光の婚姻
いや、お待たせいたしました。
構成に色々悩んでおりましたが、当初の予定通り中編でまとめ上げる予定で進めることにいたしました。
なので後1~2話で完結の予定でおります。
ルォードの実刑判決が確定した後、俺たちは改めて裁判所の待合室でジルの両親と面会した。
ジルの父親は銀髪をオールバックにした紳士で、母親は栗色の髪の美女だった。
両親の姿を認めたジルは涙を滲ませながら両親の胸の中へと飛び込んでいった。
そして号泣。
せっかくの美形一家が台無しになるほど、3人は人目もはばからず滂沱の涙で再会を祝したのだった。
それはもう……イングリットのみならず、俺もつい貰い泣きしてしまう光景だった。
それで、俺は改めてジル達に両親の元へと戻る事を勧めたのだが、ジル達はきっぱりとこれを拒否。
曰く、
「……もしも戸籍が復活したとして、今更出戻っても2~3年もすればどうせどこかの貴族に嫁に行く事になる。それなら……シロウに貰って欲しい……」
「今更あたし達を棄てようってのかい? それは無いだろう。ここまで惚れさせたんだ、責任取って貰って貰わなくちゃねぇ」
との事で……いや、なんというか……エコー夫妻もなんかニヨニヨとした目で「娘達をよろしくお願いします」とか言って頭を下げてくるし。
「い、いやいや、こっちは爵位も無いただの一般人なんですが……それはいいんですか?」
「構いません、いやむしろあなたならヘタな貴族に嫁がせるより娘も幸せになれるでしょう。まさか光の妖精様をも使役できる方だとは思ってもみませんでしたが……」
「本当に。娘もその気のようですし、貰って頂ければ有り難いですわ」
「うむ、それでももし気になるというのなら……そなたに爵位を与えれば万事解決というものだな!」
「だぁっ! おっさんいつの間に!」
爵位云々……といきなり話に入ってきたオッサンは真っ赤なビロードのマントをなびかせたロマンスグレーのナイスガイ(死語)
いつの間にやら待合室に入ってきていたらしい。
なにやら厳めしい騎士数人を引き連れてのご登場だ。
「お、おっさ……無礼な! 言葉を改めよ!! こちらのお方は」
「へ、陛下!」
「なぜこのようなところに!」
腰の剣に手を掛けた騎士を遮り、エコー夫妻がロマンスグレーのナイスガイの前に片膝を突き頭を垂れる。
え、陛下?
って、もしかしてこの国の王様って事?
……とりあえず偉そうな人には違いなさそうなので、エコー夫妻に習って頭を垂れる。
やべぇ、オッサンとか言っちゃったよ。
「ああ、気にするな。今日は非公式の視察だ。その程度のことで咎めはせぬよ……お前達も剣を引け」
お付きの騎士にそう指示をして俺にニカッと笑いかけるオッサ……国王陛下。
どうやら冷や汗をかきつつ国王陛下の様子を窺っていたのがばれてたらしい。
「で、な? 先ほども言った通り、シロウ殿に爵位を授けようと思うのだが」
「い、いえ、俺には荷が重いというか……恐れ多いというか」
「そ、そうですぞ陛下! 貴族の血も引いていない一冒険者ごときにいきなり爵位を授けるなど」
なんか騎士の中でも特に偉そうな兜に羽根飾りの付いたおっちゃんが、慌てたように国王陛下に進言する。
おお、いいぞーその通りだ。
「……騎士団長よ。彼の者は貴族子弟のレベルの底上げに多大な貢献が有り、高位貴族の凶悪犯罪を暴き、国民の3割以上が信仰する光の妖精様の加護を受け、いまだ見た事の無いアーティファクトの自走馬車を乗りこなす凄腕の冒険者兼光の大魔導師だぞ? これだけの人材を他国に取られる訳にはイカンだろう……まあ、色々小細工して強引に国に従属させようかとも考えたが、光の妖精様の不興を買うのは好ましくないしなぁ。それならばこういう形で身内に引き込むのが一番良いだろう?」
「は、ははっ! 陛下の深謀遠慮、まさしくその通りであります! 私が浅はかでありました!」
……って、あっさり論破されるな! 粘れよ騎士団長のおっちゃん!
「それに死んだことになっていたエコー家のジルコニアも……元の身分を復活させる形での貴族復帰は難しいが、シロウ殿に嫁入る形での貴族位の復帰なら問題あるまいしの」
「……陛下っ」
「ご配慮痛み入ります」
感涙にむせぶジル父と、よよよ、と泣き崩れるジル母。
はっきり言ってここで断ったり出来る雰囲気では無い。
「はっはっは、そう心配するな。お主に任せるのはニナロウ近郊の小さな村だ。運営や納税の手続きも専門の係官が行っておるしな、何も領地運営せよとまでは言わん。お主は今まで通り好きにやっておればよい……ただ、まあ……時折村の行事などの際には村民達に顔を見せておけばよいわ」
って、すでにそこまで話が進んでるのかよ。
……自走馬車の件を知っていた事といい、どうやらだいぶ前から目を付けられていたみたいだなぁ。
迂闊だった……。
まあ、兎に角。
――かくして、王国に新たな貴族――シロウ・センドー子爵が誕生したのであった。
※
二ヶ月後、王宮のホールにて俺とジルとイングリットの合同結婚式はそれはそれは盛大に執り行われた。
……俺はどちらかというとひっそりと式を挙げたかったんだがな。ジミ婚派なので。
しかしまあ、国王陛下の肝いりで新しく貴族となった俺の結婚式はある程度派手にやらなければ面目も立たないそうで……白金貨にして200枚ほど掛かった。
日本円にして約2千万ってところか。
何しろ招待客が多いのだ。
見知らぬ貴族がうようよと居る。
メインの招待客が貴族だから適当な料理も出せないしなぁ。
まあ、ジュノーとルォードの財産から全額では無いにしろ、白金貨900枚ほど返して貰ったし、祝いの品も招待客から結構届いているので金銭的には問題は無い。
それに真紅のウェディングドレスのイングリットと、パールピンクのウェディングドレスのジルは本当に綺麗で……それだけでも金を掛けた甲斐はあったというものだ。
さらに、その式には異例ではあるが、陛下がサプライズゲストとしてご出席なされてスピーチをしてくださった。
言ってみれば小村の村長の結婚式に国家元首が出席するようなものだ。
異例も異例、俺の結婚式に来ていた小身貴族達はパニックになりかけたほどだ。
まあ、陛下にしてみればそれほど俺を重要視しているんですよ、余計なちょっかいを出せばただじゃすみませんよ、と貴族連中に暗に釘を刺しに来たのだろう……などと考えていると。
視界の隅に妙な者達を発見した。
……なんじゃありゃ。
ホールの隅っこに数人の男達が土下座の格好で固まっている。
一体何事かと近付いてみると、
「お、王様だべ、王様がいらっしゃっただ」
「お、おっ父、おらびっくりしてまじまじと見ちまっただ」
「ばっ、ばかもんっ! 何してるだ、危うく無礼討ちにされるとこだっただよ!」
「す、すまねぇだ……それにしても新しい御領主様は王様と親しいんだべか」
「んだ、ずいぶんとふれんどりぃに話しかけてただ」
「……てことは、今度の御領主様はえれぇお方なんだべな」
「んだなぁ……まったくえれぇお人がいらっしゃることになったもんだべ」
あー……そう言えば村の代表として村長他数名も末席に招待したんだっけ。
それにしてもこのまま彼らを土下座したままさせておくのも外聞が悪いな……声を掛けておくか。
「ん、シロウどこへ行くのだ?」
「旦那様、新妻を放っていくの、良くない」
おっと、イングリットとジルに捕まってしまった。
しょうが無い、どうせ顔見せしなきゃならんのだし連れて行くか。
「いや、賜った領地の代表者が来ていたので挨拶にね……一緒に行く?」
「そうか、それは確かに領主として必要なことだな……り、領主のつ、つつ……妻として同行するべきだな、うん」
「……被支配者層との円滑なコミュケーションは大事、だって……父様も言ってた。……一緒に行く」
妻という単語に反応して真っ赤になるイングリットと俺の服の端をぎゅっと握りしめているジル。
あー、もう、可愛いな俺の嫁達はっ!
「そうか、じゃ一緒に行こうか。せっかくの招待客をあのまま土下座させておく訳にもいかないしね」
すっとイングリットとジルに両肘を差しだし腕を組む。
右腕にジル、左腕にイングリットだ。
ここ一ヶ月の貴族礼儀作法特訓でこれくらいは自然に出来るようになった。
2人をエスコートしてテミン村のオッサン(おそらく村長とその息子達だろう)の近くに行くと、まだ一行は土下座をしたままだった。
「あー……テミン村の代表の方かな? そんなところに畏まっていないで、料理でも食べてゆっくりしていって下さいね。ほら、もう陛下も御退出なされましたし」
場違いに偉い人が居ると緊張して宴も楽しめないよね。分かる分かる。
剛田工務店に勤務していた頃、特に取引先との接待の席なんかじゃ胃が痛くなってロクに食べられなかった覚えがある。
あ、ちなみにテミン村、と言うのが俺が賜った領地だ。
ニナロウ近郊に位置する人口500人に満たない小村。
「へ、へぇ、申し訳ねぇこってす……って、領主様だかっ!?」
「ええ、新しくテミン村の領主に任じられたシロウ・センドウです。村長さんですよね? 今日はわざわざご足労ありがとうございます。食べ放題の立食パーティ形式ですから、どうかゆっくりしていって下さい」
「へ、へぇ、勿体ないこってす……お隣のお二方が奥方様だか……おめでとうございますだ」
「ああ、ありがとう。主人共々よろしくお願いするよ」
「ん。よろしく」
お互いに挨拶を交わす村長と妻達。
しかし村長の息子達は、いまだ挨拶もせず莫迦みたいにぼーっイングリット達を見つめたままだ。
「おっ父……はぁ……奥方様方、まるで天女様みてぇだなや……」
「ん、あんにゃの言うとおりだぁ……まるで火の精霊様に月の精霊様だぁ」
「ふふ、お上手だな」
「ん。旦那様もこれくらいストレートに言ってくれると良いと思う」
「ば、バカモン、御領主様の奥方様に不躾だ、お前達」
慌てて息子達を諫めようとする村長。
その息子達はすっかりイングリットとジルのウェディングドレス姿に魅了された様子で、中々正気に返らない。
……状態異常『魅了』LV2相当てところか。うむ、日頃見慣れている俺でも今日の2人は強烈だからな。宜なるかな。
『あるじさま、そろそろ例のイベントの予定のお時間ですが』
と、胸の内ポケットに入っているナビからイスズが声を掛けてきた。
「おっと、もうそんな時間か。じゃあそろそろ準備に入らないとな」
例のイベント、というのは貴族達に余計なちょっかいを出されないように、国王様の出席に加えて更にだめ押しをしようってことで立案されたものだ。
「それじゃあ俺たちは失礼するけど、途中で帰らず最後まで残っていてくださいね。面白い物が見られるかも」
「へ、へぇ……?」
なんのことやら、ときょとんとした村長一行を残して、俺達はホールのステージに移動した。
「さて、皆様!」
ステージ上から来場客に呼びかける。
そもそも俺自身が子爵という下級貴族の身分なので、基本的には上級貴族は招待客には居ない。
だが、俺の噂を聞いて公爵や侯爵の子飼いの者も紛れ込んでいるそうなので、今日ここで起こったことは即座に彼らへも伝わるだろう……好都合だ。
「本日は私たちの婚儀のお披露目に足をお運び下さり、誠に光栄に存じます。そこで、私達から皆様へお礼の意味も込めまして、一つ余興をご披露したいと思います」
ざわざわとざわめく招待客達。
普通、主賓たる新郎新婦が自ら余興などする事は無いのだから当然と言えば当然だ。
「ふう……余興とはね。やはり一民間人を貴族になどするものでは無いと言う事か」
「いやいや、陛下の肝いりの彼らだ。多少下品でもそのようなことは口にするものではないよ」
「まあ、何を見せてくれるのか拝見するとしようじゃないか」
露骨にこちらに聞こえるように嫌みを話す一部の貴族達を無視して、俺は内ポケットのナビに小声で話しかける。
「イスズ、一つ派手に頼むよ」
『了解しました、あるじさま』
途端にホール一杯にまぶしいほどの光が溢れ、乱舞する。
まるでミラーボールにいくつものレーザーを全方向から当てたかのようだ。
「うぉ! なんだこれはっ!!」
「まぶしい! 何が起こっている!?」
数秒ほどホール中を席巻した光はやがて徐々に収まり、ステージの――俺の頭上へと集まっていく。
そしてそれは徐々に1人の極めて美しい成人女性の姿をかたどっていった。
空にたゆたう黄金の髪、そしてそこから飛び出すとがった耳、神性をも感じさせる煌めく美貌、スレンダーながら女性らしい曲線を描く肢体……一糸も纏わぬながらも、その体は内から光を放ち神々しさを纏っている。
言わずと知れたイスズの顕現だ。
……ただ、今回は思いっきり派手に神々しくやってくれと言い含めてある。
光を司るイスズにしてみれば、映像加工や光による演出などはお手の物なのだ。
「あ、あれは……」
「ま、まさか光の……」
「莫迦な、噂は本当だったと……?」
「ひ、光の妖精様?」
先ほどまでとは別の意味で再びざわめく招待客達。
『お呼びでしょうか、あるじさま』
出現したイスズは俺の足下に膝を付き、俺の上着の裾を手にとって口付けを落とす。
いや、そこまでやれとは言ってないけども。
両脇の妻達の視線が痛い。
「あ、ああ、実はな、ここに集まった者達は私の婚礼を祝いに来てくれた者達だ。それに報いたいと思ってな……お前の祝福を授けてやってくれ」
『造作もありません……あるじさまの御為ならば』
イスズが後ろを――招待客の方を振り返り、さっと右腕を掲げると、虹色の光で出来た蝶が無数に会場を飛び交い始める。
「おおお……」
「なんと美しい」
「まさしく……まさしく光の妖精様の御業」
『彼の者達に光の祝福を――』
光の蝶に招待客が目を奪われているうちにイスズの魔法が完成する。
光の蝶は一瞬にして砕け、キラキラと輝きながら会場へと降り注ぐ。
「さて、光の妖精の祝福はいかがでしたでしょうか? もしお体に不調のある方が居れば症状が軽くなったりはしておりませんか?」
光が完全に消え去って、招待客等がその余韻に浸っているのを確認してからそう切り出してみる。
するとやがて驚嘆の声があちこちで上がり始めた。
「こっ……これはっ! 長年の腰痛が……治っておる!」
「老眼も……見える、よう見えるぞ!!」
「な、何かお肌もつるつるになってますわ!」
「気力が充実しておる……今夜はがんばれそうじゃ!」
「おっ、お通じがっ! 一週間ぶりのお通じが!」
そこかしこで大きくなっていく驚きと喜びの声。
光魔法の上級呪文、『光の祝福』は、回復魔法では治りにくい慢性的な疾患(神経痛、近眼、老眼、腰痛、肩こり)に劇的な効果を発揮する。最も回復効果は副次的なもので、本当の効果はほんのちょっとだけ『幸運』が来やすくなる、というもの。
最もこれだけの人数に一度に掛けられたのは、ナビを通してイスズの本体と繋がっているからなのだが。
「さて、我が光の妖精の祝福はいかがでしたでしょうか。今回は人も多く、これほどの大がかりな祝福をさせるのには骨が折れましたが……皆様の祝福は一ヶ月は持つはずでございます。また、親しくさせて頂いた方には、いずれ再びこのような機会も設けることが出来ましょう」
暗に俺と対立するようなことがあれば二度と掛けてやらん、と言っている訳だ。
このレベルの光魔法を行使できる魔導師や召喚術師は国内や隣国にも居ないことは確認している。
迂闊に他国を訪問することが出来ない貴族にとっては、今後もこの祝福を受けたければ、どうしたって俺に頼るしか無いのだ。
たかが腰痛、老眼、お肌の張りと思うなかれ、彼らは今まで大抵のことが叶えられてきた特権階級の人間達だ。
一度健常な体の快適さを思い出してしまったら我慢など出来る訳が無い。
……かくして、俺は貴族界に一挙に数多くの後援者を持つことになったのだった。
この後、史郎達は祝福希望者が殺到したため、一月に30人まで、という制限をつけて祝福を掛けています。
その30人はイスズが気に入った者、(=シロウに友好的な者)と言う事にしていますので、イスズに気に入られようとシロウの屋敷には毎月祝福の日が近付くと山のような贈り物が付け届けられるように……(笑)