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店のコンセプト・4

「ふんわりしたパンって、この国じゃ一般的じゃないんですね。お菓子系の場合は許容範囲の様ですけど、食事用となると、違和感があるみたいです。フレンチトースト風に加工すると喜んで食べてくれましたが、それでもこんがりした焼き目が必須だと感じました。トーストしてから物を挟むクラブハウスサンド的なものは『あまりにも手間と材料がかかりすぎ』とタニアさんには言われてしまいました」


 日本で好まれるような真っ白ふんわりの食パンは、条件に適う白い小麦粉の確保だけでも大変だ。その上、この国で一般的な無発酵で薄く平べったいパンと比べると、イースト菌発酵の手間が有るし、焼き上げに必要な燃料も時間も余計にかかると来ている。


「ルテティアでは特に、カリッとした食感が好まれる傾向にはある。この国の基になった民族が、あまり水が豊富じゃない地域の出身だったせいだと思うんだ。粥とか茹でた団子は、滅んでしまった帝国の首都だったレムリアでは今でも良く食べられるが、ルテティアではまるで人気が無い。東方じゃ当たり前の蒸すって調理法も、このルテティアだけじゃなくて、ネウストリア王国全体で全く見られない」

「じゃあ、汁気の多い中で煮込んだようなパスタスープなんかは、ダメでしょうか? そもそも、この国にはパスタ自体存在しませんから、馴染みのシチューに入っただけでも、目をひくでしょうか?」 

「具が多いシチュー系の料理は、ルテティアの人間は皆好きだよな。具の一つとしてパスタが入っているのは、アリだろう。だが、安い・早い・うまいって事にはなりにくいだろう。具材の研究で色々工夫の余地はあるが」


 スドウはパスタを一緒に煮込んだ物なら、無難だと考えているようだ。

 燃料の確保にも手間がかかり、調理器具も不十分な現状では、火の使い方も良く考えないといけないというスドウの指摘はもっともなのだった。

 

「年中、部屋を温める暖炉には火を入れているんだから、皆がやるように大鍋を据えてついでに湯を沸かしておくべきだろう。たっぷりの湯があれば何かと便利だ。その鍋の隣に煮込みものの大鍋を置いて、パスタ入りシチューを作ってしまうというのは、有りかもな。だが、それだと出来る料理は一種類になってしまうが」

「じゃあメニューの中心は焼く物にして、パスタはサッとゆでてソースと和える料理に絞るとか……」


 この国の色彩に乏しい、ひたすら煮込んだという風情のシチューがメインと言う店にはしたくない、と美味は思っている。


「狙いは正しいと思うけど、焼き物系とパスタ系の比重も判断に迷うな」

「両方の系統から一種類を厳選して、出すっていうのは、どうでしょう? これぞって、おいしい料理に絞って、少数精鋭メニューで勝負をかけた方が良いと思うんです」

「美味いのは確かに重要だが、安い、早い、と言う条件は外せないと思う。調理の手順が違うメニューが混在するより、アレンジで切り抜ける方がコスト的にも賢明じゃないかな。煮る・焼く・ゆでるという別々の加熱方法が必要なメニュー構成は、効率が悪いだろう」


 コストパフォーマンスを睨みながら調理技法を絞るのも大切なポイントだろうが、素材が割安である、あるいは安定供給が見込めるというポイントも外せないと思うと美味が言うと、スドウもその点に関しては異論がないようだった。

 

「良質で美味しい割に、このルテティアでは人気が無いとか価格が安いとかいう食品をメインに使う事も考えて良いかなと思うんです」

「それで、このそば粉のガレットか。それはそれでいいんじゃないか? ただ、そば粉は貧民の食料という偏見を覆すために、ある程度の仕掛けは必要だろう」


 ルテティアの人間はスドウに言わせると「食べ物に関しては頑固というか、頭が固い」ようだ。そのため、馴染みの料理や素材との距離感、違和感に対する配慮が不足すると、商売としては失敗する可能性も高いようだ。


「良質のバターの風味を強調したり、女子修道院や王室御用達のブランド素材を活かす方向で行けば、うまくいくんじゃなかろうか?」

「先代の王様が好きだったベーコンの風味も良いかも知れませんね」

「あ、それは良いだろうな。御用達ブランドの商品の中でもベーコンは比較的価格が落ち着いているのも良いと思うよ」

「卵ですけど……普通の物と女子修道院ブランドの卵と差別化してもいいですよね」

「そりゃあ、したほうがいい。修道院の卵の場合は、かなり高くしても売れるんじゃないか?」

 純粋に卵の単価以上の価格を上乗せするより、何かで高級感を演出して価格高めの限定メニューにすれば良いとスドウは言う。

「季節によって、ハーブとかキノコとか、バリエーションもつけられるなあ」

「慣れて来たら、色々やれそうですが最初は、基本メニューだけで試し売りしようかと思います」


 スドウはかなり資金を投入して、設備を一新しても良いと考えていたようだったが、美味としては儲けられるかどうか不確かな段階では遠慮も働く。結局は改築や家具の買い替えを進めるスドウの提案を「有るものを活用して、何とかやってみます」と言って、断ったのだった。


 看板を作りドアを取り換える以外は、既存の設備や道具を最大限活用することにした。スドウは、何か思うところはあるようではあったが、美味から話を持ちかけない限り、店に関しては何も言わなくなった。美味に任せることにした以上、美味が思うようにすべきだと思ったのかもしれない。

 タニアさんと協力して丁寧に掃除をして、仕舞い込んでいた古い道具や家具類を磨いて並べてみると、かつて繁盛した旅館兼料理屋であったころの雰囲気がよみがえって来たようだった。


「まあ、居心地のよさそうな良い感じね」


 タニアさんは、嬉しそうだ。


「真新しい店より、落ち着くかも知れませんね」


 食器類をどうするかで、美味はかなり悩んだが、タニアさんは「そんなの当然木の皿でいいんじゃない?」と美味が悩む理由自体、ピンと来ない様子だった。


「木の皿って、使った後、どうやって綺麗にするのですか?」

「軽く拭くか、あまりに脂なんかで汚れたら、熱湯をかけて日に干せば十分でしょう」


 この国では焼き物の食器自体、かなりの贅沢品なのだ。絵付けをした陶器の食器を常用している先生などは、豊かな暮らしぶりと言う事になるらしい。

 王侯貴族は主に銀器を使うそうだが、それ以外の一般人の家庭では、木製の盆や平皿と厚ぼったい素朴な感じの焼き物というのが普通らしい。近頃は、多少生活に余裕のあるルテティア市民たちの間では、銀製の自分専用コップを首や腰から下げて歩くのが流行っているのだそうだ。

 公衆衛生とか食中毒などと言う概念も存在しないこの国で、食器の管理をどう衛生的に行うか、美味は悩んでしまったのだが、タニアさんが「お客さんが皿やコップを持ちこんだら、その分だけ安くしてあげたらいい」と言うので、この国では「当たり前」だと言うそのシステムを取り入れる事にした。

 店で用意する食器は、熱湯で消毒することにする。


「消毒? 毒を消すの? 古い食べ物の屑とか油って、お皿につけっぱなしだと毒に変わってしまうの? そんな話、初めて聞くわ」

 タニアさんは「先生が綺麗好きな厳しい方だから」食器類を丁寧に洗い清めて来ただけの事であって、自分が普段使いする木製の盆に関しては、あまり気にもしてこなかったらしい。バクテリアだの細菌だのの存在も知られていない発達段階の社会で育った人には、なかなか説明も難しいのだった。しいて言えば、カビが嫌がられている程度で、それすらも「削り落とすか、拭きとるかすれば気にならない」といった程度の受け止め方なのだ。


「お客さんが自分で持ってきた皿なら、きれいだろうが汚れていようがお客さん自身納得づくなのだから、一番面倒が無いわ」


 タニアさんのその言葉に、美味は反論できなかった。


「この、そば粉を使った目新しい料理だけど、皆が一番よく使う柄付きの木皿にぴったりした大きさにすべきだと思うわ」


 そういう考えは美味には全くないものだった。だが、確かに言われてみれば、タニアさんのいう事は正しいのだろう。


「そば粉って……あまり皆さん喜ばないでしょうか?」

「そうねえ……飢饉のときぐらいしか、私も食べたことが無いけど、こんな風に卵だのチーズだの入ると、おいしいわね。小麦にすればいいのに、とも思ったけど、そば粉だから安くできるんだろうし、それに、カリッと焼けると独特の美味しい風味も感じるわ」


 飢饉のときは、水で練ったそば粉を灰に埋めて焼いただけらしい。


「灰だらけだし、ボソボソしてたし、こんなおいしい料理とは天と地ほども違うから、みんな食べたら驚くわよ、きっと。そば粉でこんなおいしいものが出来るのかって」


 その予想が当たってくれるといいのだが、結果が吉と出るか凶と出るか、誰にもわからないのだ。

 

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