ノーバディーズ・フール
2月の海水浴場に来る人間は誰もいない。
ただ1組の若い男女が立ち寄るぐらいである。
打ちつける波音と海風が、2人を押し戻していた。
慶子はふと後ろを見る。敦は、彼女を見つめたままだ。
「本気だってことがわからないの?」
「なにが」
「…もう、こんなのやめにしたい」
「別れたいのか」
違う、と慶子は否定した。しかしそのあと続く言葉は出なかった。
敦に言いたいことはたくさんある。
けれどもどう言えばいいのか、彼女には分からない。
会話はそこで終わった。
海風が通り抜けてゆく。砂ぼこりが激しく舞い上がる。
2人は目をくらませた。
少しの痛みと暗闇ののち、敦は目を開けた。
そこに慶子の姿はなく、
むなしく波音が遠ざかっていった。