2-7 新人教育
新人メイドのエリーが落としたブローチを求めて落とし物管理室にやってきた執事、ベロニカ、エリー。しかし、ブローチは「クリスン」なる人物に返却された後だった。
さて、ブローチは無事にエリーの元に返るのか?
2-7 新人教育
「クリスさん!落とし物管理部です!ここを開けて下さい!」
フィローネさんはクリスのメイド控え室にやってくるなり部屋のドアを乱暴にノックした。さっきまで穏やかだった彼女の豹変っぷりから彼女とクリスには浅からぬ因縁があるようだ。
「クリスったら、またやったのかしら・・・・・・」
ふと、つぶやいたのはメイドB、ベロニカだった。
「誰が・・・・・・!まあいいわ。それどころじゃないし」
「なにブツブツ言ってるんだ、メイドB?」
「殺すぞお前。……クリスがまた落とし物をだまし取ったってことよ」
「だまし取る・・・・・・ですか?」
「そーよ」
エリーの問いにベロニカがため息混じりに応えたとき、クリスの部屋のドアが開いた。
「あら、またあなたですか・・・・・・。どうぞ、いらっしゃい」
クリスは完璧な笑顔でフィローネ以下四名を出迎えた。
***
いきなり押し掛けた四人に対してクリスはとても丁寧に応対した。四人をテーブルに座らせ、沸かしたての紅茶を淹れてくれたのだ。執事はとても幸せな気分になった。
しかし、フィローネさんは紅茶を飲む前に口を開いた。
「さきほど落とし物管理部に『クリスン』さんという方がいらっしゃいました」
「あら、そうなの?」
クリスが席につき、優雅に紅茶をすすりながら応える。
「そして私はその方に『E』というイニシャルの入った百合の花のブローチを返却しました」
「さぞかしお高い・・・・・・、いえ良いブローチだったのでしょうね」
「・・・・・・さあ、クリスンもといクリスさん!ブローチを返していただきましょう!」
いきなり立ち上がりクリスを指さすフィローネだったが、
「・・・・・・は?」
完全にのれんに腕押しだった。
「あなたはいつもここにいらっしゃっては同じようなことをおっしゃいますが、その度に私がいつも申し上げている
ことを覚えておいでで?」
「いえ、全く!」
「『確固たる証拠を持ってきて下さいといつも申し上げております』と言っています。・・・・・・証拠はお持ちで?」
「しょ、証拠ですか? 証拠、証拠・・・・・・」
クリスの言葉でフィローネさんは明らかに動揺している。そんなフィローネさんを見て執事とメイドB、エリーはひそひそと話し始めた。
「いきあたりばったりで来たんだな」
「それだけ必死なのよ。それにクリスって強敵だし」
「そうなんですか?」
「そうよ。犯人なのにあれだけ堂々としているでしょ。風格の段階で勝てないわ」
「いや、風格は関係ないだろ・・・・・・」
・・・・・・と三人の雑談中に周りをキョロキョロして証拠を探していたフィローネさんはついに何かを見つけだした。
「そ、それ!そのカツラ!それは『クリスン』さんの髪型にそっくりです!」
ベッドの上に無造作に置かれたカツラを指さして勝ち誇ったようにドヤ顔を見せるフィローネに対しクリスは、
「こじつけにもほどがあるわ・・・・・・」
とげんなりした表情を見せていた。そしておもむろに立ち上がるとそのカツラをかぶってみせた。
「あ・・・・・・」
間抜けな声を上げたのはフィローネだった。
「どう? 『クリスン』とやらに似ているの?」
うっすらと笑みを浮かべるクリス。彼女がかぶっているのは黒の長髪のカツラだった。
「いえ、彼女は短髪でした・・・・・・」
「そう。ならこれは証拠でもなんでもないわね」
クリスはカツラを脱ぎ、ポンとベッドに投げ置いた。
「そろそろ仕事の時間なの。出ていっていただけるかしら?」
「クリス、あなた・・・・・・!」
戦意喪失してしまったフィローネさんの代わりにベロニカがクリスの前に立ちふさがった。
「あら、どうしたの?」
「あのブローチはこの子の大切な物なの。しらばっくれてないで、早く・・・・・・」
「そうそう。ブローチねえ。思い出したわ」
ベロニカの言葉をさえぎってクリスが言う。
「さっき、黒髪短髪の女が、どうやって城内に侵入したのかわからないけど、屈強な数人のガラの悪そうな男たちに、何かしらの品物がどっさりと入った袋を渡していたわ。私のカンではブローチはその中ね」
「・・・・・・!」
「ちなみに男たちはとっくに城を出ていったわ。今頃は馬車で近くの町に向かってるわね。あくまで私のカンだけど」
「・・・・・・っ!行くわよ!ボケナス!エリー!」
「ちょっと待て、ボケナスってのは僕のことか!?」
「待ってください~」
「証拠、証拠・・・・・・!くやしい~!」
ベロニカは執事をひきずり、その後をエリーが追う。さらにその後でフィローネはぐすぐすと泣きながら部屋を出ていった。そして最後にクリスはこう言って紅茶をすすった。
「新人さんだからね・・・・・・。甘めな指導はこれが最後よ?」