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序章 九島策郎



熊に食われている途中だった。



右足が無い。太股の付け根から、血で濡れた骨がつきでている。



九島策郎は、あっさりと死を覚悟した。



二十五年間の人生で、自分は数えきれないほどの人間を殺してきた。これくらいの罰は当然なのかもしれない。



策郎自身は、いままで行ってきた殺人に対して罪の意識は無い。女子供といった弱い者を殺すのはださいが自分が殺ってきた相手は、どいつもこいつも、化け物みたいな強者ばかりだった。



彼等に真剣勝負を挑み、そして殺したのだ。



格好いい。



だから、罪の意識は無い。



目だけを動かして、周囲の風景を見渡した。

森の中だ。地面はぬかるんでいて、所々に水溜まりができている。さっきまで雨が降っていたのだ。草に着いた露が日の光を反射して輝いている。

空はうっとうしいくらい晴れていた。残り滓のような小さな雲が、青一面の中にうっすらと漂っている。



唸り声が聞こえたので、熊に視線を戻した。熊は血の染みた口で、策郎の足を乱暴に噛みつぶしている。



クマ公、うまいか?



頭の中でつぶやきながら、小さく笑った。だいぶ血が抜けてきたのか、意識がぼんやりとしてくる。



ああ、おれの人生、これで終わりか。



そう考えてから、ふと眉をひそめた。



待てよ?ただ熊に食われて死ぬって、なんかださくないか?ださいな。うん、ださい。ああ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。ださいのは駄目だ。ださいのはよくない。どうせ死ぬなら格好よく死なないと。んー、どうすっかなあ。そうだ、最後にちょいとこの熊を驚かしてやろう。



策郎は深く息を吸った。そして全身の力をこめて、左足だけで立ち上がった。



「うあああらあああっ!」



そして高く跳躍し、熊の頭に飛び付いた。熊はびくっと体を震わせて、くわえていた右足を落とした。



策郎はにたっと笑うと、熊の鼻に思いきりかぶりつき、歯に渾身の力を込めた。ちぎれた太股の付け根から、血がびゅっと吹き出した。



「がぎぎぎぎぎぎぎぃっ」



ぎちゃあっという生々しい音をたてて、策郎は熊の鼻を噛みちぎった。



熊は悲鳴をあげて、策郎の体を叩き落とすと、あわてて逃げだしていった。



地面に仰向けになった策郎は、熊の鼻を祖酌しながら、満足気にうなずいた。



よし、いまおれ格好いいことできたぞ。これで心置きなく死ねる。さあ死のう。



策郎は目を閉じた。







数分後、足音が近付いてきた。



策郎はゆっくりと目を開いた。

白衣を着た女が、側に立ってこちらを見下ろしていた。

策郎は、かすれた声で、つぶやいた。



「誰だ、てめえ?」



「私の名前は八乙女タツミ。ふふ、いいわ。あなた、すごくいい。その精神の強さ。あなたなら、乗れるわ。乗れる。間違いなく乗れる」



「何、言って、んだ?」



「安心して。わたしがあなたを生かしてあげる。そしてあなたにとって最高の世界へ招待してあげる」



策郎の意識は遠のいていった。だから、その女の最後の言葉は聞きとれなかった。



「あなたになら務まるわ。私たちが開発した、機動人型兵器・・・・・・ラザガのパイロット」








九島策郎は夢を見た。



暗闇に包まれた廃墟に、ひとりぽつんと立つ夢だ。



「ここは?」



周囲を見渡し、歩き出そうとした時だ。



大地が揺れた。



策郎は転びそうになるのをこらえた。



ずしぃ…


ずしぃ…


ずしぃ…



と、その揺れは規則正しく繰り返された。

廃墟のコンクリートに、ヒビが入る。

やがて、揺れがだんだん大きくなったとき、策郎は気付いた。



これは地震じゃない。



足音だ。何かの足音が、こちらに近付いている。



そのとき、廃墟の高層ビルの陰から、異様なものが姿を見せた。

見上げるほどの大きさの赤い巨人だった。

目が痛くなるほどの赤を全身にまとった巨人が、策郎を見下ろしていた。



目があった。



そのとき、策郎は、今まで味わったことのない、とてつもない。恐怖を感じた。

やべえ。こいつは、なんだかよくわからないが、間違いなくすげえやべえもんだ。

急激に汗が流れだした。舌が渇き、足が震えだす。

そのまま、巨人と策郎は、しばらくの間見つめあった。



十分くらい、そうしていただろうか。



突然、策郎は、声を聞いた。それは音ではなく、自分の頭の中にだけ響いた。



「これは、おまえの声か?」



策郎は巨人に話しかけた。



「おまえ、おれを呼んでいるのか?」



それに答えるかのように、巨人は象と同じくらいの大きさの手を、策郎に向かってゆっくりとさしだした。









そこで目がさめた。



策郎は、全身に包帯を巻いた姿で、ベッドの上に寝かされていた。



まわりを見た。



白い、何もない部屋だった。

壁に頑丈そうなドアがひとつ。

天井の四隅に、監視カメラがひとつずつ。



策郎は、ベッドから降りた。



ふと、右足に違和感を感じた。

右足が、少し重い。

ふくらはぎをつかんでみると、皮膚と肉の奥に、何か固い感触があるのがわかった。まるで、金属が詰まっているかのような……。



「あれ、そういえば、おれの右足……」



そのとき、部屋のドアが開いて、ひとりの女が入ってきた。



三十代くらいの眼鏡をかけた女だ。赤いスーツと長いスカートの上に、白衣を身につけている。妙に、肉感的な女だった。



その顔には見覚えがあった。



「おはよう、九島策郎。体の調子はどうかしら?」



その女、八乙女タツミは、笑みを浮かべながらそう言った。



「誰だ、てめえ?」



策郎はタツミをにらみつけた。



「自己紹介してなかったかしら?わたしの名前は八乙女タツミ。ここ、八乙女研究所の所長をしてるわ」



「八乙女研究所?」



「そう。異次元から発見した特殊高エネルギー体、ジュオームの活用法について、長年研究を続けているの」



「その研究所に、なぜおれがいる?」



「察しが悪いわね。熊に襲われて、死にそうになってたところを助けてあげたんじゃない」



思い出した。



策郎は、右足を見た。

熊に食いちぎられたはずの右足が、元にもどっている。

いや、違う。これは、おれに足じゃない。



「何だこの足は?」



「サイボーグ手術によって作り出した、義足よ。ちゃんとあなたの肉体の神経信号に反応して動くように設定してあるから、ほとんど普通の人間の足と変わらないわ」



策郎は右足を動かしてみた。確かに自分の意思で自由に動かせる。しかし、ぎこちない。自分の本物の右足が持っていた、力強さがない。



舌打ちをもらして、策郎は質問を続けた。



「で、なんでおれを助けた?おれの名前を知ってるってことは、おれがどういう人間なのかも知ってるんだろ?」




タツミはため息をついた。



「その前に、お礼の一言くらいあってもいいんじゃない?命を救ってあげたのよ」



「嫌だね。あんたの顔には、善意が感じられない。純粋な人助けではなくて、何かに利用するためにおれの命を救った。そういう顔をしている。気にいらねえ」



「かわいくないわねえ。まあ、その通りなんだけどね。九島策郎。二十五歳。殺人罪で、全国で指名手配されている犯罪者。軍人、ヤクザ、警官、格闘家、ボクサー、暴走族といった、強い男ばかりに、命がけの真剣勝負を挑んで、何十人も殺害してきているわね。今度は熊殺しでもやるつもりだったのかしら?」



策郎は、ばつが悪そうな顔で目をそらした。



「そんな無謀な、ださいことはしねえよ。山を歩いてたら、たまたま襲われちまったんだ」



「ふうん、まあどうでもいいけどね。さて、本題に入りましょうか」タツミは真剣な表情になった。「九島策郎。八乙女研究所所長として、あなたに頼みたいことがあります」



「いいぜ。引き受けた」



策郎は、あっさりと答えた。



タツミは、面喰らった顔をした。そのまま少し呆然としたあと、眼鏡を直しながら聞いた。



「あなた、いまなんて言ったの?」



「引き受けたと言ったんだ」



「わたし、まだ何を頼むか話してないわよ」



「かまわないぜ。何でもやってやるよ」



「あなた、わたしのこと、気にいらなかったんじゃないの?」



「ああ、気にいらねえな。だが、それとこれとは話が別だ。おれは受けた恩は絶対に返す主義なんだ。理由はどうあれ、あんたはおれの命を助けた。だから、あんたの頼みは断らねえよ」にやりと笑う。「そのほうが格好いいだろ?だからおれはそうするんだ」



タツミは首をかしげ、しばらくだまったあと、とまどうようにつぶやいた。



「いまいち、あなたの性格がつかめないわね。まあ、それなら話が早くていいわ」



「で、何なんだ?おれに頼みたいことって?」



タツミはため息をつき、気をとりなおすかのように、また眼鏡を直した。そして言った。



「戦ってほしいの」



策郎は、眉間にしわをよせた。



「何と?」



「いまはまだ話せないわ。でも、これだけは言っておく、もうすぐ、人類に、とてつもない危機が訪れる。それを防げるのはは、私たちが開発したジュオームエネルギーによって稼動する新兵器ラザガしかないの。でも、このラザガを動かすには、強靭な肉体と精神力。そして常識にとらわれない思考力が必要とされる。まともな軍人には、ラザガに適応できる者がいなかった。だから、私たちは、まともじゃない人間、つまりあなたに目をつけた。九島策郎、あなたには、ラザガに乗って、その危機と戦ってもらいたいの」



しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。



タツミは、無表情で策郎を見つめていた。



策郎は、笑った。

大声で、長く笑った。

そして言った。



「いいね、いいね、いいねいいねいいねいいねいいねいいねいいねいいねいいねいねぇぇっ!人殺しのおれが、人類を守る?はははははははは、素敵で不適で無敵な話じゃあないか。いいぜ引き受けた。喜んで引き受けた。おれに二言はねえよ。で、おれはいまからどうすればいい?」



「十日程、あなたには、操縦シュミレーション室で、操縦方法を覚えてもらうわ」



「了解了解、所長様っと。あ、その前に飯食わせてくれよ。何日くらい眠ってたか知らねえけど、腹が減ってめっちゃ腹が痛え」



「いいわ。この部屋を出たら、外に警備員がいるから、彼に食堂へ案内してもらいなさい」



「あいよっと」



策郎は、まだ笑いつづけながら、部屋を出ていった。



その背中を見送りながら、タツミは一人、つぶやく。



「まず一人、地獄にようこそ、と。あと、二人ね。ラザガの性能を完全に引き出すには、パイロットはあと二人必要だわ」



そこでタツミは、胸ポケットから手帳を取りだし、開き、白いページに記された二人の男の名前に目を落とす。



『牙倉雄介』



『破藤豊作』



「さて、今度はどんなイカレ野郎に出会えるのかしら」



タツミは、うっとりと笑った。






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