ルミニウム真銀
ちよっと説明文多し。
『あるじさま、あそこに見えるのがニナロウの街になります』
ナビから聞こえてくるイスズの声に目を凝らすと、遙か前方に石造りで出来た家々が立ち並ぶ様が見えた。
この世界に出現した地点からワイトに襲われた野営場所まで約3時間。
そこからここにたどり着くまで更に3時間。
道が悪いのでそうそうスピードも出せず、平均時速30キロちょい位だっただろうか。
と言う事は約180キロの道のりというところだ。
……うん、走行距離のメーターも大体その位だな。
「いやぁ~本当に助かったよ、シロウ」
「うん……シロウが居なければ明日までには間に合わなかった」
確かに、馬をドラゴンにやられたイングリットさん達じゃ、一日40キロ歩いたとしても4日以上はかかった計算だ。
なぜか明日までにこのニナロウの街に帰る事に固執していた2人にしてみれば、文字通り俺は「渡りに船」だった訳だ。
「おやすいご用ですよ。俺としてもイングリット達に出会えなければ街の方向もこの大陸の常識も分からないままでしたからね」
すでに俺たちは、夜っぴいてのスキンシップとコミュニケーションで、お互いを呼び捨てるくらいには気安い仲になっている。
「まったく、そんな馬鹿丁寧な話し方をせずとも良いというのに……」
「いやあ、スミマセンね。もう癖なんですよ」
剛田工務店の従業員として曲がりなりにも10年以上やってきたのだ。
他人と話す時はどうしても接客用の口ぶりになってしまう。
「しかし180キロかぁ……意外と遠かったな。こうなると燃料が心配だなぁ」
この世界で軽油が手に入るかはまだ未知数だからなぁ。
今後はなるべく節約して……って……
………………燃料メーター、減ってないな……
いや、流石に180キロ、6時間も走れば目に見えてメーターは減るぞ!?
まさかメーター故障したか?
『あるじさま、魔力を代替燃料に使っていますので軽油は使っておりません』
「え……? って、どういう事?」
『……セツカでは不純物の無い軽油は入手困難だと判断しましたので、極小の炎魔法をシリンダー内で連続行使して軽油の代用としております』
「すげぇ。そんな事出来るんだ……てことは燃料問題は解決?」
『ラジエータや吸気口から風と一緒に自然界の魔力を適宜吸収していますので、魔力切れの心配はありません。アイドリング状態が相当長期間にわたって続くと少しづつ減っていきますが、万が一魔力切れになってもエンジンを切って置いてくだされば、魔力は3時間ほどで最大値まで回復します』
「……軽油不要とか、すげえエコなトラックになったな」
『……お褒めいただき光栄でございます』
ナビ画面の中のイスズが頬を染めつつ頭を下げる。
畜生、可愛いじゃねえか。
「ふむう。流石エルフ殿だな」
「そうね。妖精の膨大な……魔力と、シロウのハイテクノロジーな馬車の賜物、という事なのね」
イスズの説明に感心しきりのイングリットとジル。
「だが、いくらシロウの馬車が凄くても、食事など生活の糧を無から生み出せる訳ではあるまい? シロウは街に行ったらどうするのだ? こちらの通貨など持ってはいまい?」
「それなんだよなぁ……」
イングリットさんの指摘に思わず頭を抱える。
正直、それは昨日からずっと不安に思っていたことだ。
最終手段としては、イングリットさん達に泣いてすがってしばらく養って貰おうかとまで考えたんだが……
彼女らは彼女らで、どうもそんな余裕も無いみたいだし。
「まあ……仕事は追々探すとして……とりあえずは当面の生活費だよなぁ……塩が貴重だって言ってたから、売れないかな」
「んむ。確かにあれだけの塩があれば、安宿になら5日は泊まれるだろうが……正直我らも金銭面では力になれなくてな、心苦しいのだが……仕事を探すのであれば労働者の巣に行ってみたらどうだ?」
「労働者の巣?」
「あちこちから様々な仕事の依頼を受けて……斡旋をしているとこ、ろ」
あー……なるほど。異世界版ハローワークってところか。
「うむ、一言で言えばジルの行った通りだが……私達が所属している冒険者組合が主に対魔獣や盗賊討伐等を斡旋しているのに比べて、労働者の巣はより生活に密着した仕事を斡旋するところだ」
「家政婦、とか……町内清掃とか建設現場とか……薬草採集、運送、配達とかも……」
イングリットの言葉をジルが具体例を挙げて補足する。
「……運送。運送、ね」
「ああ、シロウの自走馬車があればまさに天職だと思わないか?」
「うん……一時的には良いだろうな……だが燃料は良いにしても、タイヤとか消耗部品が……」
「そういう事なら、ジルが得意だ。ジルは土系の魔術も使えるからな」
「……うん、土系魔法の『修理』……使えるから」
「『修理』は消耗品を新品にしたり出来る魔法でな。もし修理が必要になったらギルドを通していつでも言ってくれ。格安で請け負うぞ」
いや、金取るのかよ!
……まあ、あまり高くないならその方がこっちも気楽だけどな。
だが、これでトラックの補給と整備の目処が立った訳だ。
なら、イングリットの言うとおり労働者の巣とやらで運送業が無難か。
「ああ、多分まだ数ヶ月は大丈夫だと思うけど、その時は頼むよ」
「うん。任せて」
うん、なんとか生活の目処も立ってきたじゃないか!
俺は思わず安堵の息をつくと、ニナロウの街に向けて改めてアクセルを踏み込んだ……。
※
ニナロウの街は特に門番とか無く、出入りは自由のようだった。
遠くから見た印象の通り家々は大抵が石造りで、時たま木造やレンガ造りの物が立ち並んでいる。
街に入ってみると道は意外と広くトラックでも楽々と通行できる。
と言うのも、元々ニナロウの街は交通の要所で馬車等の往来が比較的多いからなんだそうだ。
「それで、ここが共同の集車場だ。この街に商いに来たり、配送に来たりした馬車を一時的に置いておける。基本的に公共の道路に3時間以上停めっぱなしにしておくとペナルティとして罰金を取られるからな、長期滞在でしばらく馬車を使わない時はここを利用するんだ」
イングリットの説明で、そのだだっ広いスペースを見渡すと、30台ほどの馬車が杭につながれている。
だが、それらは皆、馬のある馬車で、自走馬車と言われる物は無いとのことだった。
高価な自走馬車は大抵とんでもない金持ちか貴族しか所有していないので、自分の敷地内に厳重に保管するのだそうだ。
「で、商店街や食堂、宿などはここから歩いても大したことの無い距離だからな。街に繰り出すならここに自走馬車を置いていけばいい」
「……そうだな。いい加減腹も減ったし、いくらか現金を手にしないと動けないしな……勿体ないが予定通り塩を売って……」
『あるじさま、それでしたら普通に財布を持っていけばよろしいかと』
「いや、地球の金を持っていってもしょうが無いだろ?」
『いえ、地球の硬貨の中に、こちらでは貴金属扱いされる材質の物があるのです』
ぶうんと音がすると、ナビ画面からイスズが消え……代わりにある硬貨が一枚表示される。
『これが2~3枚あればそれなりの価値になるかと思います』
「え、いや、だって……これ!?」
『はい。どうぞわたくしを信用なさってください』
「いや、信用はしているけどな……分かった、持って行くよ」
『あと、そろそろ寒くなりそうですから上着を着ていった方が良いでしょう』
「え、そうかな?」
『はい。貨物室にある防寒作業服を羽織ったほうがいいいかと』
「ああ、あれね。裏地に蒸着加工してあるやつ」
『はい、それと――』
「ま、まだなにか」
『……私も連れて行ってください』
「……………え?」
いや、どうやってトラックの精を買い物に連れて行けと。
『ナビは取り外しできるようになっているはずです。それを持って行って頂ければ、私の分身を宿らせておくことが出来ますので、何かお役に立てるかと』
「あ、ああ、なるほど……んじゃナビもザックに入れとくか」
『恐縮です』
こうして俺はニナロウの街の商店街にイスズと共に繰り出したのだった。
※
「意外と活気があるな……人も多いし」
俺は商店街を、ナビの入ったザックに話しかけながら歩いていた。
イングリットとジルとは急ぐ用事があるとかで集車場で別れた。
なので、俺の様子は端から見れば1人で背負い袋に話しかけながら歩くちょっと寂しいヤツである。
『そうですね。私も人間の街はあまり知らないのですが、ここは活気がある方だと思います』
「イスズは……エルフはあまり人間の街とかには来ないんだ?」
『個体によるかと思いますが……私はあるじさまのイメージする亜人エルフよりは精霊に近いタイプの妖精でしたので』
「なるほどなぁ……っと……ここかな?」
俺が足を止めたのは「翼の生えた剣」のマークの看板が見えたからだ。
事前にイングリットにこれが冒険者協会の看板だと聞いていたのだ。
「お邪魔しますよ、と……」
がらんがらん、と扉の上に取り付けられた大きめのベルが来訪者を知らせる。
すると協会内部に居た極悪そうな(主観)男達がこちらをぎっと睨む。
うっわ、怖ぇ~柄悪ぅ~
びくびくしながら窓口へと向かう。
協会内部は四つほどの窓口カウンターと大きな掲示板があり、端の方にはジョッキの絵が描かれた看板と階段があった。
おそらく2階は酒場か食堂になっているのだろう。
俺はとりあえず「買い取り」と日本語で書かれた窓口へと向かう。
……なぜ日本語なんだろう。
言葉が通じることといい……昔にも俺みたいにトリップしてきた日本人がいて広めた、とか。
「はい、ここは買い取り窓口ですが何かご用でしょうか?」
窓口の前に突っ立って「買い取り」と書かれたプレートをじっと見ていたら受付のお姉さんがしびれを切らしたのか話しかけてきた。
「あ、ああ、スミマセン。えーと……遺跡から、なんかよく分からない硬貨を数枚見つけたので買い取ってもらえないかなぁ、と」
そう、今回俺がここに来たのは冒険者になるためではなく、買い取りのためだ。
日本の硬貨がこの世界で流通している訳は無く、ダンジョンやら遺跡やらから見つけたことにして売りさばいて資金にしようというのだ。
まあ、イスズの言葉を疑う訳じゃないが……金貨でもない小銭がどの程度で売れるのかあまり期待はしてないが。
「なるほど。では見せてもらえますか?」
「はい、これなんですけど……」
俺はポケットの財布から小銭を取り出すと、じゃらっと窓口に無造作に置いた。
百円玉が2枚、十円玉が4枚、五円玉が1枚、一円玉が8枚である。
「……見た事の無い硬貨ですね……でも共通語が掘られているからここ数百年以内の……素材……は……?」
どうやら漢字、又は数字は「共通語」らしい。
道理で読める訳だ。
「こっ……こ、こ、こ、……………これっ!!」
「え、どれ?」
急に挙動不審になった受付のお姉さんが指し示す硬貨を見ると……一円玉だ。
「これっ!! ルミニウム真銀製じゃないですかっ!!!」
「ルミニウム真銀……?」
受付のお姉さんの声が存外大きかったことから、ざわり、と周りにいた冒険者たちがざわめく。
いや、一円玉は単なるアルミ製で……ルミニウム何とかでは……ないんすけど……
『あるじさま、ですから高く売れると申し上げました……こちらの世界では一円玉の素材は超稀少な魔法金属。相応に買ってもらえるはずですよ』
イスズが小声でそう教えてくれる。
……なら、一枚1000円くらいにはなんのか?
「重さは……ちょうど1グラムですね……そ、それが8枚も!……ええと、ええと……」
受付のお姉さんは今にも倒れそうになって計算している。
なんかちょっと可愛いな。
「お、お待たせしました……この、ルミニウム真銀製の物以外はすべてまとめて銀貨1枚。ルミニウム真銀製の物は……1枚で白金貨5枚で……8枚で白金貨40枚ですね。それでいかがでしょう、か?」
いや、いかがとか言われても……銀貨とか白銀貨とか言われてもピンと来ないしな。
『あるじさま、大体食費を基準に比較すると、銅貨は100円相当、銀貨は1000円相当、金貨は1万円相当、白金貨は10万円相当です』
おお、なるほど分かりやすい……って……
一円玉が1枚50万円ってことかぁ!?
8枚で400万!
うっわ、一気に金銭問題解決したっぽいな。
「だ、ダメでしょうか……しょ、正直、考古学的価値は私では判断できなくて……無垢の金属としての価値なんですけど……」
「ああ、全然OK、それでお願いするよ……あ、白金貨は1枚だけ金貨に両替して渡してくれる?」
「は、はい、ええと……こちらです」
お姉さんが渡してくれた硬貨をそのまま、じゃらじゃらとザックの内ポケットに流し込む。
いくら何でもこの量は財布に入らんし。
こうして俺はほくほく顔で冒険者組合を後にしたのだった。
「……おい、行くぞ」
……数名の男達が俺の後を追うように冒険者組合を出たのにも気付かないまま。