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銀貨一枚亭開店・4

 夜中にいきなり宰相家の使いがスドウと自分を迎えに来たのには美味も仰天したが、身の危険は無さそうだというスドウの判断を信じる事にした。


「その、我が主ニコラ・ヌムールが申しますには高貴なるお方との面談にふさわしい服装にして頂ければありがたいが、御無理ならば当方にて善処するとの事です」

「ほう?国王陛下がお越しなのかな?」

「私はただの使いでして、委細は存じません」


 使いだという男は、クジャクの羽を飾った黒い帽子をかぶり、濃い紫色の毛織物で仕立てた膝丈の上着に同じ色のマントを羽織っている。上着の前身頃とマントの後ろには金糸でヌムール家の家紋が大きく刺繍されていて、一目で宰相閣下の使いだとわかる独特の服装だ。


「身支度をするならば、多少お待ちいただくことになるが宜しいか?」


 スドウの言葉に、使いの男は恭しく礼をしてこういった。


「かような時刻の急なお願いですから、そちら様の御都合に合わせよと命ぜられております」


 美味は急いで自室に戻り、「何か気の張る外出の時は、これが無難だ」とスドウがかねてから用意してくれていたシルクのドレスを着た。色はワインレッドより暗めのバーガンディーというのか、そんな色で、落ち着いた感じだ。自分なら絶対に選ばないだろうが、今の自分には間違いなく似合っていると思う。スドウからはそういうセンスの良さと言うか、経験値の差を感じさせられる。だから、スドウの見立てに任せれば安心なのだと、美味は何となく思っている。


 靴とバッグは共に乳白色の柔らかい革製で、金糸で小枝をくわえた小鳥の刺繍が入っている。アクセサリーは全部金と真珠を使ったものだ。色のトーンをそろえ、極上の素材をさりげなく使っている感じが、洒落ている。そしてその上にまっ白い毛皮のマントを羽織って馬車に乗った。


 スドウは学者っぽい黒いガウンに黒いマント、黒い帽子だが、素材が超高級品のビロードで、襟飾りがこれまた非常に高価な金糸のレースだ。そして指にはいつもの金製の印鑑指輪の他に、大粒のダイヤが光っている。

 二人が着替えた後の使いの男の態度は、最初よりもいっそう恭しくなった。 

 スドウによれば「王侯貴族ではない人間に許される範囲内で、一番格式の高い恰好」との事だが、足を踏み入れた宰相邸で自分に向けられた人々の視線から、恐らくその通りなのだと美味は感じた。特に、家令だとかいう白髪の老人のチェックは凄かった。一瞬、視線を向けられただけなのに、上から下まで全部残らず点検されたかのような、すごい圧迫感と言うか目力を感じた。そして次の瞬間に、老人は実に柔らかい笑みを向けて、優雅に礼をして「こちらにお越しくださいませ」と言ったのだった。


 廊下が長かった。


 馬車に乗ってきた時間より長い時間歩いたように思う。

 突き当りの部屋に入る前に、美味はマントを、スドウもコートを家令に手渡した。スドウに後から聞いたところでは、使用人のトップである家令がコート類を預かるという事は、重要な秘密の会合とか高貴な客人との面会とか、何か特別な意味があることなのだそうだ。


 内側から戸が開けられ、中に通された。日本的な感覚で二十畳程度の部屋で、これだけの邸なら小さな部屋の部類に入るだろう。だが装飾が大層豪華である事は美味にもわかった。壁面の化粧パネルは金色の優美な模様で縁取られ、風景画や刺繍などが配されている。金色に光る大燭台には沢山のロウソクが灯されている。一番奥の暖炉脇に大きな椅子が有り、誰かが座っている。

 戸を開けた小柄な人物が、椅子の人物に何か耳打ちすると、その人物は席を立ってスドウに手を指し出した。


「久しぶりだね、ユーグ」

「やはりあなたでしたか、カリストス先生」


 カリストスという姓について、美味は聞いた事が無い。

 

 それから二人は互いにハグしあい、ユーグと言う人物はスドウに椅子をすすめた。


「僕は良いよ。この子を座らせてやってくれないかな」

「この少女は?」

「僕の妹だ」

「あなたに妹君がおいでとは」

「つい最近、巡り合ったのさ」

「……誠に、妹君なので?」

「控えよ、ニコラ。妹君だとおっしゃるのだから、そうに違いないのだ」


 美味にもようやくユーグが何者なのか見当がついた。


「そういうこと。あ、こちらが宰相殿か」

「ニコラは、あなたがどなたなのか疑っております。出来ますならば、髪と目を」

「あ、わかった」


 スドウは帽子を取ると、髪は金色に目は深い碧色に変化していた。その髪の色と目の色は、あの女子修道院の正式名称とも、恐らくリンクしているのだと美味にも察しがついた。


「これで納得してもらえたかな? で、この子はかかとの高い靴を履いているんで、座らせてやっていいだろうか?」

「どうぞ、さあ、お嬢さん、お掛けください」


 ユーグと呼ばれた人物は、灰色の髪で目が青い。もしスドウの体が老化して無駄肉がついたならばこんな感じだろうか、と思ってしまうぐらいには似ている。着ている服は上下共布のロイヤルブルーのビロードで、金糸の刺繍とレースで飾り立てられている。首から数珠玉かと思うぐらい大粒のダイヤらしき宝石を連ねた長いネックレスをしている。


「皆様お立ちなのに、私が先に腰かけて宜しいのでしょうか?」

「かえって御無礼に当りますから、おかけください」


 小柄な宰相は、ちょっと言葉がきつい感じだ。小娘は黙っていろ、という事かも知れない。


 

「ユーグは相変わらず、野菜を十分に食べないようだね。酒の量も抑えた方が良いよ」

「はあ、その」

「ドミニクちゃんの件は手伝ってもいいが、マリサ・フリニ夫人を貴族に列して妃とする件は賛成できないな」


 どうやら、スドウはハグした際に、相手の健康状態や思考まで読みとってしまったようだ。スドウ自身との血縁が濃ければ濃いほど思考を読みとりやすいとも言っていたので、この人物はかなりスドウの血を濃く受け継いでいるのだろうと思われる。


「なぜですか?」

「マリサ・フリニ夫人、いや、マリサ・プランスは、シャルロット王妃殺害の首謀者だからだ」

「え?」

「その可能性について、考えた事も無いのか、国王なのに」


 やはりダイヤのネックレスをした男性はこの国の国王だった。名前はユーグと言うのだという話は、そういえばタニアさんがしていた。


「疑った事は有りますが、信じたくはないというか……」

「はっきりした証拠も見つけられなかったか」

「そうなのです。しかしどうやって?」

「平たく言えば、毒殺だ。侍女を買収して毒入りの化粧品類を使わせたな。即死じゃないが、半年と持たなかったようだ。作った薬屋なら、まだ手掛かりが残っていそうだよ」  


 どうやら国王と宰相は「ドミニクちゃん」の件で、スドウと美味を呼んだのだが、スドウの爆弾発言で、すっかりそんな話は吹き飛んだ感じだ。密談はかなり長い時間に及んだ。途中で温かいスープと小ぶりなミートパイが出されたり、ホットワインがふるまわれたりしたが、その間、美味は暖炉脇で飲み食いする他は無言で座っていた。

 宰相と国王は美味に話の詳細を聞かせる事に難色を示したが、スドウは「今後の事も有るので、同席させたい」と押し切った形だ。

 その夜のうちに、どうやら実行犯と毒薬を調合した者が拘束されたらしい。


「あとは、僕が言ったように証拠をすべて押さえて、ユーグ自身がマリサに問いただした方が良いだろう。何しろ息子たち三人は公爵になっているし、多くの関わりある人間をどのように落ち着かせるかという事も含めて、国王であるユーグが判断した方が良い。情が絡みすぎて無理なら、宰相に任せるという方法もあるにはあるが」

「自分でいたします」

「うん。その方がすっきりするだろう。僕と妹はこれ以上この事件に関わらないし、一切他言もしない。ドミニクちゃんの件は、また後日の方が良いだろう?」

「はい」


 中年というか初老の国王が、まるで父親を慕う息子のような態度でスドウに接している。一方でスドウは国王を「ユーグ」と呼び捨てにして、落ち込んだ様子の国王の肩を叩いて慰めたりする。まるで部活の仲良しの後輩か、親戚の年下の子に対するような態度だ。だが、そのスドウがどう見ても二十代後半程度にしか見えないので、事情を知ってもいささか混乱する光景だ。


「さようですな」


 宰相もどうやら、王家を度々救ったと伝えられてきた『不死の男』が他ならぬスドウで、幼いころに読み書きを教え自分の命を救った家庭教師と同一人物なのだという事実を受け入れたようだった。

 スドウの宰相に向けた言葉は、時に相当に辛辣でもあったのだが、一切反論しなかった。反論どころか、度々教えを乞う感じで、これからの捜査の具体的な進め方などについて話をしていた。


「夜が明けますな。いや、実に長い間、お引止めしてしまって、美味殿にもご迷惑をおかけしました」


 一国の国王が、すまなそうに頭を下げたので、美味は恐縮した。


「先生……」

「何だ?」

「美味殿は本当に……」

「妹だ」

「は、さようで」 

 すると、宰相が気難しい顔でこう言った。

「陛下、妹君だと仰せなのですから、それでよろしいではありませぬか」


 するとユーグ陛下は、宰相が自分の言葉をそのまま返した事に面白みを感じたらしく、クスクスと笑いはじめた。


「良かったよ、ユーグに笑う元気があって。色々大変だろうが、まあ、頑張れよ。母親はともかく、息子たちに罪は無いんだから、その辺、気を使ってやるんだな」


 スドウが肩を叩くと、国王陛下はまた、暗い顔つきに戻ってしまった。


「じゃあ、これで、僕らは帰るよ。大学も店も休みじゃないからね。じゃあ、戻ろう美味ちゃん。宰相殿、馬車、貸してもらいますよ」


 そう言い放つと、スドウは国王陛下にくるりと背を向けて、美味の手を取った。


「あ、そうそう。ドミニクちゃんが僕らの所に来たいなら、あらかじめ連絡を入れるように言っといて下さい。いきなりだと、店も困るんで」


 そういわれた宰相は、ポカンとしていた。

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