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思案のしどころ・1

「これが問題の品物です」

 ドミニクちゃんと一緒にやってきた赤毛の大公がスドウに差し出したのは、ピンポンボール程の大きさの透明な球体だった。


「さて、作動させて、美味ちゃんに関係のある情報を確認できるかなあ」


 スドウが手を球体の真上でヒラヒラ動かすと、透明な球体は急に伸び縮みして、中空でいきなりA4版程度の長方形に変形したと思ったとたん、動画が映し出された。どうやら、美味が救急車で大学病院に運び込まれた直後の様子だ。


「交通事故じゃないんだなあ」

「その辺の記憶、私あいまいなんですよね」

「どうやら、学校の校庭で倒れていたところを発見されたみたいだよ」


 医者は色々検査したらしいが「事件性が無い」「事故とは考えにくい」という二点以外は、何もわからずじまいであったようだ。


 その動画の直後、いきなりノイズが入り、アニメに登場するノーマルスーツだのプラグスーツだのといった類のものすごくピッタリした衣服を身に着けた白髪交じりの男性が大写しになった。そして、いきなりクリアな日本語で話し始めたので、美味は驚いた。


「アホ隊員! メルヤ・アホ! またやったのか! 今度は事故現場ですらない場所で、無関係の古代二十一世紀人の女の子を一名、巻き添えにしたな! 初心者研修をやり直したはずなのに、この失態は何だ! あれほど言っただろう! ワープ航行の際は、くれぐれも操作手順を間違えるなと! お前は前回の過失もある。今回も意識体の回収に失敗したら、免職の上、孤立星系送りだ。二度と本部には戻れないからな、わかっているのか?」

「わ、わかっています」


 返事は若い女の声だったが、こちらの人物の画像は無い。メルヤ・アホという名前らしいが……


「前回の過失の犠牲者である須藤麗門は、太陽系類似型特殊星系内部の惑星アルファで未知の高機能ハイブリッド生命体と固着して、独自の増殖を遂げた様だが……我々の全く関知しない高機能ハイブリッド生命体がなぜ存在するかも含めて、調査をする必要が有るというのが本部の判断だ。その調査をやらせてくれとお前さんが言うから、今回は任せてみたが、肝心の調査は進展せずっっっ……」


 ブチッ、と言うような音と共に、画像は途切れ、何も映らなくなった。スドウが色々と手を動かしてみたが、それ以上は何も見えない。手をヒラヒラ動かすと、中空に浮かんでいた四角い物体は、また元の球形に戻った。


「どうやら、衝撃を受けて、画像の再生が不可能になったようだ。でも、たぶん僕のサーチ機能を使えば、内部の情報を読みとることは可能だろうと思う」

「スドウさんの言う『おバカな未来人』って、冗談抜きにアホって名前なんですかね」

「地球で言うとフィンランド系かな。アホとかアホネンという苗字の人は結構いるらしいから」

「あー、そうなんですか。でも、そのフィンランド系な名前の子が日本語って、なんか妙な感じ。それに画像に映っていた男性は、どこの誰なんでしょうね? 顔からすると東洋系ですが」

「メルヤ・アホって子の尊敬する上司らしいよ」


 後ろで、赤毛大公が咳払いした。スドウと美味が延々日本語で話しているので、そろそろ自分たちにもわかる言葉で話してほしい、そういう事らしい。


「ああ、ごめんよ。ギレンソン」

「何やら、あの面妖な風体の男が、お名前を口にしていたようでしたが」

「僕を生まれ育った世界から、この世界に移してしまったのは、あの男の下で働く誰かさんのやらかした間違いの所為らしいよ」

「あの男は何ものでしょうか?」

「僕にもハッキリとはわからないけど、僕の生まれた時代より何百年も先の世界の役人か何からしいな」

「先の世の役人ですか」

「多分ね」

「その間違いをしでかした者は……密かにアルビオンで何事が画策しているのでしょうか?」

「ただの使い走りみたいな女の子らしいけどな」

「女ですか」

「うん。先の世では、男も女もさほど区別されないで役人にでも何でもなれる世の中になっている」


 赤毛の大公はどうにかスドウの話を理解した様だが、ドミニクちゃんは呆然として思考が停止している状態みたいだ。


「空中にあのように人の顔や姿がはっきり見えるなど、驚きました。魔術でも神のお力でもないとおっしゃいましたが……途方もないカラクリが、先の世には出来るのですね」


 スドウは質問には答えたが、美味の身の上に関する解説は一切しなかった。


「僕と美味ちゃんが生まれた世界から切り離されるきっかけを作った、メルヤ・アホという人物にぜひ会って、話を聞きたいものだ」

 そのスドウの顔を見ていて、ドミニクちゃんは心配になったらしい。

「あの……もしや、お二人とも元の世界に戻ろうとお考えでしょうか?」

「考えないと言ったら嘘になるけど、多分無理だよ」


 すると今度は赤毛の王太子が、じっとスドウの顔を見て、こう言った。


「叶う事なら、お戻りになりたいでしょうね」

「叶うならね」


 二人が帰った後、スドウと美味は今後の予定について話し合った。


「さしあたり一番の問題は、店をこれからどうするかですね」

「美味ちゃんはどうしたい?」

「メルヤ・アホとかいう人に会って……」

「会ってから、どうする? この世界から元の家族の所に戻せと要求するか」

「少なくとも、文句ぐらいは言ってやりたいです」

「文句言ったって、何の解決にもなりはしないだろうがな」

「確かに理屈ではそうなんでしょうけど、理不尽な目にあわされたって怒りは、スドウさんには全く無いんですか?」

「無いわけじゃ無いけど、あの間の抜けた未来人に怒りをぶつけたって、何の解決にもならないって事が、さっきの映像を見てはっきりわかったよ。でも、美味ちゃんは体が損なわれていない形で地球に存在するようだし、何より美味ちゃんを待つ御家族がいるんだから……戻った方が良いな」

「そういうスドウさんは、戻らないんですよね」

「戻らないんじゃないっ! 戻れないんだっ!」


 美味は初めて聞いたスドウの怒った、というか、感情がむき出しになった声に驚いて、思わず顔を見つめてしまった。


「ごめん、怒鳴ったりして。別に美味ちゃんに対して怒っているんじゃない」

「でも……今、私、すごく無神経でバカな事を言ったって、自覚があります」

「いや……その……やっぱり、いい」


 この時、スドウは幾つものこみあげてきた言葉を、飲み下したように美味には思われた。


「今日は、もう、休む事にするよ。後は、また、明日な」

「後片付けは、やっておきます」

「悪い。頼む」

「あと……明日の営業は、取りやめます」

「うん、そうか……じゃ、おやすみ」


 スドウは赤毛の大公が持ってきた球体を手に持つと、自室に引き揚げて行った。

 その後ろ姿が、一瞬まるで小さな男の子の様に見えたのだが、何故そんな風に思ってしまったのか、美味にも訳が分からなかった。


「ぎゅっと抱きしめてあげたらよかったのかも」


 フッとそんな考えが美味の脳裏に浮かんだが、すぐに打ち消した。スドウがたとえ誰かに抱きしめてほしいような気分であったとしても、その誰かが自分だとは思えなかったからだ。そう思った直後に、美味は胸の奥に鈍い痛みを感じた。


 生まれて初めて感じる痛みだった。 


 

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