閑話:守人達の賛歌
テミンのあの人達の視点です。
わっしの名はガォウ。
元々は流れ者でしたが、何年か前にテミン村に住み着きやした。
んー……まあ、テミン村、と言うか、その外れの木こり小屋ですがね。
わっしには狼人族の血が混じっているらしく、耳は長く毛に覆われてますし、犬歯もまるで牙のように尖ってやす。
んで、村の連中も気味悪がって腫れ物に触るように扱っているのが分かるんですな。
それでもわっしの生まれた隣国、ノヴェープよりは露骨な排斥が無い分マシってもんで。
わっしは今年で40……いくつだったか? まあそろそろ50になろうかって年ですが、まだまだ体は動きやすんで、あまり村人と接触しなくてすむ木こりで糊口を凌いでいたという訳でさ。
そんなわっしに転機が訪れたのは、テミンに新しい領主様が就任したって風の噂で聞こえてきた頃でやした。
わっしはその日も仕事に出るため斧と鋸の手入れを庭先でしていたんでさ。
「あなたが……ガォウさん、ですか?」
「うぉっ……なんでえ、嬢ちゃん!?」
わっしは狼人族の血を引いていますから、臭いや音なんかの人の気配には敏感なはずなんですが……この嬢ちゃんが庭先にやってきたのにまったく気が付きやせんでした。
まだ10代後半ってところでやしょう。
銀髪のえらく容姿の整った娘っこで、白いケープを纏い、銀色の身の丈ほどもある杖を持ってやした。
……するってぇと、この嬢ちゃんは魔術師って訳ですかね?
「村の人……から、聞いた。ガォウさんが村で一番腕っ節が強くて、目も耳も鼻もいいって」
「いやぁ……まあ……わっしは狼人族の血を引いていやすからねぇ。確かに鼻は効きますがね。それがどうしたんで?」
わっしは嬢ちゃんにそう答えながら、久しくかいてない冷や汗をかいてやした。
なにしろ、嬢ちゃんの身なりから少なくとも貴族か裕福な身分の人間と分かりやすし……ましてや魔術師様相手にヘタな態度は取れねぇですしねぇ。
「スカウト。領主の館の門番への就職勧誘」
「あ゛ぁ? 嬢ちゃん、大人をからかっちゃいけねぇよ。どこの世界に獣人との混じりもんを門番に雇うお貴族様が居るってんで?」
「テミン村の領主兼ニナロウ運輸社長兼私の旦那様のシロウ・センドー子爵。ちなみに場所を聞いているなら旧領主邸をそのまま使う予定」
「え、あ? 子爵様……で奥方様?」
なんてこった。この嬢ちゃんが新領主の奥方様だってのか。
確かに……身なりといいおかしくはねぇが……いや、しかし、そもそもお貴族様がこんな村はずれまで供も連れずにタダの木こりをスカウトに来るか!?
「……それなりにお給料も出すけれど、どう?」
「いやっ……どうって……いきなり言われても……本当に子爵様が?」
「……まあ普通は信じられないのは分かる。だから、とりあえず領主邸まで来て。返答はその後で」
嬢ちゃんのなまっちろい手が、わっしの毛深い腕をためらいもせずがしっと握ってくる。
……意外と力も強い。思わずふりほどこうとしたがびくともしやせんでした。
「千里の翼、起動。対象2名、目的地テミン村領主邸」
「うぉ!」
嬢ちゃんがなにやら唱えると、わっしたちの体はあっという間に光に包まれ……
あっという間に庭から消え去ったんでさ。
※
いま、わっしの前にはぴっかぴかの領主の館がそびえ立っていやす。
千里の翼ってのはたしか……特定の場所に一瞬にして移動する使い捨ての魔道具だったと思いやしたが……
金貨10枚かそこらはしたはずで。
そんなのを躊躇いもせず、わっしみたいなのを運ぶのに使うたぁ……
いやはや……お偉い様の考えていることはわかりやせん。
「確かに領主の館ですな……でも、なんか以前見た時よりもやたらと綺麗になっているように見えますが、気のせいですかね」
「うん。古ぼけてたから『修理』で直した。新婚夫婦の新居、だし」
……なんかとんでもないことをさらっと言いますな。この嬢ちゃ……ああ、奥方様。
普通『修理』は鍋や釜の比較的小物の修理をする魔法だと思いやしたが。
それを屋敷のサイズを修理しちまうたあ……とてつもねえ魔法使いってこってすなぁ。
「じゃ、こっちに来て。旦那様の所まで案内する」
すたすたと邸内に入っていく奥方様。
わっしも慌ててその背を追いかけやす。
そして通されたのは客間……ですかね。
部屋の正面で豪奢な椅子に浅く腰掛けているのが領主様、でしょうかね。
真っ黒な髪をした正直どこにでも居そうな男性でやすな。
そしてその少し手前には革張りの椅子が3脚用意されてあって、わっしの他に2名、すでにその椅子に座っておりやした。
ああ、なんか見覚えありますな。
1人は猫系獣人の血を引く若い女、ニアン。
もう1人は有翼族とのハーフの壮年の男でカーク。
どうやらテミン村の獣人の血を引く者達を全員集めたようで。
……はぁ、何とも物好きな領主様ですな。
「どうやら全員集まってくれたみたいかな? ご苦労様、ジル」
「これくらい何でも無い。……役に立てて嬉しい」
白い肌を朱に染めてはにかむ奥方様。いや、夫婦仲が良くてなによりで。
「で、まずは自己紹介と行こうか。俺……私はシロウ・センドー。一応子爵に任ぜられている。ジル――ああ、君たちをここに連れてきた彼女だが――に聞いたと思うけど……君たちをここに呼んだのは簡単に言えばスカウトなんだ」
「それは――聞きました。ちょっと信じられませんけど」
憮然とした表情でそう言ったのはニアンでやすな。
若いだけあって反骨精神旺盛のようで。
「衛兵が必要なら王都なりニナロウから雇えば良いのではないですか? わざわざ村内の田舎者――おまけに混じり者を採用しようとする理由が分かりません」
こっちはカークですな。
仮にも子爵様によういいますわ。
まあ、わっしらはどこに行っても厄介者扱いされることが多いですからな、大抵性格がねじくれちまうのは、しょうがないんでやすが。
「ん? 君たちをスカウトした理由? そうだな、端的に言えば――能力、かな。後、村内から採用した方が通勤に便利でしょ?」
わっしは――いや、わっし達は揃ってあんぐりと口を開けて絶句しちまいやした。
そんな理由で――いや、雇い主が貴族で無くて、雇われるのが混じり者でなきゃ当たり前の理由かもしれやせんが――お貴族様がわっしら混じり者を雇うたぁ……
「く、くふ。変わった御領主様ですね。ですが能力、と言われましても……私達はそうレベルが高い訳では有りませんよ。確かに村人の中では高い方でしょうが」
笑いをかみ殺しながら、そう言ったのはカークでやすな。
有翼族特有の鋭い目が値踏みをするように領主様を見つめていやす。
「へぇ。どんなもんかな? 『解析』掛けていいかい? ちょっと確認させて貰うよ?」
「へ、へぇ……それはもちろん構わないでやすが」
そんな事を一々領民に断るなんてまったく貴族様らしくないお人ですなぁ。
まあ好感は持てやすがね。
「ええ」
「好きにしたら?」
領主様はわっしら三人の了解を得ると、なにやら小さな箱を取り出して、それに声をかけやした。
「ん、じゃあイスズ?」
『はい、あるじさま』
そんな鈴の鳴るような涼やかな声がどこからか聞こえたかと思うと、領主様が手にした小箱から光が迸り――それが収まった頃には半透明の美女が領主様の隣にぷかぷかと浮いてやした。
い、一体何事でやすか!?
「……まさか」
「こ、これは……光の妖精様!? 噂は本当だったの!?」
ど、どうやら彼女は妖精様……ってことらしいですな。
長いこと生きてきやしたが、本物を見るのは初めてでやす……ありがてぇありがてぇ。
「おいおい、拝まなくていいよ。楽にしてくれ……と、イスズ、彼らのステータスを把握してくれるか」
『はい……では、「解析」……
ガォウ・フォレスト 総合レベル12
職業:樵
所持スキル
対植物系特効1.5倍
強靱
悪路走破
気配察知
超嗅覚
強聴覚
ニアン・ホワイト 総合レベル10
職業:狩人
所持スキル
対動物系特効1.5倍
気配察知
暗視
野生の勘
立体機動
隠形
カーク・クロウ 総合レベル11
職業:薬師
所持スキル
植物知識
植物鑑定
植物魔法
風魔法
超視覚
飛行
……獣人の血を引くせいか、皆様多数有効なスキルを所持しておりますね。レベルさえ上がれば非常に有能だと思います』
「うんうん、凄いね~俺のスキルは白兵戦向きじゃ無いから羨ましいよ」
「……領主様はどんなスキルをお持ちなので?」
「こっこらっ! カークっ! 不躾だよっ」
冷や汗をかきながらカークを諫めるニアン。
いや全くだ。命綱とも言えるスキルを……貴族が領民にそう簡単に教える訳がないでやす。
というか、無礼討ちとして命を奪われてもおかしくない質問だと分かっているんでやすかね?
「ははっ、構わないよ。うーんと、そうだなぁ……」
って、かまわないんかい!
いや、わっしが突っ込む所じゃないでやすが、このお人は本当に貴族らしくありやせんねぇ。
「そうだな、例えば……『車両操作習熟』『馬車加速』、『回転方向変換』『急加速』『運送業者アタック』『機械操作』『銃器習熟』『二節棍習熟』『超金属加工』『聖光浄化』『妖精の加護』……とか。まあ後10いくつかあるな」
って、一体いくつスキルを持っているんでやすか?
おまけに聞いた事の無いスキルばっかりでやすね。
「そ、それほどの数のスキル……御領主様は一体……レベルいくつで……」
唖然としたカークが無意識に領主様のレベルを聞いてやす。
まあ、これも普通なら貴族様にお聞きできるようなことじゃないんでやすが。
「うーん、この前やっと50超えたとこかな?」
「ごっ……50!?」
「そんなの……国に何人も居ないはず……」
「あー、ちなみに君たちを連れてきて貰ったジルや、もう1人の妻もレベル40を超えているよ。だからまあ、門番と言ってもそう硬く考えることは無い。大抵の事では私達に身の危険は無いからね」
……領主様、本当に何者なんでやすか。
そのレベルが本当なら俗に言う英雄レベルでやすが……
おまけに2人の奥方も40オーバーですかい。
そうなると確かにわっしらがどうこうできるレベルじゃねぇですな。
「それと勤務は三交代制。勤務の日の日中は門番小屋で来訪者の受付をして貰って……夜は門番小屋の仮眠室で仮眠して貰う事になる。で、勤務の翌日と翌々日は休暇。給料は月に金貨20枚。他に年2回のボーナスと2年に1回の定例昇級あり。危険手当もある。あ、あと産休はもちろん、有給も年40日ある」
ゆうきゅう、とかさんきゅう、とかよく分からん単語もありやすが……それを除いても、これが破格の雇用条件ってのはわかりやす。
まあ、わっしとしては断る理由もありやせんな。
「どうだろう。強制じゃないが、応じてくれれば有り難いな」
「へぇ、わっしは有り難く承らせて頂きやす」
「あ、あたしも……やってもいい、かなぁ」
えへへ……それだけあればウィルソン工房のバッグも……とか、ニアン、考えている事が口からダダ漏れでやすよ。
「……雇用条件はともかく……領主様、あなたは非常に興味深い。お側でお仕えするのも一興でしょう」
カークは相変わらず素直じゃないでやすなあ。
「ん、助かったよ。これでひとまず領主として格好もつくってね……それじゃあ早速、短期育成コースでいこうか?」
「は?」
「ええと……?」
「短期育成コース……で、やすか?」
「うん、一応子爵家の門番だからね。それなりの格好も付けないといけない。まあ、イスズの『鮮血の荒野、三泊四日強制レベルアップの旅』に同行して貰えば、さくっとレベル20位には上がるから……」
「い、いや、ちょっと! 鮮血の荒野って……デュラハンクラスのアンデッドがうようよ居る……立ち入り禁止区域……っ!」
「ま、まて、御領主。意味が分からん。我らに死ねと……!?」
「そうでやすよ。わっしらじゃ三日どころか一時間ももたねえでやすっ」
「はっはっは、大丈夫大丈夫……イスズ、3人を車内に転送」
『はい、あるじさま』
「「「ちょっとまてぇーーーーっ!!」」」
……と、まあ……わっしらの叫びもむなしく、わっしらは『鮮血の荒野、三泊四日強制レベルアップの旅』への強制参加を余儀なくされたんでやした。
まさかこの時は、わっしらが後々『獣王三将軍』なんて二つ名で呼ばれる事になるとは、思ってもみなかったんでやす……。
10年後、テミンがほとんど町の規模になった頃には、3人のレベルは30を超え……その武名は近隣諸国に響き渡っています。本人の意志とは無関係に(笑)




