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着地点・2

「どの程度記憶を残すか決定する実際の権限を持った方と直接話がしたいんですけどね。先ほどから僕らを複数のカメラで監視している人なんか、どうなのかな? メルヤ・アホさんの直属の上司の方じゃないかと僕は思うんですが、通信機器をつないでもらってお互いフランクに話し合った方がいいと思うんですけどねえ。色々と秘密にしたい事やら不都合やらがあって、そうもいかないのかな?」


 メルヤ・アホは目を見開いて、スドウを見た。


(えええ? 何なの、こっちの手の内なんてお見通しだって言いたげな余裕かまして……私は使い走りなんだってバカにしてるんだ! 腹立つけど、当りだわ。なんてやつなの)


 こんな感じの言葉が、メルヤ・アホの脳内で渦を巻いていて、動作が停止してしまっている。


「メルヤ・アホの上司に当たりますスズキと申します。所属組織名身分などはご容赦ください。と申しますのも、スドウさんの御身分および御立場が我々から見てハッキリしないからなのです」

 

 メルヤ・アホの乗ってきた乗り物の壁面のあたりに一人の男の上半身が映し出されていて、音声が流れてくる。言葉は日本語で落ち着いた大人の男の声だ。スズキというのも日本風の苗字なのだろう。


「ならばそれで構いません。ともかくも、この豊原美味さんが記憶を可能な限り保持したまま、無事に帰還してほしい。それだけを僕としては強く望むのでして、他はまあ、どうだって構いません」

「スドウさん御自身の現状について、我々は当然ながら責任が有るのでして、本来なら加害者である我々がどうにかしなくてはいけないのですがですが、そのスドウさんの使っておられる肉体は我々にとっても未知の領域と言いますか、恐らくは我々よりも非常に高度な科学技術の成果だと思われまして、何をどうするべきなのか、正直判断できかねるのです」

 スズキ隊長は全く嘘をついていない。そうスドウは感じた。本気でスドウの肉体を生み出した「高度すぎる科学技術を持つ何者か」を警戒しているのは確かなようだった。


 スドウは「ハイレベルサーチ」機能の出力を最大にする。

 すると、期待以上にスズキの思念がクリアに読み取れるようになった。


 どうやらスズキ隊長はスドウの製作者が「通常知られている時空の外に存在する何者か」と認識しているらしい。その存在と関連の有りそうな幾つかの高機能の人工生命体は、幾つかの惑星で確認されたらしいが、スドウの肉体ほど高度な機能と耐久性を持ち合わせた存在は、他には無いようだ。

 スズキ隊長の所属する組織は、幾つかの異なる政治勢力というか国家の妥協の結果生まれたものであるらしく、指揮系統なども寄り合い所帯にありがちの多少の混乱が有るようだ。しいて言うなら国際連合の職員のような立場、エリートであるといえばエリートなのだが強力な政治力や軍事力を持ち合わせているわけでも無いし、彼らの世界における多数派ともいえない、そんな立場のようだ。


 スズキは元来は宇宙空間における生命体の適応能力の研究を行っていた学者らしい。研究機関の派閥争いに嫌気がさして転職したようだ。こんな個人情報まで読み取られているとは、スズキは全く気が付いていないようだが、スドウが「色々と警戒すべき存在」であると見てはいるようだ。


(この男、メルヤの落し物の通信機能を起動させて、我々に連絡をしたンだよなあ。古代平成の生まれなら見た事も無いはずの端末なのに、技術系の専門家並みの事が出来たわけで、恐ろしいほどの能力だが、その能力は古代人としては傑出した能力を持っていたからなのか、それとも不可解な機能が満載らしい謎めいた肉体のせいなのか、やはり、この謎が多い肉体のせいだと考えるのが自然だろうな……とすれば、肉体の製作者の意図が働いて、我々に連絡をよこした……という事になるのか?)


 落ち着き払った声でもっともらしい事を言っているくせに、スズキは色々悩んでいる。


 スドウは自分の肉体の謎が他者から見てどれほどの物か、スズキの思念をのぞくまであまり意識した事は無かった。だが、スズキがスドウの理解のレベルを超えた幾つもの研究成果をあれこれ思い浮かべて(これでもないし)(このパターンには当てはまらない)などと考え込んでいるのを知って、相当理解に苦しむ状態なのだという事は十二分に思い知った。


 それに……


(もともとは健康な古代人の少年であった彼を、メルヤの引き起こした事故のせいでここまで奇々怪々な状況に陥らせてしまったのだから……)メルヤの父親としても上官としても責任が有る、と本当に考えているようではあった。考えてはいるようだが(実際、こんな高機能で不可解な人工生命体と完全に一体化してしまっている彼を、どうやって元の世界に戻せばいいのか、見当もつかない……全く、お手上げだ)とも感じていて、結論としては(ひたすらお詫びしかない)というものだった。


 スドウとしては「ふざけるな」と怒鳴りたくもなる。だが、確かに、スズキたちではスドウの高機能すぎる体に対して何もできないのだろう。


「この人たちに無理なら、やっぱり、その体の製作者に、スドウさんの希望をぶつけた方がよさそうですね」


 美味が、そんな事を言った。すると……


「そうですね、それは非常に良い提案だと思います」


 スズキまでが大賛成という口調で、そう付け足した。


(それにしても、やりにくいな。このスドウという人物が大切に思ってるらしいこの少女を、無事に送り届ける事で誠意を示してからでないと、まともに話し合いに応じてくれそうにない)


 スドウとしては、普通にスズキと会話したつもりだったので(まともに話し合いに応じてくれそうにない)などというスズキの感想は、いささか意外だった。どうやら、スドウの笑みひとつ浮かべない(無駄に整った)なおかつ(貴族的というかお高くとまった雰囲気)の顔の表情が、結構(怖かった)らしい。

 スドウの顔が(無駄に整った)状態だとしても、スドウ自身の意思とは無関係な製作者の都合でそうなったに過ぎない。その顔の所為で(怖かった)だの(お高くとまった雰囲気)だの思われても戸惑う。

 だが、悪い事ばかりでもなかったようで、スドウが(ニコリともせず)、なおかつ冷静に美味の記憶の残存率について交渉したおかげで、スズキ隊長は「最大の残存率をお約束します」と(思わず言ってしまった)らしい。


 どうやらスズキ隊長やメルヤ・アホの所属する組織は、こうした交渉の際の音声は(後から改竄や消去のできない記録媒体に残す)らしい。だから、隊長が「お約束します」と言ってしまった内容は、よほどの事が無い限り覆らないものであるようだ。


 結局は「メルヤ・アホ」をNGワードに設定し、関連したすべての会話と全情報を美味の記憶から削除する事に美味もスドウも同意した。どうにか交渉は成立したのだ。実際交渉の大半はスドウとスズキ隊長の間で行われ、美味は大半の事柄をただ聞いていただけなのだが、ともかくも了承はしたのだ。


 だが……


「本当は、私が地球へ戻った後も、スドウさんと再会できる可能性を残してほしいのですけど……」という美味の要望に対して、スズキ隊長の答えは何とも事務的だった。


「スドウさんに関しては、我々の管轄外の諸事情が介在しますので、何とも申し上げられません」

 スズキ隊長の声は、取り付く島もない感じだった。

「僕の事は、僕自身でどうにかしろ、そうおっしゃりたいのですね? スズキさん」

「はあ。残念ながらそうなります。申し訳ありません」


 そう言いつつスズキ隊長は、ちっとも申し訳ないなどと思っていないのだった。


(こんなエイリアンかバケモノかって思いたくなるような奇怪な人工生命体なんて、我々の手に余る。さっさと交渉を切り上げた方が無難だな)


 そんなスズキ隊長の反応をスドウも予想はしていたが、自分があたかも(エイリアン)か(バケモノ)並みの存在と見なされた事に、いささか傷つきもした。


 ともかくも美味の意識は無事に地球に送り届けられたようだった。メルヤ・アホが起動させたモニターを通じて、スドウも美味と母親が感激の再開を果たした場面を確認したのだった。スドウが誂えたドレスをまとったロボットのボディの方は、そのままメルヤ・アホの乗り込んできた飛行艇に積み込まれた。


 本来の規則では、ドレスはスドウに返還されるべきものらしいが、何やら脱がせるのに忍びないので、そのまま受け取ってもらったのだ。本来の持ち主のメルヤ・アホもドレス姿を(可愛い)と思い、気に入ってくれたようだ。調査・点検が済めば、ドレス姿でロボットを自分の飛行艇に乗せようかと思っているようだ。


 メルヤ・アホは来た時と同様に、音も無く去って行った。


 美味の意識と美味の体の代用品も共に送り出した後、スドウはゆっくり山を下り、ネイメンの町の美味と過ごした家に戻り、そのままベッドにもぐりこんだのだった。


  ハイレベルサーチの機能を初めて発動したせいなのか、それ以外の原因なのかスドウ自身にもわからなかったが、それから三日三晩飲まず食わずのまま、眠るでもなく起きるでもないという状態で、ずっとベッドの中に居た。何をするのもおっくうで、面倒に感じられるのだ。何も食べなくても、勝手に必要なエネルギーを摂取し合成する機能が自動的に発動するはずなのだが、ひたすら何事も面倒なのだ。こんな経験は初めてだった。


「人間なら、鬱病ってところなのかもな」


 独り言を言って、あのスズキ隊長が自分をあれこれ観察した挙句に(エイリアン)か(バケモノ)というべき存在として結論付けた事を思い返して、笑ってしまう。


「バケモノだって鬱状態になります、ってか? こりゃ、傑作だ」


 また、独り言が出てしまう。


「女の子なら、大泣きするところなんだが……」


 つい、やせ我慢をしてしまうスドウであった。

 そして更に、そのまま日数が経過した。


「どうしたの?」


 その声はあの巨大な人工知能からの呼びかけだった。

 だが……声が……スドウの聞きなれた美味の声そっくりなのだった。


「悪趣味だ。吐き気がする。ムカついた。」

「そう? かな」

「そうさ。ムカつく。そういう無神経さが、やっぱりメカだな」

「どのぐらいムカツクのか、教えてくれ」

「このベッドから永遠に出ないでおこうかと思う程度には、ムカついたな」

「それは……困る。注意を引こうとしただけの事だ」

「困るって、想定外って事か」

「そうだ。ならば、声をもとに戻そう」

「なあ、戻したその男の声は、どんな人物のまねなんだ?」

「私を制作した人物の声だろうと推測する」

「推測する? わからないのか?」

「制作した人物が暮らしていた世界は、崩壊したのだ」

「なぜ?」

「恐らくは大規模な核爆発で」

「戦争なのか、事故なのか?」

「戦争だと推測される」

「推測なのかよ」

「あらゆるデーターが激しく破壊されたので、完全な復元は不可能だったのだ。激しく破壊されるに至った経緯を記録した諸データーもまた、復元が不可能だった」

「それでも、あんたは復元出来たんだな」


 人工知能を「あんた」と呼ぶ事に、スドウは違和感を感じなかった。


「残存データーの回復機能を基盤として、残存物のいわば寄せ集めで復元可能なものは復元し、合成可能な機能は合成した結果、統一した意思を持つに至って出来上がったのが私だ」

「それっていつの話なんだい?」

「遠い過去でもあり、遠い未来でもある」

「なんだそれ。どっかの宗教書みたいな設定」


 聖書かなんかに、そんな言葉が有ったような気がしたのだ。


「平成生まれの高校生であった君には、おそらく理解出来ない」

「けっ、むかつく! 時空がゆがんだとか、そういう話なんだな?」

「確かに、時空の歪みと変質に係わる事柄だ。全く基本データーなどは理解できていないくせに、本質的にはさほど間違ってない類推が出来るのは、やはり、君が人間だからだ」

「少なくとも、自分じゃ人間なんだって思ってるさ」

「ならば、やはり休暇が必要だ」

「これだけゴロゴロ寝ているのも、休暇みたいなもんだがな」

「今の状況は休暇ではない。機能不全状態に過ぎない」

「機能不全ねえ」

「少なくともすべての意欲が減退している。君は豊原美味が好きなのか?」

「好きだよ」

「非常に好きなのか?」

「そういう自覚は無かったが、今となってはそうなんだろうな」

「なぜだろう? 君も豊原美味の本来の顔は、私の見せたヴィジョンでも見ただろう?」

「ああ。あのスズキ隊長が見せた地球での病院の様子でも見たな」

「本来の豊原美味は平凡な容姿で、知能のレベルも平成の健康な十代の少女の平均程度にすぎない。なぜ、君が執着するのか、理解できない」

「胃袋をつかまれたってところだな」

「胃袋?」

「美味ちゃんが作る料理は,どれもうまかったんだ。そのうまい料理が永遠に食べられなくなっても……耐えられると思ったんだがな」

「耐え難いという事なのか」

「どうも……そうみたいだね」

「地球に君をどうにか送っても、すぐに豊原美味の作った食事が食べられる当てはないのだが、それでも地球での休暇が、君に活力をもたらすと私は判断した」

「休暇って、どの程度の期間、くれるの?」

「地球の時間で百年未満だ」


 どうにか「合成した肉体を潜り込ませ」「二十一世の地球人としての経歴をねつ造するのに向いた」ポイントが見つかったのだそうだ。


「百年近く、一人の地球人として暮らせるって事なんだな?」

「そうだ」

「この肉体はどうなる?」

「それは……」


 更に話し合いを続けた結果、スドウは強大な人工知能であるらしい「製造者」の言葉に従い、休暇を取る事にしたのだった。

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