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旅するサンタ  作者: 夏照
1/3

向日葵・上

 快晴だった。

 空には雲一つなく、夏が近づき強く感じる太陽の光が満遍なく地上へ降り注ぐ。

 森を抜け、拓けた平野を覆うように生えているのは、まだ花が咲く前の植物。大きな葉や茎に産毛があり、若い緑色をした植物は心なしか光にあわせて動いているように見えた。

 そんな気持ちよく日光浴を楽しんでいる植物を、かき分けながら、けれど踏まないように注意して歩く二人の男女の姿。

 日に当たると紅色に見える、短い黒髪の男は白い長袖シャツを着たスーツ姿。暑いのだろうか、手にジャケットを持ちネクタイはせず、開襟シャツである。

 軽くウェーブがかかった薄い紫色の髪の女は黒いパンツスーツで身を包み、暑くないのか黒のジャケットを羽織っていた。大きく開かれた襟元からは、豊かな胸の谷間と左鎖骨下に蝶の入れ墨、首元にゴールドのプレートがついたネックレスが見える。

 男を先頭にして、黙々と進んでいると、

「紫の憧れって何?」

 不意に男が話しかけた。紫と呼ばれた女が答える。

「急に言われても……そうね、アザレアに、クコにフジバカマに——」

「はい、ストップストップ。紫は今まで会った人達全員あげてない? それじゃ切りがないから。それじゃあ、その三人はなんで憧れてるの?」

「憧れる人が多くてもいいじゃない。みんな私とは違うから。ないものは憧れるでしょう?」

「その屈折していない性格は誰に似たんだろうなぁ」

「とりあえず、ハルじゃないわ」

 男が笑った。女もつられて苦笑する。

「ねぇ、ハルは——」

 女が男に同じ質問をしようと口を開いた時、男が立ち止まった。

「何、どうしたの?」

「あれ見て」

 男が指す先には、植物に捕まり上へよじ登ろうとしている人がいた。

「何やってるのかしら」

「上に行きたいんじゃないか?」

「……上にねぇ」

 二人は顔を上げ、空を見ようとした。けれど視界一杯に広がるのは若い緑色をした植物の葉の色。

 二人の背は決して低くなく、寧ろ平均より高いが、まるで子供のように小さく見えてしまうほど植物の方が高かった。

 お互いに無言で見上げていた。


 ◯


「いやぁ、もう、恥ずかしいところをお見せしてしまってすみません。私アリーと言います」

 藍色の髪を三つ編みにした、鼻から頬に向かってそばかす顔の女の子が、笑って自己紹介をした。

 彼女は二人が見た〝上へ目指していた人〟で、毎日蕾の膨らみ具合を見るために、男顔負けでよじ登っているらしい。

「気にしなくていいですよ、君くらいの年齢は活発な方が魅力的です。私は春希、こちらは紫、どうぞよろしくアリー」

「あはは、春希さんはお上手ですね、そんなこと言っていたら紫さんに睨まれますよ」

 少し照れた風に笑い、アリーは身だしなみに気を遣い始めた。髪をいじったり、服に付いた土埃を払ったりする。

「いてっ」

 紫が春希の背中を摘んで思いっきり捻った。

「ところで、春希さん達はこの辺では見かけない人ですが、旅でもされているのですか?」

「そう、人を探してあちこち飛んでいます。そこでお尋ねしたいのだけど、この辺で私達のような格好をした二人組み、または紫と似た女性だけでも、見かけたことはありませんか?」

 アリーは顎に指を添え、考え込む仕草を取った。

「んー、そう言われても、ちょっとわからないです。とにかくここ数年はそういった旅人さんは来てないですね」

「そっか、じゃあ妖精という単語に何か心当たりはないかな」

「ようせい? えっと、植物の精が出てくる迷信なら知っていますよ。よければお話しましょうか」

 春希は紫に目をやり、お願いしようかなと言った。


 私達の村にはその迷信の元になった話があります。

 アリーはゆっくりと話し始めた。

 それはずっと昔の話。旅人がここにやってきました。

 でも旅人はとても体が悪いようで、着いた途端、寝込んでしまいました。村の人達は必死に介抱をして、万全ではないけれど、どうにか治りました。

 そして旅人は村長に、お礼です、と種を渡してこう言いました。

 これは植物の精が宿る種です。一週間程で成長し直に花が咲くでしょう。その時願いを言ってみてください。花に見合った願いを叶えてくれるはずです。

 そしてその人はまた旅立ちました。

 村長は言われたとおりに、種を植え、育てました。すると本当に一週間で花が咲き、驚きながらもお願いをしました。


「それで、今でも女の子達の中でなんでもいいので〝花が咲いたらお願いをする〟っていう、おまじないが広まっています。お話はこれで終わりです」

 春希と紫を交互に見る。

 春希は何かを考えるように俯き加減でいた。一方、紫はずっと春希が何か言うのを待っていた。

「それで、その村長の願いは叶ったのですか?」

「あぁ、どうなんでしょう。わからないです」

「そっか——でも迷信になるくらいだから、叶ったのかな。じゃあこの異常に成長した花はなんだ?」

 独り言を呟きながらアリーをじっと見ていた春希が、

「なんだか面倒そうだな」

 頭をかいて、ため息をついた。

「ねぇ、春希さん、紫さん。私の村に来ませんか? 久々の旅人さんですから、みんな盛大に歓迎してくれますよ。それに探し人を知ってる人が、いるかもしれませんよ?」

 二人は顔を見合わせ、首を縦に降った。

「それじゃあ、お言葉に甘えて寄らせてください」

 三人がそこを離れた時、太陽は西へ大きく傾いていた。


 ◯


 村に着くと、二人はとにかく歓迎された。

 やれ宴だ、やれお祭りだと広場は歌う人、踊る人で賑わい、ご馳走が並んでいった。

「どうぞ遠慮なさらずたくさん食べてください」

 村長と呼ばれた初老の人が、笑顔で歓迎してくれた。

 春希は遠慮なく皿に山盛りついでは食べ、ついでは食べ、を繰り返す。

 けれど住民に話しかけたり、話しかけられたり、短いが会話をしている姿もあり、やることはやっている雰囲気がある。

 紫は両肘をテーブルにつき、背中を反らしながら座って待っていた。

「何か収穫はあった?」

 戻ってきた春希に訊ねた。

「いや、夏兄の話は全くだね。でもあの異常に成長している花は夏兄の種っぽいよ」

「そうなの?」

「みんなあの花の名前を知らなかったよ。ここでは咲かないみたいで、ここ以外で見たことがないんだって。だからかな、みんなあそこには近寄らないとも言っていたよ」

「じゃああの花の精はどこにいったのかしら。よく腐らないであんなにも大きく成長したわね」

 感心しながらコップに注がれたお茶を口に含む。

「それか誰かが育てているのかもしれない。でも、あの辺にはいる様子がなかったし、話を聞こうにもどこにいるのやら。うっは、うっまい」

 隣でがっつく人を横目に、空になったコップの縁を甘噛みしながらぼんやり考え込んでいた。

「ねぇ、気になるんだけど、なんでアリーはあんなにも花が咲くのが楽しみなのかしら」

 口へ運ばれて行く春希の手がゆっくりになった。

「継続中なのかもしれない」

「…………どういうこと?」

「仕事してたこと思い出してみなよ。わかるから」

 春希の脇腹に拳が入った。

「す、すぐに手が出る女は、好かれないと、思うんだ」

「私ハルにしか手を出さないし、ハルにだけ好かれればいいもの」

「あー俺ちょっと別の料理取ってこよ」

 そそくさと席を立ち春希はどこかへ行ってしまった。


 春希は一通り料理に手を付けた後、今度は気に入った物を選り好んで食べ始めた。

 途中、紫にいい加減にしなさいよ、と悪態をつかれたが、久しぶりの美味い飯だからと、全く聞かなかった。

 空の皿が横に積み上がる隣で、紫はひたすらお茶を飲んでいるだけだった。

「楽しんでますか?」

 話しかけたのはアリー。

「ええ、充分に」

 満面の笑顔で春希が答えた。

「それは良かったです」

「ああ、こいつね」

 あまり歓迎していない、含みのある言葉を口にしたのは、アリーの隣にいる女の子だった。

 彼女は後少しで肩に届く長さの金髪に、橙色のカチューシャをしている。睨むような目つきに不貞腐れた表情で少しきつい印象を持つ。

 アリーが女の子や二人にお互いの紹介をしている中、箸を持つ手を止め、春希は金髪の女の子をじっと見つめる。

「ん? あぁ、君か」

 視線に気がついたのか、金髪の女の子は不愉快そうに舌打ちをした。

「アリー、挨拶なんていいから行こう」

「それなら一人で行っておいでよ。私少し春希さんとお喋りするから——ちょっとだけだから」

 笑顔で宥められ、女の子は文句を言いながらも立ち去る様子は見せなかった。

 アリーは再び春希へ向き直った。

「それにしても、春希さんはよく食べますね。お腹壊しませんか?」

「あはは、お恥ずかしいことですが、どうしても美味しい料理を前にすると手が止まらなくて。ああ、でも、私の胃はブラックホールに通じていますから、そんな心配はいらないんですよ」

「ええと、ブラックホールとは……なんでしようか」

 アリーが困った顔で訊ねてきた。

「ああ……なんだか余計に恥ずかしいな。なんでも入るってことですよ」

 それからアリーと、どの料理が美味い、どうやって作っているのか、どこでこの食材が取れるのか、これはこんな調理をしても美味しいなど、熱弁をした。

「それじゃあ、この子を待たせるのも悪いので、私達も楽しんできますね」

 アリーは手を振り、女の子と一緒に賑わっている村人の中へと埋もれていった。

 談笑しながら歩く二人の後ろ姿。春希は薄いなぁと呟いた。

「さて、次は何食べようかな」

 席を立ちながら、楽しそうに言う。

「だから、いい加減にしなさいって。食べたってお腹は膨れないのよ?」

「美味いって思えることが楽しいんだから、これは俺の趣味。と言うことで、お代わりしてこよっと」

 上機嫌で、料理が並んでいる場所へ向かっていく。

 どの料理を皿に盛るか悩んでいると、誰かの内緒話が耳についた。

「これでまた大雨が降って、村が流されたりしないよな?」

「あの時、来たのは病人だったらしいし、大丈夫じゃないのか」

 二人の男だった。それぞれ料理が乗った皿を持ち、昔話をしている様子である。

「あとなんだっけ、神隠し?」

「そうそう不気味だよな」

「こんばんはー。この度は歓迎会を開いてくださり、ありがとうございます。私、春希といいます」

 男達は急に話しかけられ、戸惑う。

「お、おう」

「まぁ、ごゆっくりしていってください」

「はい、存分に楽しもうと思います。ところで、お二人の話が大変興味深いものでして、よければ私にもその話、聞かせてもらえませんか?」

 男達は顔を見合わせ、聞きたいのなら、とさっきまで話していたことを喋り始めた。

「旅人を悪く言うつもりはないことを最初に言っておくけど、旅人がいなくなった一週間後くらいに一人人が消えたんだ。でも誰が消えたのかはわからなくって。その——」

「俺から、順を追って説明するよ」

 男が話しを遮って説明し始める。

 始めの内容はアリーが話したものと同じだった。


 もう春希さんも聞いたかもしれないけど、ここの村にはあのやけにでかい植物に基づく迷信があるんです。

 でも、実はその迷信では省かれているんですけど、旅人が休んでいる間に大雨が降ったんです。昔のことなんでその場にいたのはもう村長くらいしかいないんですけど、本当にすごいものだったらしくて、当時の村が流されたそうなんです。

 幸いにも、旅人に付き添っていた女の人が的確な指揮を執ってくれたおかげで誰も死なずにすんだんです。

 大雨が止む頃には旅人の体力も戻って村を出て行ったんですけど、その時に旅人が不思議なことを言ったんです。

 私のせいで大変ご迷惑をおかけしました、村も流されてしまって本当に申し訳ありませんって。天災で仕方ないことなのに。

 この後は、よく知られている迷信話に続くんですけど、あれ、最後村長が願ったところで終わっているんですが、本当はあの後人が消えたんです。それで、村長にいったいどんな願いをしたのか聞こうとしたのですが、どうしてだかみんなすぐに村長を見失って結局知らないまま、誰が消えたのかもわからないまま。


 男達は黙ってしまいました。

「なるほど。だからみんな近づかないんですね」

「というか、その、不気味でしょう? あんなに大きな植物見たことないですし、毎年徐々に増えて大きくなっているんです。いったい誰が植えているのやら」

「ところで、花が咲いたのを見たことありますか?」

「花?」

 男達は顔を見合わせる。

「あれは花が咲くんですか?」

「産まれてこのかた咲いているのを見たことありませんよ」

 豆鉄砲を食らった鳩の顔を向けられ、春希は妙に納得していた。


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