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ドミニクちゃん・5

 赤毛大公と宰相閣下は、深刻な顔つきで色々話し込んでから、蒸しあがった饅頭と麦茶で一息入れて、美少女&可愛い侍女も連れて帰ってしまった。スドウと美味は後片付けや掃除をしながら、手際良く軽い夕食の支度にかかる。

 スドウ相手だと、細かい事を言わなくてもタイミングが合うというのか間が良いというのか、共同作業をやっていて美味がストレスを感じる事がほとんどない。


「ドミニクちゃんなりに、真剣だとは思うが……美味ちゃんの思うようなレベルは無理かもな」

「確かに……考えてみれば、日本じゃ普通に有る食材がこちらでは揃いませんし、日本並みの基準を求めるのは無理が有りますよね」


 夕食はイタリアンなジャガイモ入りニョッキを作った。スドウのジャガイモ普及作戦は、まだ道半ばだが、以前より収量が増えたとかで、ショッピングバッグぐらいの大きさの袋に一杯、持って帰ってきたのだ。そんなわけで、二人は更にポテトサラダとベイクドポテトも作った。


「なんかイモだらけだが、美味いからいいや」

「普通の人間なら、太って大変でしょうが、私たちは気にしなくていいんですよね。それにしても、私も先ほどのお客さん達とのお話は流れが読めなくて、戸惑いました」

「美味ちゃん、ひょっとしてかなり頭混乱してる?」

「ええ。この世界の歴史が頭に入ってませんので」

「世界史的に同時代縦断だとごちゃつくだろうから、かつてレムリア帝国の領土であったエリアの歴史をちょっとおさらいするか」

「ていうか、サンブル王国内のえっと、ネイメンって言いましたか、その街の最初に私がスドウさんに拾ってもらったあの家の本棚に有った子供向けの本をいい加減に読んだだけで、ちゃんと教えてもらった事は無いですから」


 スドウはそのあたりをチェックしてはいなかったらしい。


「あー、そうか。そうだよな。この家にはあまり食べ物屋の仕事と直接関係ない物は、あまり置いてないから、明日にでも大学の自室に置いてある本を見繕って持ってくるよ。詳しい事は明日以降でも自分で調べるとして、じゃあ、ざっとやろうかね。僕と赤毛の大公の話にはついて行ってないようだったけど、特に何が解らなかったかな?」

「先ずじゃあ、思いついたことから質問させて下さい。その方が上手く整理できそうなんで」

「良いよ。答えられる質問なら、答えるよ」

「まずはですね、デハイバーズってのは、地名ですよね。赤毛の大公っていうか、アルビオン王国の王太子と関係のある……」

「そうそう。アルビオン王国の王太子は、代々デハイバーズ大公を名乗る。そのデハイバースっていうのは僕らが生まれた世界のウェールズにあたる土地だ」

「地球に当てはめてみると……アルビオンがUKで、デハイバーズはウェールズ、このルテティアは……パリ、ですか?」

「そうそう。そんなところ」

「アルビオン王家がイングランドの王家みたいなものとすれば、ネウストリア王家はフランスの王家的なポジションですか?」

「そうそう。それでいいと僕も思う」

「レムリア帝国って、ローマ帝国の類似品ですよね」

「ハハハッ、まあね。ロルムスっておっさんとレムスっておっさんが戦って、ロルムスが勝って建国したのがローマだって世界史でやったろう?」

「確かその二人、兄弟っていうか双子だったんじゃないです?」

「そうみたいだね」

「で、この世界ではレムスって人の方が勝っちゃったんですか?」

「そうそう。良く出来ました。だから国号もローマじゃなくてレムリアなんだな」

「で、地球だとローマにあたる街がレムリア、なんですね?」

「そうだね」

「ローマ教皇とかバチカンにあたるものは?」

「教会が東西に分割してはいないし、教義も多少違ったり、て言うか僕が積極的に関与した部分もあるけどな。魔女裁判とか異端審問とか無茶苦茶馬鹿げてるからさ」

「えっと……なんかややこしそうですね」

「じゃあ、その辺はスッ飛ばかすか」

「キリストさんは出現してるんですか?」

「かなり似た感じの人は出たけど、処刑される前に、僕が東方に逃がした。本人は怒ったけどさ。だが、東方の宗教の影響を受けて、かなり教えが変質した。そのうち弟子の一人がレムリアに来て、布教を初めて、それが奴隷制廃止の一つの要因にはなったようだね。っていうかそういう風に僕がけしかけたけどさ」

「あー、その辺、やっぱりスドウさんが関わってるんですね。以前、女子修道院で、金髪で目が青いローマ貴族って感じの男性の肖像画を見せられたんですけど、あれ、どうみてもスドウさんだし」

「黄金の髪と碧の目の修道女会」

「そうそう、そういう名前なんですよね。あそこの修道女さんたちのグループ」

「僕が創設時に、多少関わってるからな」

「多少、ですか」

「まあ、ね。その、色々と事情があったんだ」

「どなたか女の方との?」

「……うん」


 スドウの目がどこか遠い所を見るような視線になった。恐らく自分がこの話題に立ち入るべきではないのでは、と思わせるには十分な雰囲気を漂わせている。


「ニョッキ、美味いね」


 つまり個人的な事情に立ち入った話は聞いてほしくない、そういう意味だと美味は理解した。


「あ、そうそう。あの見事に真っ赤な毛をした王太子殿下というか大公殿下というか、あの人が口にした『赤い髪の黄金の子がお話を伺いたい』って言葉が謎なんですけど」

「あのギレンソンって名前自体が、北方の古語で黄金の子とか何とか言うような意味があるんだ」

「赤い髪もなんだか特別な意味があるんでしょうね」

「うん。まあ……ね」

「昔の奥さんとか彼女さんが赤い髪だったとか、ですか?」

「うん」

「あてずっぽうで言ったんですが、本当に」

「うん」

「アルビオンの王家の始まりと、その赤い髪の人が関係があるんですか?」

「そうだよ」

「そうですか」


 その後の沈黙が、美味には妙に長く重苦しく感じられる。こういう時は、どうすれば良いのだろう。美味にはよくわからない。ともかくも目の前のそこそこおいしく出来たニョッキの話をする。


「このキノコとベーコンとハーブ類の組み合わせ、抜群ですね。塩加減がピタッと決まってるし。こういうセンスの良さっって、さすがだなって思います」


 美味は大真面目に褒めたのだが、声が裏返ってしまい、スドウが笑う。


「な、何が可笑しいんですか?」

「いや、とってつけたように話を変えなくていいよ。本当は聞きたい事も色々有るんだろう?」

「ええ、まあ」

「だからさ、答えられる範囲でなら答えるって」

「そ、そうなんですか?」

「うん。そうだよ」


 そんなふうに話を振られても、恋愛スキルゼロの美味には、どのように質問したら良いものなのか、やっぱり難しい。


「そういえば、あの赤毛のギレンソンさんが……近いうちに一人で来てもいいかって、帰り際に言ってませんでした?」

「言ってた。実は僕も一番気にしている情報を持ってきてくれたようなんだが、隣国の宰相であるニコラには、知らせたくなかったみたいだ」

「気にしている情報って……」

「美味ちゃんが家族の所に戻れるかどうかに関連しそうな情報だ」

「え?」


 考えもしなかった話の展開に美味は驚いた。驚きすぎて、手が止まってしまう。


「びっくりしちゃったか。しちゃうよな。実は僕がこの世界に最初にたどり着いた場所っていうのは、多分、地球で言うところのストーンヘンジに相当するポイントみたいなんだ。そこで最初に遭遇した人間て言うのが、赤い髪の女性でさ」

「そ、そうなんですか」

「で、その後、僕は戦闘に巻き込まれて、レムリアの奴隷になった」


 何だか色々ざっくりと細かな経緯を省かれたように感じたが、スドウの言う事は一応本当だろう、と美味は思った。


「はあ……」

「前にも言ったように、最初は女奴隷の種付け役だったんだが……主人がレムリアの皇族で、しかも皇帝にもなった人物だったおかげで、僕は並みの自由人よりよほど大きな権限と自由を得たんだ」

「ローマ帝国の、解放奴隷で大富豪とかいうパターンですか?」

「厳密に言うと違うけど、まあ、それに近いかもな。その後チャンスがあって、僕はあの最初にたどり着いた振り出しの場所に再び行ってみたんだ。するとそこで、未来人に遭遇した」

「未来人?」

「美味ちゃんや僕より、恐らく五百年かそこらは未来の世界の女の子だ」

「女の子?」

「うん。その後、ごくかすかではあるけど、僕のこの体を制作した者の意志というか意図というかを感じ取れるようになったのさ」

「制作した者って、誰なんですか?」

「誰って言うより、何って言う感じ。凄まじく高性能で巨大な人工知能……なんだろうと思う。といっても確証は無いけどね。地球人より高度な独自の宇宙生命体って言う可能性も、無いわけじゃ無い」

「人工知能って思った理由は、何ですか?」

「暗い宇宙に浮かぶ岩石と砂ぐらいしか無さそうな星の上で、正体不明のごちゃついたメカっぽいものが巨大な塊になって、光を点滅させながら作動している。そんな光景が眠っていると僕の意識に入り込んでくる。そして、そいつが非常に穏やかで理性的な雰囲気の男の声で、僕に語りかけてくる」

「それって、夢ですか? それとも司令とか?」

「多分、司令っていうかコンピューターの自動更新みたいなもんかなと思う」


 スドウがこの世界に来てしまったのは、どうやらその「未来の世界の女の子」のミスが絡んでいるらしいとの事だった。


「僕の地球における肉体は、本来は回復可能な程度にしか損傷を受けない予定であったのに、そのおバカな未来人の関与で、大型トラックに轢かれて粉砕されて、回復不可能になっちゃったらしいよ。でも、美味ちゃんは違うだろうと思う」

「なぜ、そう言い切れるんです?」

「その、僕を作り出した人工知能っぽい存在のサポートのおかげだろうと思うが、美味ちゃんの元の体はきちんとした形で残っているようなんだ。僕は寝ている間に、X県X市の大学病院の集中治療室で、豊原美味っていう高校生が眠り続けている様子を見たから」


 スドウが病院に毎日やってくる人物として挙げた女の人の様子は、どう聞いても美味自身の母としか思えない。どうやら父も週に一度ぐらいのペースで、美味の様子を見に来るようなのだ。


「担当の医師が首をかしげている。脳波も心音も健康な人間の睡眠中の状態と同じだ。それなのに、全く目を覚まさないのは、なぜだろうと」

「こっちで、この変な体の中に私の意識が入り込んでいるのは、なぜなんでしょうか?」

「細かい理屈は僕もわからないが、今度もおバカな未来人の女の子のミスが関係しているらしい。美味ちゃんの今のその体は、そのおバカな未来人の世界で一般的な家庭用ロボットそのものらしい。本当にそうなのかどうかは、そのおバカな未来人本人を問い詰めないとわからないけどな」


 スドウが言うには「おバカな未来人」と遭遇する可能性が高いポイントは、このヨーロッパに該当するエリアには複数あるのだそうだ。


「一番有力なのがアルビオン王国内に有るストーンヘンジにあたるポイントで、もう一つがザンブルの首都サムセーと街道の街ネイメンの間の山岳地帯の巨岩の付近、そう、最初に僕が美味ちゃんに遭遇した場所の近くだ」

「えええ?」

「うん。僕の推論だけど……美味ちゃんの意識は、本来的には地球にとどまるべきだった。だが、何らかの初歩的な手順のミスで、元来は未来世界の装備品的な存在のロボットの中に入り込んでしまった。そういう事じゃないかな」


 美味が最初にいたネイメンの街と、赤毛の大公の話に出てきた「先の王太子妃」が住む離宮とは「庭続き」の状態なのだと聞いて、また美味は驚いた。


「美味ちゃんと遭遇した場所の近くの山に有る巨岩では、昔から『不思議なもの』が度々目撃されているんだ。そしてそこがやがてはある種の霊域というか、神聖で特殊な場所だと認識されるようになって、王家の管理地になった」


 巨岩周辺は王家の管理地だが、そこから少し外れると山賊も多い場所、という感じであるらしい。


「私、その巨岩って覚えが無いんです」

「意識の無い、いやもっと言えばスイッチの入っていない状態で、その体が巨岩のあたりに放置されていて、何らかの偶然で山賊も通る下の道筋に落ちた……とかいう事なら考えられるよ」

「それで、山賊がロボットを色々弄ってるうちに、スイッチが入ったとかですか?」

「うん、スイッチが入った段階で、本来の肉体から離れた美味ちゃんの意識がロボットと結びついてしまった。そういう事じゃないかな?」

「となると……」


 もはや、ドミニクちゃんに菓子の作り方を教えている場合ではない気がしてくる。


「となると? 美味ちゃんは、どうしたい?」 

「探りに行きたいですね、その犯人かも知れない未来人の女の子の事を」

「だが、やみくもに探りに行ったって、そのバカな未来人には会えないだろうと思う」

「それで、赤毛の大公さんの持ってきた情報ですか?」

「僕は、僕の遺伝子を受け継いだ人間の意識を読みとる事が可能だって、知ってるよね。血筋が濃ければ濃いほど簡単だとも」

「ええ。その……最初の彼女さんみたいな髪の色の大公さんは、非常に読み取りやすい、そういう事ですよね」

「そうだ。ギレンソンはどうやら、僕が最初にたどり着いた場所の付近の森で見つかったらしい、何がしかの端末を持ってきたようなんだ」

「端末?」

「携帯型の超高性能パソコンかも知らんが、そんな品物だ」

「で、その端末を作動させるとか、スドウさんは出来るんですか?」

「うん。多分ね。地球の高校生だった頃の僕は、どちらかというと文系だったけど、正体不明の僕の体の製造者の与えた能力によって、多分簡単に作動させられるだろうと思うよ」

「じゃあ、赤毛のギレンソンさんの協力は必要だし……」

「ギレンソンがほぼ妻に迎えようと決めたらしいドミニクちゃんとの関係も、それなりに重要だって事になるだろう?」

「ドミニクちゃんを奥さんにするって決めたなら、義理とはいえお父さんにあたるニコラさんに、その端末の事を教えないのは、なぜでしょうか?」

「まあ、そのへんが計算というか、バランス感覚というか」


 スドウに言わせれば、たとえ義理の父となっても、ニコラ・ヌムールはアルビオンの王太子にとっては「隣国の宰相」なのだという。


「なんつーか、水臭いというか面倒臭いというか、ドミニクちゃん、幸せになれるんでしょうか?」


 美味がため息交じりで言うと、スドウは「それはそれ、これはこれ、なのさ」と言う。


「だから、美味ちゃんもドミニクちゃんの幸せのために、力を貸してやってよ」

「もしかして、ドミニクちゃんって、昔の彼女さんに相当似ていたりします?」

「うん。何人かの特徴を受け継いでいるかな。そうだな、赤毛の彼女に顔つきは相当似てるかもしれない。とはいっても、性格は全然違うかな。ドミニクちゃんは、真面目で努力家だから、教え甲斐は有るよ、きっと」


 美味がスドウと出くわした巨岩の傍にせよ、ストーンヘンジに相当する場所にせよ「ドミニクちゃんとギレンソンの結婚が上手くいくように協力すれば」、かなり高い確率で「未来人に遭遇できるかもしれない」……というのが、スドウの言いたい事であるようだった。高い確率かどうかは疑問の残るところだと美味は思うが、やみくもに探し回っても仕方が無いのも確かであった。


「つまり、力を貸せ、そういう事ですか」

「そう。情けは人のためならずってね」


 テーブルの上の料理の皿がそろそろ空になり、二人が席を立とうとしたところで、聞き覚えのある男の声がした。


「夜分遅くに恐れ入ります」


 夕食前に引き上げた赤毛大公のお供の男だった。


「おやまあ、ニコラが許したんだな。二人並んで馬車に乗ってるぞ」


 スドウは嬉しそうだ。

 恐らく、赤毛の大公もドミニクちゃんも、スドウにとっては「大事な身内」なのだろうという事は、美味にも理解できる。だが、その一方で、スドウが美味の事を本当はどのように思っているのかは、いまだに謎なのだった。 

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