居場所・2
「非常に言いにくい話なんだが……君を助けたとき……君の体が、その、通常の人類の女性というよりは、人工的なというかロボットとか、アンドロイドとかそんな感じだってすぐ気が付いたんだ。山賊連中が君に暴力を振るって谷に突き落としたくせにパニック状態に陥っていたしね。彼らにとっては理解不能な未知の存在だった、って事なんだと思う。この鏡で、確かめるかい? 山賊どもは『服の下から変なものが出た』とか喚いていたから」
「服の下……ですか?」
「そう。通常なら下着で隠れるあたりを中心に確かめてご覧」
「スドウさんは、見たんですか?」
「ごめん。でも、泥だらけだったから、多少洗ってきれいにしたよ」
「でも、そんな人工的な体なら、何でこのスープを私は美味しいと思って食べるのでしょう?」
「僕と同様の事情じゃないかと思うんだよ。僕の体も生身の人間じゃなくて、二十一世紀の地球よりずっと進歩した文明のおかげでできたアンドロイドとか人口生命体というか、そんなものみたいなんだ。僕のエネルギー補給源は、通常は人間と同じ食事だけど、光合成とか人類じゃ消化吸収できないものでも効率は悪いけど可能だ」
「そうなんですか?」
「うん。僕は……体のすみずみまで全部人型になっていて、生身の人間に見えるんだが、君は……どういう加減か、衣服の外に出る部分以外は、かなりメカっぽい状態なんだ」
そんな深刻な話をしながらも、美味は注いでもらった具だくさんのスープを、すっかり平らげてしまい、パンもプラムも食べてしまった。するとスドウは席を立ち、ランプと手鏡を持ってきた。ランプが灯ると、部屋はかなり明るくなった。鏡は、手渡された美味が見たところ、どうやらガラスではなくて金属製のようだった。
「鏡を使った方が確かめやすいと思うんだ。体はメカでも中身は女の子のまんまなんだから、僕が見ていちゃ嫌だろう? 隣の居間にいる事にするから、何かあったら声をかけてくれよ」
「ありがとうございます」
スドウが「メカっぽい」といった言葉から、ある程度美味も覚悟はしていたが、膝丈まであるかなり厚手のガウンといった感じの服の腰元の帯を解いて、むき出しになった胸を見てショックを受けた。
「何、これ……」
まるで衣服をはぎ取ったマネキン人形の様に、胸には多少の起伏が有るものの乳首が全く無い。更にはヘソも無い。しかもどこもかしこも強化プラスチックのようなツルッとした硬い感触なのだ。この上更に足の付け根付近までつぶさにチェックする勇気は、美味には無かった。ふと見た肘の関節は球体関節人形の物にそっくりだ。手の指の関節もそれぞれが同じような仕組みの様に見える。
「手を見ただけで、人間じゃないってわかっちゃう」
救いは、顔だと美味は思った。波打つ明るめの褐色の豊かな髪と、長い睫に縁どられた緑の目が強い印象を与える。生まれついての日本人らしい、それでもそれなりに悪くは無いと自分で思っていた顔立ちとは相当に違うはずなのだが、どこか元の顔と雰囲気は似ているようにも見えた。
「鼻の格好は似てなくも無いし、目の色は違うけれど感じは似ているかな」
目が覚めたら虫に変身していたなんて言うわけでもなく、たまたまだろうが親切な人にも出会った。そんなに悪い事ばかりでもないと美味は思う事にした。
「物は考えようって言うものね」
美味は幼いころから独り言が多い。祖父や両親には思った事がすぐ口をついて出ると幾度も指摘されてきた。さすがに小学四年生ぐらいになると、他に人がいる所では独り言を控えるようにはなった。だが一人になると、いまだに思った事をそのまま呟いてしまうのだ。その呟きが常人よりも遥かに高性能な聴覚を備えたスドウには全て聞こえてしまっている事など、考えも及ばない。
「このスープもパンもおいしかったなあ。素材の味が生きているって感じで。でも、きっとジャンク系の食べ物とは縁を切らなくっちゃいけないんだろうなあ……あと、アイスクリームとかかき氷とかは超贅沢品だろうし……スウィーツ系全般の素材が不足って感じなんじゃないのかなあ……ああ……なんか甘くてカリカリしたものが食べたいなあ……ポップコーンとか……ああ、あの……」
いつの間にか頭の中は某有名遊園地で大人気のキャラメルポップコーンの事でいっぱいになる。
「トウモロコシは有るんでしょ……砂糖はどうかなあ、あ、それでも蜂蜜なら有るかな?んー」
再び足音がして、今度は甘く香ばしいにおいが漂ってくる。
「キャラメル味のポップコーン、出来たんだけど、食べるかい?」
「きゃあー、食べる! 食べますぅ!」
「ハーブティーと一緒にどうぞ」
「ぅう……むっちゃくちゃおいしいですけど、これもスドウさんのお手製?」
「そうだよ」
「甘みは蜂蜜……じゃないな……あ、メープルシロップ!」
「そう。大正解」
「やたー」
材料はスドウの解説によると乾燥したトウモロコシと、上質のオリーブオイル、塩、メープルシロップ、上等のバターと言ったところらしい。
「そういうシンプルな材料だと、火加減に無茶苦茶気を遣いますね」
「慣れれば簡単だよ。君ならすぐできるようになるさ」
「塩バター味なら、もっと簡単ですよね」
「それはそうだが、一番好きな味付けの方がやる気が出るよな」
「確かに。スドウさんもポップコーンはキャラメル味が一番お好きなんですか?」
「僕はシナモン風味が好きかなあ。でもシナモン自体貴重品だからしょっちゅうは食べられないが」
「へえ、食べた事は無いんですが、なんか大人な感じ」
「今度シナモンが手に入ったら、作ってみようか。じゃあ、僕はちょっと近所の店に買い物に出てくる。鍵は締めておくから、この部屋と隣の居間の物は好きに使ってくれて構わないよ。台所は燃料の取扱い説明がいるから、また明日でいいよね」
スドウは大きな布袋と革袋を持って、出て行った。居間だという部屋は清潔感のある木の床で、美味が「じいちゃんの所の仏間ぐらいの大きさ」だと感じたところからすると十畳か十二畳程度の面積と言うところか。シンプルなデザインの暖炉には大きな薪がくべられていて、十分に暖かい。暖炉と反対側の壁面は全部棚になっていて、いろんなものが並んでいる。書籍が一番多いようだが、どれも分厚くて簡単に手に取れる重さでは無さそうだった。それでも試しにきらびやかな金具や色のついた石で飾られた一冊を持ってみた。杖で叩くと、魔法が発動するのではないかと思うような本だ。
「おもっ」
軽く五キロは有りそうで、中身はサッパリわからない。文字はなじみのアルファベットなのだが、明らかに英語では無いし、恐らくはフランス語でもない。
「いくらなんでも、もうちょっと軽い本は無いの?」
大人が一人上で眠れそうなサイズの一枚板のテーブルの上をふと見ると、棚に並んだ本よりずっと小さな本が五冊ほど乗っている。中を開くと、線画に赤と青の二色でところどころ着色した少し漫画タッチな絵がページごとに三つづつ描かれていて、それぞれの絵のとなりに単語が書いてある。
「子供が字を覚えるための本みたい」
とりあえずやることも無いので、アルファベット順に絵を見て行く。この世界での暮らしぶりや、自然の様子なども窺い知れて、なかなかに面白い。
「発音はどうなのかなあ」
つづりを見て色々発音してみるが、アクセントもわからない。こればかりは実際の発音を聞かなければどうにもならない。美味は料理に関係する単語や言い回しなら、英語でもフランス語でも中国語でもすぐに覚える事が出来たのだが、この言葉はどうだろう?
「これは……野菜の種類かなあ。それと、魚とか肉の種類の方は、豚と牛と羊はわかるけど他は謎」
彩色の加減なのか、画風なのか、どの絵も美味しそうには見えない。でも、スドウが食べさせてくれた物はどれも美味かったのだから、それなりに料理の仕方もあるのだろう。テレビもパソコンもゲームも無いという環境では、目の前の理解できない言語の本に集中するしか無いかもしれない。
「台所は……火をいじらなければ、見るぐらいは構わないのかな?」
やっぱり美味にとって、一番気になるのは料理をする場所なのだ。