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居場所・3

 ちょっとのぞいてみた台所は、明治時代の西洋風の住宅の台所というのが一番近いかもしれない。室内の井戸と洗い場と作業台と大型の料理用ストーブが、一直線に並び、その背面に食料や調理器具や容器類を入れた棚が配置されている。天窓から差し込む夕日のおかげで、まだかなり明るい。寝室や居間は日光が射さない状態だったのに比べて、開放感がある。


「なんか色々とこだわりを感じるなあ」


 明らかに近代的なシステムキッチンを意識した作りだと、美味は感じた。壁面は白い。漆喰のような材質ではないかと美味は思った。父親が家の壁に漆喰を塗った事が有ったが、こんなに均一には塗れなかったように記憶している。恐らくこの壁は専門の職人が塗ったものだろう。洗い場と作業台はちゃんと同じ高さだが、微妙に歪みが有るような気もする。だがそれが一種の温かみにもなっていて、決して嫌な感じはしない。

 素朴な木製の棚に並んだ食器にいわゆる磁器は無い。ぽったりした感じの厚手の焼き物が二十点かそこらだろうか。金属製の大皿が一枚にパン皿程度の大きさの丸い皿とカップがそれぞれ五点ほど、あとは木製の盆とかトレイにスプーン類、大小色々な籠、そんなところだ。金属製のフォークやナイフはどこかにしまってあるのだろうか。そういえばガラス器も無い。


「ここにあるのは、きっと普段使いの食器類なんだろうな」


 ふと見ると、鍵つきの大小さまざまな箱が棚の一番下に並べられている。高価な品物はこうした中に入れられているのかもしれない。


「そういえば鍵の束を腰に吊るしてたよなあ、あの人」


 大きなものならともかく、小さなものなら箱ごと盗まれたら、鍵をかけても無意味なのではないかと美味は疑問に思った。


「あ、これ、シナモンが入っているのかな?」


 鍵付きの小さな箱からシナモンの香りが漂ってくるのだ。ニンニクは貴重品ではないという事なのだろう。籠にむき出しの状態で入っている。この国には密閉性の高い缶などは、まだ存在しないようだ。蓋付きの壺に調味料や保存食などが入っている。植物の葉で包んだ肉や魚の加工品らしきものもある。


「あ、ドライトマトかな? まるで干し柿みたいな干し方だけど……


 天井の梁らしき所に、糸で連ねた状態で幾つか下がっているのだが、美味の見る所では、元のトマトのサイズが小さなものなのは確かだ。おそらく生の段階ではミニトマト程度のサイズだったのだろう。

 気になる品物を触らずに確認できる範囲で、色々真剣に観察していたら、すっかり暗くなってきた。そろそろ居間に戻るべきかと後ろに振り返って、美味は驚いた。


「熱心だねえ」

 

 にこやかな表情のスドウがランプを手にして立っていたのだ。


「あー、驚いた! スドウさん、気配無さすぎです」

「なんか君の様子を見ていたら、邪魔するのが悪くてさ、声をかけそびれたんだよ」

「勝手に入ってごめんなさい」

「観察しただけだろう? 全然構わないよ。中には素手で触れるとちょっと困るとか、後が厄介とか、そんなものも無いわけじゃ無いから、これからは事前に言ってくれた方が良いけどな」

「はい。そうします。素手で触っちゃいけないって……衛生的な理由でですか?」

「それもあるけど、すごい匂いがするとか、発酵の加減が狂うとか多少不都合もあるからね」


 スドウが言うには、ここでは平成の日本のような手洗い専用の洗剤も無いし、ゴム手袋なども無い。殺菌は主に煮沸で行う以外手が無いそうだが「暖炉に置いてある焼石を水を張った鍋に突っ込むと、すぐに湯が沸く」らしい。ちなみに長い間留守にするのでなければ、原則的に暖炉の火は消さないのだという。


「それはそうと、君の服を持ってきたんだ。ちょっと着てみてくれないかな。簡単なサイズ直しなら、僕でもできるし」

「ええ? スドウさん、お裁縫も得意なんですか?」

「こっちの暮らしも長いからね。必要に迫られて、色々できるようにはなったよ」

「長いって、どのくらい?」

「ものすごく長いんだが、それについてはまた話す機会もあるだろう。まずは向こうで、着てみてよ」


 居間に戻ってみると、テーブルの上に一山分の衣類が積み重なっていた。それぞれの着付け方をスドウが口頭で美味に教え、美味は寝ていた部屋で着替えると、居間にいるスドウに見せるという事を何回も繰り返した。ランプを三個も灯して、にわかファッションショー状態だ。


「このスカートの丈だけど、こんなものかな」

「膝丈がいいいんですけど、この国ではNGですか?」

「止めた方が無難だな」

「この体つきなら男の子の服って路線もアリですか?」

「女の子なら家の中に引っ込んいても奇異の目では見られないが、男の子だと自警団とか町内会的な組織の力仕事や祭り関連の狩りの手伝いを早くからやらされるから、無理じゃないかねえ」

「言葉、通じないですよね、私。この町には外国人はいるんですか?」

「外国出身の人間はいるけれど、この町の人は、自分たちの言葉が通じない人間を見た事が無い人が、大半だなあ」

「じゃあ、外国人に対する偏見なんかも強いですか?」

「無自覚によそ者を排除するって所は有るな。識字率が低めなんで、読み書きができれば外国人でもよそ者でも差別されにくくなるとは思う」


 スドウによれば、このあたりでは十五歳を過ぎれば大人扱いなのだそうだ。今の美味の体つきだと、もっと子供に見られる可能性が高いだろうとも言った。 


「どういう服装にするにせよ、通常の人とは違う形態の部分を意識させない工夫が大事だと思うんだ」

「……そうですよね」

「手の関節が、さしあたり問題だと僕は思ったんだが」

「そうですよねえ」

「だから、こんな飾りのついた指なし手袋を幾つか見繕って買ってきたんだ。でもこれを使うのはスカートをはいた女の子だけなのさ」


 裕福な家庭の女の子が外出の際に着けるというそれらの指なし手袋は、どれも刺繍やレースで飾られていて、なかなかに豪華だ。つけてみると、確かに人形めいた球体関節は目につかなくなる。


「その、何ていうか全体的にゴスロリ調ですね。でもスカートが長いから、ヴィクトリアンかな?」

「ヴィクトリアンみたいに、体をぎゅうぎゅう締め付ける服じゃないけどな。暮らしに困ってない家の子の服って、飾りが多めで、大抵こんな感じなんだよ。飾りが全然ない、野良着なんかも有るにはあるが、それだと手の甲を隠せないんだよなあ」

「それにしても、どの服も随分高級そうですし……いろいろご迷惑をおかけしたみたいで」

「服なんて大した問題じゃないさ。大変なのはこれからだな」


 スドウはプロのドレスメーカー並みの手際の良さで、裾やらウェストサイズやらの直しをする。


「すごいですね。スドウさんは仕立て屋さんなんですか?」

「いや。この国では針と糸を使うのは女だとされていて、仕立て屋も確立したプロはいないな。どこかの貴族や豪商なんかの奥方に仕えた、なんて経歴の女性が口コミで持ちこまれた生地を仕立てる程度だよ。庶民の家庭では、家の女性たちがほとんどの衣類を作るんだ。それだけに裁縫が上手い女性は、尊敬される。男だと奇異の目で見られるのがオチだから、僕が裁縫もできるのは一応内緒」

「一応、なんですか?」

「そう。一応。それはそうと、この服に合わせたヘアバンドの紐だけど、長さはどうしようね。ちょっとつけてみて」


 何だか自分の質問は軽く流されたと感じたものの、ドレスと同じ布に品よく造花を配置したヘアバンドを目にすると、美味は軽く頭によぎった疑問を忘れてしまった。


「この辺かなあ。うん。なかなか可愛いね」

 

 可愛いのはヘアバンドの方だとわかっていても、スドウのようなハンサムな男性に耳元で言われると美味は平静ではいられない。


「あれっ、こんなところに有ったのか!」

「何がですか?」

「君の機能を色々と調節するボタン」

「そんなものが、有るんですか?」

「うん。ここにね」


 スドウは美味の右の耳の後ろの一点を押した。


「な、なんですか? 頭の中で何かウィ-ンって感じの音がしたんですけど」

「調節機能が起動したんだな。ええっと……そうだな……」

「す、スドウさん!」


 頭の中で幾つもの機械的な音がして、美味は意識がもうろうとしてきた。


「君を壊したりしないから、大丈夫だ」

「何が、どうなっているの?」


 スドウが何か言ったが、美味の意識はそこで途切れたのだった。



 


 

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