん。駄目だよ」



ミチが声をあげた。



「ミチ……」



「この女のひと。すごく良くない感じがする。お父さん、その仕事、受けちゃだめっ」



ミチは豊作のズボンの裾を強くつかんだ。豊作は、そんなミチの頭にそっと手をのせ、やさしく笑った。



「そうだな。ミチの勘はよく当たるからな。姉ちゃんよ。そういうことだ。悪いけど、他を当たってくれや」



「それなりの報酬は用意してます」



「こう見えてもな。金には困ってないんだ。現役の頃に稼いだ金をあちこちに隠しててな。贅沢しなけりゃあ、一生食っていけるくらいの額はある」



「報酬はお金ではありません」タツミは眼鏡を直した。「豊作さん。あなた、いま追われてますよね?」



豊作の口から笑みが消えた。



「何のことだい?」



「あなたは、五年前、殺しの仕事でタブーを犯した。ある殺しの標的であった、ひとりの赤ん坊を救い、破藤グループの信頼を落としてしまった。破藤グループは、タブーを犯したあなたを処刑するため、多くの追手をさしむけた。あなたは追手から逃げるため、いまこうして浮浪者のふりをしてひっそりと暮らしている。そして、その助けた赤ん坊が、その女の子ですね」



「こいつは驚いたな」豊作は笑った。「八乙女研究所といったっけか?どういう組織かは知らんが、諜報の面で素晴らしい働きをしている」



「ありがとうございます」



「それで、そんなおれの状況を踏まえたうえでの、あんたの言う報酬というのは、一体どんなものなのかね?」



「破藤グループを潰してさしあげます」



豊作は、また笑うのをやめた。目つきが鋭くなった。



「簡単に言ってくれるじゃねえか。あんた、うちの会社をなめてんのかい?」豊作はタツミをにらんだ。「破藤グループは、おれが直々に鍛えあげた、骨のある男達だけで構成された組織だ。そう易々と潰せると思うな」



「そうでしょうね。でも、所詮、平和な日本の小さな暗殺組織です」タツミはにらみかえす。「八乙女研究所は、過去、ジュオームの実験データを守るために、世界中の軍事組織と戦ってきたのです。こちらこそなめてもらっては困ります」



「ほう?」



豊作は巨顔を近付けた。

タツミはまったく怯まずに、静かに豊作の視線を受け止めた。

そのまましばらくの間、二人は黙ってにらみあった。

豊作は汚い歯を見せて笑った。



「ちょいと、あんたに興味がわいてきた。いいぜ。引き受けよう」



「お父さん!」



ミチが大声をあげた。



「大丈夫だよ、ミチ。もし、この女がおれをはめようとしていると分かったら、すぐにぶち殺す。お父さんが怒ったらすごいことは、ミチもよく知ってるだろう?」



ミチは反論の言葉を吐こうとして口を開きかけたが、豊作の輝く目を見て、すぐにあきらめた。

こうなった父はもう止められない。



「ありがとうございます」



「しかし、破藤グループを潰すって報酬は無しだ。あれはおれのモンだ。潰す時はおれが自分で潰す」



「……では、報酬はどうしましょうか?……お金、ですか?」



「金には困ってねえって言ったろ。んー、そうだな……。そうだ。ミチに綺麗な服でも買ってやってくれ。誕生日だしな。おれは男だからよ。女の子の喜ぶものってのがよくわかんねえんだ。あんた女だから、そういうのくわしいだろ?」



「……それだけ、ですか?」



タツミは目を丸くした。



「おう」



「もう、わかってると思いますが、命がけの仕事ですよ。その報酬が、娘さんの服、ですか?」



「仕方ねえだろ。他に欲しいものがねえんだから」



「…………」



タツミは迷っていた。



彼女はラザガのパイロットを選ぶ際、三つの条件を課していた。



一つは強靭な肉体と精神を持っていること。

二つめは狂っていること。つまり常識に縛られない価値観を持っていること。

三つめは、死んでも誰も悲しまない人間であること。



ラザガに乗って、戦えば、死ぬ。



まず間違いなく死ぬ。



あの兵器は、まともな人間には乗りこなせない。



九島策郎と、牙倉雄介は、この三つの条件を満たしていた。どちらも、最凶最悪の殺人犯だ。



しかし、この破藤豊作という男はどうなのか?

確かにこの男も、いかれた殺人犯だが、娘を愛する心がある。娘も豊作を愛している。

そのような人間をラザガの戦いという地獄に突き落とすことに、タツミはわずかなためらいを覚えたのだ。



タツミは豊作にたずねた。



「ひとつ聞いてもいいですか?」



「なんだい?」



「ミチちゃん、でしたっけ?過去、依頼があれば、女子供でも、病人でも殺害してきたあなたが、なぜ依頼に背いてまで、この少女を救ったのですか?」



答えによっては、豊作をパイロット候補から外さなければならない。



しかし、豊作の答えはタツミの予想を越えていた。



「性欲だよ」



「は?」



タツミは一瞬、その言葉を理解できなかった。



「まだ赤ん坊だったミチを初めて見たとき、思ったんだ。こいつは大人になったら、いい女になりそうだってな。そんで、大人になったミチとやりてえ、と思った。だから赤ん坊の両親を殺して、ミチをおれのものにした」



タツミは何も言えなかった。豊作はにやつきながら続けた。



「依頼に背いて、破藤グループに追われることになっちまったが、まあ、ムラムラしちまったんだからしょうがねえよ。そういうわけで、おれはミチを大事に育てることにした。そしてあと二十年くらいたったら、ミチとやりまくるんだ。なあ?ミチ?」



ミチは豊作の足にしがみついたまま笑って言った。



「うん!わたし、大きくなったら、すごくきれいな女のひとになるの!それでお父さんに抱かれるの!」



無邪気な笑みだった。幸せそうな笑みだった。自分が話していることの異様さを知らない。そういうふうに育てられたのだ。



「不細工に育ったらすぐに殺すつもりなんだけどな。いまんところ可愛らしく育ってくれている将来が楽しみだ」



豊作はいやらしく笑った。



タツミはしばらく呆然としていたが、やがて、声を殺して笑い始めた。



よかった。これで破藤豊作にも、三つめの条件が満たされた。



吐気をこらえながら、タツミは豊作に事務的に話しかけた。



「では、お二人を八乙女研究所へ案内します。ついてきてください」



豊作とミチに背を向け、歩きだすと、タツミは嫌悪の表情を露にした。豊作の考えは、女として許せなかった。



胸の中で、タツミは最後のあの言葉をつぶやく。




三人目、地獄へようこそ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ