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旅するサンタ  作者: 夏照
3/3

向日葵・下

 空が徐々に白みを帯び夜明けが近いことがわかる。

 昨夜行われていた宴も今ではなかったことのように静まり返り、人の姿は見えない。

 動物も鳴かず風も吹かない静かな時に、土を踏みしめ急いでいる影があった。

 寝坊した春希と紫だった。

「バカ! なんで起こさないんだ! 爆睡したじゃないか!」

「な! ハルのせいでしょ!」

「あーくそっ! まだ咲いてないといいけど」

 二人が向かっている先はもちろん異常に成長した花がある場所だった。

 全速力で走り目的地に辿り着くと、既に先客がいた。

「アリー」

 名前を呼ばれて彼女が振り向いた。

「あ、おはようございます! 春希さん、紫さん」

 昨日と変わらない三つ編みに橙色のカチューシャが頭につけられていた。

「朝からそんなに走ってどうしたんですか?」

「仕事をしようかなと思って……アリーも、朝早いですね」

「えぇ、私もちょっと人を捜しているんです。昨日紹介した女の子覚えていますか? あの子、夜中に突然出て行って帰ってきたと思ったら、ごめんねって言って私にこのカチューシャを渡してまたどこかに行ってしまったんです。なんだか遠くに行ってしまうような気がして今ずっと捜しているんです。見かけてないですか?」

 本当に心配している、そんな表情だった。

「いえ、私達は見てないです」

「そうですか。あぁ、それより朝から仕事って大変ですね。いったい何をするんですか?」

 気まずい空気が流れた。

「えぇっと、その」

「そうそう、そういえば、以前お話しした迷信で話し忘れていたことがあるんです。実はあの後、村長の前に植物の精が現れてこう言ったそうですよ」

 満面の笑みを浮かべている。

「先の旅人と同じ格好の人が来たら注意しなさい。その人はきっとあなたの願いを邪魔するからって。ねぇ、春希さん。あなたこれからする仕事ってなんですか?」

 薄らと瞳を見せて顔を傾ける。

「紫。なるべく早く頼むよ」

「わかってる」

 小声で言葉を交わし、紫は後ろへ下がり、春希は一歩前に出た。

「改めまして、私は、サンタクロースと呼ばれる人間の願いを叶える者です。そして私は四人兄弟の末っ子で他三人にはない〝仕事〟も引き受けます。それが、願いを破棄し種を強制回収することです。そして今回は、あなたの願いがその仕事の対象になりました」

 ふわりと、風が頬を撫でる。

「どうして。ただ私はクコさんのようになりたいと願っただけですよ?」

「最初に願って、今どうなってますか? あなたの存在が極端に薄くなったこと気がついているでしょう?」

「そんなこと今更ですよ。だって私が彼女達のようになったら関係ないでしょう?」

「残念ながら、人間は人間以外の者にはなれません。そんな願いを叶えるのは私達サンタでも無理です」

「そんな、だって」

 草同士がぶつかり合い静かな朝が消えていった。

「だって、あの人は願いを叶えてくれるって」

 徐々に風が強くなっていく。木々の小枝が音を奏で、動物達がうるさく鳴く。

 明るくなっていた空は次第に雲に覆われ始め、重い空気を纏い始めた。

「なんだ? 雲?」

 異変に気がついたのは春希だった。

 雲は黒く空を覆い尽くさんと広がっていく。併せて、地響きのような不吉な音が空から聞こえてきた。

 春希の頬に当たったのは一粒の滴。

 雨だと思った矢先に、蛇口を捻ったように上から大量の水が落ちてきた。

「なんで、雨が」

「ねぇ! 春希さん! どうしたらあなたの仕事を邪魔できますか?」

 雨音でかき消されそうになるアリーの声。春希に少し近づく。

「それは、いくらなんでも直球過ぎて言えないよ」

 苦笑して、春希は続ける。

「そうですねぇ! まぁ、私が死んだら仕事はできなくなるでしょうね!」

 冗談混じりに叫んだ。

「やっぱり、そうですよね!」

 突風が吹き荒れ横殴りに雨が降る。

 雨雲がチカチカ光り、腹の底まで響く重い音が聞こえる。

「おかしい、なんで雷まで――紫!」

 後ろに離れて立つ紫へ振り返った時だった。

 上半身が反り返り、煩かった雨音が一瞬だけ途切れた。

「だから、嫌なんだ、欲求に忠実な、人間は」

 咳き込んで吐き出したのは真っ赤な血。

 体から異物を取り除かれる感触に、憎悪が走る。

 ふらつく体を、一歩前に足を踏み出し支えようとするが虚しくも地面へ横から倒れ込む。

「ハル!」

 泥水に浸かる体。霞む視界。背中に広がる生暖かさ。

 朦朧とする意識の中、アリーの足が春希の肩を蹴り押す。

 手に握られていたのは鮮血に塗れた鈍色のナイフ。

「あれ、ちょっとズレましたか? ちゃんと心臓狙って横から刺したんだけどな」

 せり上がる血反吐と、降り注ぐ雨でうまく呼吸ができない。

「まぁ、いいか」

 馬乗りになり両手で握ったナイフを空に高く掲げる。

「させるかああ!」

 紫の叫び声と共に突風がアリーを襲う。

 咄嗟に受け身を取ると握っていたナイフが飛ばされた。

「しまった!」

 急いで立ち上がろうと腰を上げた時、腕を誰かに強く掴まれ引き戻された。

 風に飛ばされたナイフは宙を舞い、丁度、群生する植物の上にさしかかる。

 轟音が鳴り、眩い光が堕ちた。

 揺れる足下。白い閃光。

 一瞬の静寂が周囲を包む。

 暫くして降り続ける雨音が耳に入り、視界が戻った。

「嘘」

 初めに目についたのは真っ黒になった植物。

「嘘でしょ」

 茎が折れ、根からもがれ、葉が舞い散る。

 荒れ地。

 願いを託された植物だけが、煙を上げ、焼け焦げていた。

 言葉にならない叫び声があがる。

 側に近寄ろうと立ち上がるが、腕を引っ張られ邪魔された。

「放せ! 死に損ない!」

 締め付ける手を引っ掻き、もがいた。

 爪から血が滲み、相手の手も血塗れになった。

「放して! お願いだから!」

 全く微動だにしないことに憤り、沸き上がる感情に嗚咽を漏らす。

 雨足が緩み、黒い空が晴れてもアリーの周りだけは雨が降っていた。


 温かく柔らかい感触に包まれ目が覚める。

「はーい。それじゃあ、残った花、全部蹴散らすねー」

 紫の気怠い声が耳に入り、

「おーよろしくー」

 軽い口調の春希の声がすぐ上から聞こえた。

「え!」

 起き上がろうと腕に力を込めるが、がっしりと何かに巻き付かれ動けなかった。

「あ、起きた? アリー」

 アリーを抱きしめていた腕の力が少し抜ける。僅かに自由になった体を起こすと春希と目が合った。

「うん。大丈夫そうだね。ちょっと後遺症で気配が薄いかもしれないけど。支障はないだろう」

 ふわり、と温かい風が頬を撫でる。

「おっと、そろそろか。ごめんねアリー。息苦しいと思うけどもう少しで終わるから」

 再び春希に抱き寄せられ頭と背中を押さえられる。

「あ、あの。春希さん?」

「はい? なんですか?」

「なんで生きて――」

「はーい、それは聞かないお約束です」

 おかしそうに春希は笑った。

「ねぇ、アリー。君はクコのどこに憧れたの?」

「そうですね、みんなを引っ張るあの姿に、でしょうか」

「あークコは、優男先生の隣で働いているからねぇ。まとめ役はお手の物だよ」

 優しく撫でる風が草を揺らし、音を奏でる。

「——いや、本当は憧れてなんかなかったんです」

 一呼吸置いて、アリーは続ける。

「クコさんは、さっきのような天災にも全然動揺しないで、村のみんなを助けてくれたんです。私は当時、村長だったのに何もできなくて、ただクコさんの指示に従いました。後から考えると、ただ見ていただけの自分がすごく恥ずかしくて、ちょっと悔しかったんです。みんなからもなんだかバカにされたような気がして、だから、意地でもクコさんになってみんなから尊敬される人になりたくて——あーなんだかバカだったな」

「お疲れさまでした」

 洋服越しに相手の体温が伝わる。アリーは湿ったカッターシャツに耳を押さえ、規則的に響く緩やかな音を確認した。

 落ち着く心音に目を閉じる時、離れた場所に立つ紫がこちらを睨んでいるように見えた。

「春希さん」

「はい」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 アリーの意識は緩やかに落ちていった。

「あー紫さーん。なるべく早くお願いしまーす」

「言われなくても!」

 大きく後ろへ広げた腕を、思いっきり力を込めて前へ弾き出す。

 途端に風が吹き荒れ、小さな竜巻が発生した。

 竜巻は植物目掛けて突き進み、雷に打たれなかった植物を次々と空へ舞い上がらせる。

 全てが終わる頃、太陽は既に昇り穏やかな朝が訪れていた。


 ◯


 村人の農作業に一段落つき、朝食の準備が整う時間。

 春希と紫が休んでいる家に二人の村人が朝食を運びにきた。

 零さないように、けれど少しでも冷めないように足取り速く運ばれる一人分の盆。

 盆の上には昨晩の残り物も併せて、全部で四皿分の食事が用意された。

「おはようございます! 春希さん、朝食を持ってきました!」

 扉を叩き、返事を待つ。

 何かが床に落ちる大きな音がした後、暫くして扉が開いた。

「あ、おはようございます。今朝は——何かしていましたか?」

 やけに青ざめた顔をした春希。まだあの騒動から帰って何もしていない様子で、髪は乱れ、スーツは濡れたままだった。

「あーすみません、こんな格好で。実は昨晩落とし物をしたみたいで、今朝ずっと捜していたんですよ」

「あの雨の中ですか? それで、落とし物は見つかりましたか?」

「はい、なんとか、雨に流される前に見つけることができました」

「それはよかった。旅先でのなくし物は大変ですからね。そうだ、忘れないうちに、これ朝食になります。食べ終わったら回収しにきますので、そのまま家に置いててください」

 もう一人から盆を受け取り、春希は感謝の言葉を述べた。

「あ、それと、聞いてください! 今朝村長の家に橙色のカチューシャをつけた若い女の子が訪れたんですよ。いやーあの子すっごくかわいくて、礼儀も正しいですし、何より元気があります。きっと村一番の人気者になれますよ。一緒に住む村長が羨ましいです」

 村人の笑顔に春希も笑った。

「でもやるときは容赦ないんで気をつけてください」

 警告をしておいた。


 シャワーで疲れを落とした春希は身支度をし始める。軽く汚れを落としたスーツに身を包み、血に塗れ、破れたカッターシャツを隠すためにジャケットを羽織り、ネクタイを軽く締める。

 準備が整ったことを紫に伝え、二人は村長へ挨拶しに家を出た。

「食器は置いたままで良かったんじゃないの?」

「いや、なんか悪いしさ」

 昨晩宴が行われた広場に行くと、村人が集まっていた。どうやら村人も朝食が終わり片付けに入ったらしい。

 食器を盆ごと村人に渡し、再び感謝の言葉を伝える。

「もう旅立つのですか?」

「はい。どうやらもうここには私が捜している人はいないみたいですから。すぐに次の場所へ移動します。短い間でしたけれど、お世話になりました」

 残念がる声を掛けられながら、春希は挨拶を交わす。

 漸く村長の元へ辿り着き、

「いろいろとお世話になりました」

 深く頭を下げた。

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。今朝早くに姉が家にいた時は本当に驚きました。本当に感謝の言葉だけでは足りません」

「アリーとは、じっくり話して今後のことを決めてください。彼女はまだ不安定だろうと思います。時にあなたを責めたり、自分を責めたりすることがあるかもしれませんが、繰り返しますが、あなたが負い目に感じることはありませんので」

「はい、本当にありがとうございます」

 短く別れの挨拶を交わし、二人は村を後にした。


「アリー!」

 春希と紫は最後に植物が咲いていた荒れ地を訪れた。

 雷と竜巻で荒れに荒れた平野。アリーは振り返り笑顔になる。

「もう、出発するんですか?」

「はい」

 春希が歩み寄り、アリーの隣に立った。

 二人で平野を見ながら物思いに耽る。

「——なんだか、たった半日だけだったのに、すごくたくさんの経験をしました。今朝のことは特に忘れません」

「ははっ、忘れた方がいいこともありますよ」

「そうだ、雷で駄目になったから新しいナイフ調達しないといけないな」

 春希が一気にやつれた顔になった。

 アリーが楽しそうに笑う。

「なんだか、今まで夢を見ていたみたい。最初の旅人さんとクコさんのことも、ここに咲いていた植物も、春希さんや紫さんも、私がずっとこの辺をうろうろしていたのも、全部夢にだったって忘れちゃうのかな」

「そうですね。いつかは忘れるかもしれませんね」

「寂しいこと言いますね」

「仕返しです」

 今度は春希が笑った。

「手を出してください」

 不思議そうな顔をして手を出す。春希はその手の上に一つの種を置いた。

 種は長い卵を平にした形に真っ黒な色をしていた。

「これって」

「あの子の種です。まぁ、精は宿っていないので願いを叶えることはできませんが。ずっと育ててきたアリーはもう育て方はよくわかりますよね。今度は花を咲かせてあげてください。あ、これ花が咲いた後の種の取り方を書いた紙です。ちょっとコツがいるので渡しておきますね」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに受け取った。

「それじゃあ、私達はそろそろ行きますね」

 一歩踏み出す。

「あの、最後に聞いてもいいですか?」

「いいですよ」

「この子の花の名前、教えてください。あの子結局教えてくれなかったんです」

「ヒマワリです。みんなにも広めてください」

 数歩進んで春希は足を止めた。

「ちなみに、花言葉は〝憧れ〟です。アリー、あなたはさっきクコを憧れていないと言ったけど、私達は相手に合う花を贈るんですよ——それじゃあ、お元気で、さようなら」

 駆け寄る紫と合流し、二人は笑顔で手を振って最後の別れをした。


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