冬空に描いた光と未来。
『テガミ ──The short tales of LETTERs──』
「第18話 会いたくて、会えなくて」より。
クリスマスは、街を変える。
そして、変わったのは都心ばかりではない。
広大な駅前を持つ吉祥寺や府中、南大沢、それに立川では派手なライトアップが設置され、多くの人を集めて盛り上がりを見せていた。比較的大人しめな街でも、クリスマスに合わせての歩行者天国や路上販売などが大々的に行われ、祭りかと見紛うほどに人がひしめいている。多摩だって都心に負けてはいない。
電飾に用いられるLED──発光ダイオードの値段が大幅に下がった今年は、それまであまり取り組まれていなかった地域でもライトアップが行われていた。折からの雪も手伝って、その美しさはいっそう高まった。
東京都小平市の花小金井駅北口も、そんな場所の一つだった。
そして仕掛人は、国分寺市の西東京経済大学のとある研究室だ。
ぱっ。
時報に合わせてライトが一斉に点る。事前に報せていたお陰か集まっていた人々の間から、わっと歓声が上がった。
「よっしゃ、点いた点いた!」
少し離れたところで叫んだのは、本多綾香。西東京経済大学に通う女子大生だ。今回『花小金井クリスマスナイトライトプロジェクト』を立ち上げた、経済学部の内藤研究室のメンバーである。
そしてその隣には、立案した張本人がいる。
「ふー……」
戸倉迅は、張り詰めていた息を吹き出した。想定通りの完成度に仕上がったことへの、満足の息だった。
花小金井、という美しい漢字の使われる名前に似つかわしくなるように、桃色や金色の光が中心から溢れ出すような演出がなされている。我ながら、出来映えは素晴らしい。
「やっぱ綺麗だねぇ。やるじゃん!」
綾香にバンと背中を叩かれ、迅は噎せる。
「痛ぇ、力入れすぎだよ……。ま、その誉め言葉だけ受け取っとくよ」
「教授に提案した時からずっと、これのことばっかり考えてたもんね。さすがだわー、迅」
「失礼だな、他にも色々考え事はしてたからな」
「へーえ、どうせ新しく部活に来た後輩の子が可愛かったなぁとか、そんなことでしょ?」
「……むしろ考えてないから、それ」
お決まりの応酬が続く。
二人の研究室では、すっかに馴染みになった光景だ。他のメンバーがいれば苦笑いの一つでもしただろうが、残念ながらここにはいない。所用で遅刻してくるという教授に、多くの生徒も合わせたのだ。むしろ早く来たのは綾香だけである。
「さて、無事に見届けたし中に入るかー」
伸びをしながら、綾香はくるっと踵を返した。
「え、帰んのか」
「違うよ。寒いの、ここ」
「あー」
「迅もそんなところに立ってると風邪引くよ? そこのスーパーにでも入ろうよ」
言っている間にも、綾香はすたすたと歩いていく。もう行くのかよ、と歪めた口の中に思いを押し込めながら、迅はまだそこに立っていた。確かに寒かったが、中に引っ込む気はまだなかった。
“駅前広場の中央にある、丸い形の縁石。バスが方向転換する時の目安にするために設置されたその場所から、光が解き放たれ街へ散ってゆく”
それは東経大に入ってゼミに参加して以来初めて、迅の検討したアイデアが具現化したものだった。
内藤教授は生徒に優しく、生徒の繰り出すアイデアの数々にきちんと目を通してはコメントしてくれる人だったが、やはりそれが現実になる機会などそうそうない。今回だって、『クリスマスにどこかの駅前を盛り上げよう』という漠然とした提示を元に集まったアイデアは五件もあったのだ。中にはもちろん、綾香の案だってあった。
教授のバックアップと、仲間たちの支持や協力があったから、今の自分がある。誰よりもそう思っていた迅だからこそ、嬉しかった。
この美しい景色を創るため、今日までの人生を自分は頑張ってきたんだ。そうとさえ感じた。
楽しかった。
正直に言って。
「……迅?」
綾香が戻ってきた。
「どうしたの」
「俺さ、将来こういうプロジェクトを手掛ける人になりたい」
綾香の匂いを隣に感じながら、迅は語りかける。綾香にというよりも、この街の、この世界の全てに宣言するように。
「何か企画を立てて、誰かを楽しませてみたいな。通行人みんなを幸せにできるくらい、大きな事業を手掛けてみたい。きっと楽しいと思うんだ。やり甲斐ありそうだしさ」
「突然だねー」
目を丸くする綾香。ただ、今の自分の興奮を伝えたくて、迅はなおも喋る。
「企画会社とか、いいんじゃないかなって思うんだ。うちの先輩にもなった人はいるし、そういう人に意見を聞きながら色々考えてみようかな。善は急げ、熱が覚めない今のうちに」
綾香は、ふっ……と目を細めた。
「そっか。よかったじゃん」
「ん……何が?」
「前に、何がしたいのかよく分からないって言ってたじゃない。夢、見つかったんでしょ? 将来を賭けてみたいこと、できたんでしょ?」
「そんなこと、言ったっけ?」
「言ってたじゃん。初めて飲むビールを煽りながら」
よく覚えていないが、そうだったらしい。迅は頭を掻いた。
ガードレールに腰掛けながら、綾香は下を向く。
「実はさ、あたしも同じことを思ってたんだよね。あたしの『東久留米まろにえライトニングプロジェクト』は廃案になっちゃったけど、計画練ってる間が地味にすっごく楽しかったの。こんな風に工夫したら綺麗に見えるかな、人を感動させられるかなって思いを巡らせるのがさ」
さっき綾香が目を丸くした理由は、むしろそちらにあったようだ。迅も今また、それと同じ表情をしている。
「……綾香もだったのかよ」
「うん。だからあたしもびっくりしたよ」
迅のデザインしたLEDの明かりに照らされて、綾香の横顔は桃色になっていた。
向こうから見れば迅もそうに違いない。同類だ。
「ふふ……」
気がついたら、迅は笑い出していた。
「何よ、気持ち悪いなぁ」
「いや悪い、なんか可笑しくて……ふ、はは」
可笑しかった。
小学校で出会って以来、十数年。同じ道を目指して同じ高校や大学に進学し、研究室まで一緒になり、さらに将来の進路さえも重なるなんて。
こんな偶然ってあるのだろうか? いや、ここまで来るともはや偶然ではあるまい。さては神のお告げの類いか。
ここまで固い縁なのに、互いに抱くのはライバル意識だけなのか。
我ながら、笑えてきて仕方がなかった。
「一緒に、頑張ろうな」
一頻り笑い終えた迅は、呆然とする綾香に手を差し出した。
「綾香と一緒なら、未来も心配要らない気がするんだ。初めてに戸惑っても、お互い助け合えるしさ」
綾香はにやっと口を曲げる。
「……そうだね。せっかくここまで一緒だったんだから、最後まで貫徹したいよね」
「ああ。また来年のクリスマスも、こんな風に街の人たちを魅せてみたいな。願わくは、二人で」
「約束ね。今度は私の案でもやりたいなぁ」
迅が確りと頷くと、
綾香はそっと、その手を取ったのだった。
「いやはや……戸倉くん、遅くなって面目ない。おお、綺麗に点いているな」
「ああ、内藤教授お疲れさまです。どうでしょうか?」
「うむ、いいと思う。文字通り駅前に花を添えておる。コンセプトとしてもデザインとしても、不足は何一つなかろう。よくやったな」
「ま、マジすか……ありがとうございます!」
「やったね迅!」
「バカ、抱きつくな!」
「おっ迅じゃん、お疲れー……おやおや早速リア充アピールですかぁ?」
「いやこれは違──」
「へーぇ、クリスマスにいちゃいちゃとか、やるねえ綾香ー♪」
「でしょー♡」
「だから違────う!」