露と消える
時間が空いてしまい申し訳ありません。
今回は裁判話なので会話メインです。
今回のものはファンタジーでかなりアバウトな……中世程度のレベルの裁判、と思って頂ければ……いや、もっと適当か……?
10日後、ゼィンさんの持って来た召喚状の通りに裁判所に出頭した俺たちは証人席に座らされ、裁判の行方を見守っていた。
それで分かったのは……この世界の裁判が存外前時代的だと言う事。
この世界の裁判は俺たちがもといた地球と比べて指紋もDNAも判別できない。
つまり科学捜査が発達していない訳で……裁判の結果は裁判官達の印象が大きくかかわってくるらしい。
それならそれで、封じの首輪で嘘を封じれば、さくさくと調べも進みそうなものだが……まだ結審前の被疑者には人権の問題で強制的に着けさせることは出来ないのだそうだ。
……剣と魔法の世界なんだから、封じの首輪以外にも読心の魔法くらいあっても良さそうなものだが、存在していないそうだし。
結果、権力者などの横槍で容易に裁判結果が左右されたりする……中世の魔女裁判とまではいかないが、到底公平とは言えない代物だった。
「あの時は恥ずかしながら執心していた奴隷を競り落とされましてな……つい、興奮してありもしないことを叫んでしまったのですよ。ですから、私が貴族の奴隷売買に係わっていたというのは全くの濡れ衣なのであります」
「ジュノーはすでに、ルォード氏と結託して貴族の子女を奴隷として売りさばいていたことを自供しているが……それについてはいかがか?」
「新しい魔法契約の用紙を作っていたことは認めましょう。しかしそれはあくまで研究のため。外部に出す気は無かったのですが、どうやら屋敷の使用人が金で買収され外部に持ち出した様ですな。ジュノー氏とは個人的に面識がありますが、まさかそのような愚行に走るとは……」
「……その使用人とやらは?」
「もちろん、こちらで即断罪しましたとも。貴族邸内での犯罪行為は当主たる者の一存で裁けますからな」
「……確かにそうですが、事はただの窃盗には収まらず、詐欺及び不当な人身売買にも係わってきます。別の犯罪に係わっていることが明らかな場合については捜査機関に引き渡すことになっているはずですが」
「……ふむ、それについては私の不徳のいたすところですな。それについての咎は甘んじて受けましょう。ですが……」
「……あくまでジュノー氏の一存だと?」
「そういう事ですな」
ちょっと聞いただけでも突っ込みどころ満載の検事とルォードのやりとりだが、ルォード側の立会人達は納得したかのようにウンウンと頷いている。
「ふむ、確かにそれであればルォード氏が係わっていたとは必ずしも言えませんな」
「まさしく。むしろ彼は被害者でありましょう」
「そもそも彼は我が魔導局のゴーレム開発部門において多大な貢献をしている。そのような下劣な犯罪に手を染めるはずが無いのだ」
どうやら流れ的にジュノーにすべての罪をなすりつけてしまおうって感じみたいだ。
「それでは証人のシロウ殿一行をゴーレムで襲った件についてはどうなのだ?」
「それも誤解ですな。そもそも私はジュノーに口封じのために攫われておったのです。ですが、そこの下民がジュノーの馬車を裕福な商人の物とみて襲ってきたのでな。自衛のために仕方なくゴーレムを起動したのです……冒険者が強盗のまねごととは、世も末ですな」
「なっ! デタラメを!」
「よくもそんな事を……!」
「証人は静粛に!」
ルォードのあまりと言えばあまりな言い訳に、思わず声を上げてしまうイングリットとジル。
「……シロウ殿の報告とまったく真逆な報告だな。そもそもジュノーに攫われたというのであれば、そうそう都合良くゴーレムの準備などしてはおらぬだろう?」
裁判長から鋭い質問がルォードに飛ぶ。
うん、少なくとも裁判長は中立の立場みたいだ……よかった。
「……それは……詳細は言えませぬが、ゴーレムを一々連れ歩かなくてもその場で召喚して使役する方法を編み出したのです。いまだ研究中ではありますが」
「すばらしい!」
「流石ルォード殿だ……この逸材を冤罪などで失わせるのはまさしく愚行という物ですぞ、裁判長!」
「魔導局の天才と言われ、宮廷魔術師に抜擢されただけのことはある……裁判長、その研究は国のためにも秘匿されるべき物だ。証拠として公開しろ、等とはよもや言うまいな?」
いや、詳細は言えないって……あきらかにこの場での言い逃れだろうが。
ルォード側の立会人や聴衆からは露骨にルォードを援護するヤジが飛んでいるが、裁判長はそれを諫めるそぶりが無い。
ただ、不本意そうに表情をゆがめているだけだ。
「……静粛に。まだ審議の途中です」
しばらくして、やっと裁判長がため息混じりに彼らを諫める。
「……今、盛んにルォードを援護するヤジを飛ばして……いた、のは……魔導局の中でも、高位貴族の者達です」
その様子を見て、ジルがそっと俺に寄り添って、そう囁く。
……なるほどね。だからあまり強くは言えない訳ね。
「それでは次に証人の証言を聞こう」
おっと、やっとこっちの番か。
「シロウ殿、被告側の申し立ては聞いておったと思うが、いかがか?」
どうやら裁判長は根は公正に審議してくれる人のようだが、貴族の圧力も無視できないって感じの立場らしいな。
ならばそのバランスを傾け、裁判長の背中を押せるほどの確たる証拠を差し出せば……いけそうだ。
「はい。お手元に提出した報告の通りです。私は恩人たるイングリットとジルが奴隷として出品されると聞き、何とかして助けたいと奴隷市にて2人を落札いたしました。その際、2人を私と競っていたルォード氏が突然惑乱して私に攻撃魔法を撃ち込んできたのはご承知のことかと思いますが……」
「うむ、その辺りは目撃者多数によって間違いない部分だの」
「……2人を引き取って事情を聞いたところ、ジュノーに不正な契約書で騙され奴隷にされたことが分かりまして」
「嘘を申すな! 奴隷は引き渡し時に前所有者の不利になることを喋ることを封じられているはずだ!! これだから下民は信用ならんと言うのだ。そもそも……」
俺の証言を途中から遮って喋り出すルォード。
今は証人の証言の場なんだがな。
「被告人は静粛に! ……証人はどうやって被害者の身の上を知ったのだね?」
「はい、私には光属性の魔法を行使する仲間がおりまして……ジル、イングリット」
俺は二人の方を振り返り、手振りで2人にマントを脱ぐよう指示する。
法廷は石造りの上、広くて暖房が効きにくく底冷えがすると聞き、防寒用に2人に買い与えた物だ。
お揃いの白い絹製のマントを2人が脱ぐと2人の首筋があらわになる。
「……なんと、誠に封じの首輪が外れておるな……」
「アレを外すには光の大神官クラスの……」
「あの者が光の大魔導師という噂は誠だったのか」
しげしげと多数の視線に見つめられ恥ずかしげに頬を染める2人。
「あの……もういいかい?」
「少し、恥ずか、しい」
「お、おお、これは妙齢の女性に失礼した。もちろん良いとも。封じの首輪が外れていることは確認できましたからな」
2人は裁判長の許可を得て再びマントを羽織る。
「さて……被告人はこれでもまだ冤罪だと?」
「くっ……もちろんだ!! そもそもその2人はその男の奴隷だったのではないか!! その男に有利な証言をするのは当たり前だ! 首輪を外す前にいくらでも調教できただろうからな! 所詮女よ、男に媚びることしか出来……」
「黙れ!! む、娘にそれ以上の侮辱は許さん!!」
止まることの無いルォードの暴言を聴衆からの言葉が遮る。
上品な銀髪の紳士と栗色の髪の婦人だ。
「お、とうさん、お母さん……」
「旦那様……」
どうやらジルのご両親らしい。
ジルの瞳が涙に滲む。
まあ、関係者だからな。むしろ来ていて不思議は無い。だが……
「黙れとはなんだ! 下級貴族風情が!」
「黙れ黙れ黙れ! 今は貴様こそただの犯罪者だろうが! 貴様達のせいで……」
「あなた、落ち着いて」
「貴族の地位など冤罪が晴れればなんとでもなるわ! その時には覚えておれ、一族郎党……」
「静粛に! 静粛に!」
予想通り法廷は一層混乱に拍車が掛かってしまった。
裁判長が大声を張り上げ、場を静めるのにおよそ10分を要した。
ゼイゼイと息を荒げている裁判長に俺は手を上げて発言を求める。
「裁判長、私の知り合いが決定的な証拠を提出したい、と言っているのですが」
「ぜいぜい……あ、新たな証拠ですと?」
「はい、この場に呼んでいいでしょうか」
「ほう、近くに来ているのかね」
「呼べばすぐに」
「ふむ……許可しよう。呼びなさい」
「ありがとうございます。では……」
裁判長もこの混沌とした裁判に嫌気が差していたのか、思ったよりあっさりと許可が下りる。
それではと、俺は懐からナビを取り出して目の前に掲げた。
「イスズ、出番だ」
『はい、あるじさま』
ぶうん、とナビが起動し、光が画面から溢れる。
そしてその光は、まるで3D画像のように空中に美しい女性の姿を結実させた。
黄金の長髪、とがった耳、怜悧な美貌……いつも画面で見ているイスズの姿である。
「ひ、これはっ……!?」
「空中に人がっ……」
「なんと美しい……人とは思えぬ」
途端にざわめき出す聴衆。だがその中に一部青い顔をして黙り込んでしまう者達もいた。
先ほどまで好き勝手言っていた魔導局の関係者と思われる貴族達である。
ヘタに魔導の才を持っている分、イスズの尋常じゃ無い魔力に当てられてしまったらしい。
「あなっ……あなた様は……もしや」
……あれ、裁判長もなんか感じてるっぽい。
裁判長も魔導師の端くれなのか。
『わたくしは光の妖精のイスズ。あるじさまの命を受け、まかりこしました』
「おおお、やはり! こ、この年になって光の妖精様を目の前に出来るとは……! ありがたやありがたや……」
机の上に肘を突いて両手を組み、イスズに祈りを捧げ始める裁判長。
あれ? この世界のエルフって信仰対象なの?
「エルフはその膨大な魔力から一部では神聖視されたりしてるんだ。ましてや光属性のエルフはね……あたし達冒険者は……レアで強力な妖精って認識の者が大多数だけど」
俺が疑問に思ったのを表情で察したのか、イングリットが説明してくれる。
なるほどなぁ。これは予想外の幸運だな。
『裁判長様……』
「は、はひっ!」
イスズに直に声を掛けられた裁判長が、裏声になりながら平伏する。
『わたくしはあるじさま――シロウ様と行動を共にしており、シロウ様がゴーレムに襲われた際もその場面を見ております。それでも何かお疑いでしょうか』
「いえっ! 滅相も無いっ! ただ、いろいろと、その……」
「そっ……その者は証人のことをあるじと呼んだぞ! 召喚契約した妖精など信用できるものか!」
相変わらず証人の言を無視して割り込んでくるルォード。
……こいつはもう、法廷の基本的なルールを分かっていないのではないかとも思えるな。
「と、まあ……あのようなことを申す者がおりまして……私はもちろん光の妖精様をお疑いなどはしていないのですが」
『……なるほど。ならばいっそ、その者が犯罪を認めていれば……この茶番も終わるのではないですか?』
「は、いや、まあ……それはそうですが」
『あるじさまの偉大なるアーティファクトを依り代にすることによって、私は『時の一部を止め保存する』力を得ました……それをこれから披露しましょう』
「おお……まさかそのようなお力が」
『ファイル名、ルォードの自白……選択。ロード』
イスズがそう唱えると、空中にナビ画面が投影され、一つの音声ファイルが選択される。
本来は外部から取り込んだWAVファイルやMP3ファイルをカーステレオに流すための機能だ。
空中のナビ画面に音楽プレイヤーが表示され、音程の波形が表示される。
『聞いた事ねえな、魔術を行使するゴーレムなんて』
『さもあラん、貴様ごとき下郎が理解できないのも無理はなイが、3属性を使えるほどノ魔術師を核にして生体部品で組み上げレば……俺であれば不可能では無いのダ』
『そりゃたいしたもんだが、そもそも貴族であるジルを部品に使うってのが無理があるだろう』
『だからコそ! だかラこそだ、特製の魔法契約用紙を作り上げ、ジュノーなドという薄汚い奴隷商人とまで手を組んでジルコニアを奴隷に落とシたというのに……』
『特製の魔法契約用紙? それがあれば貴族でさえ奴隷に落とせるとでも言うのかよ?』
『当然だ! 俺の作った魔法契約用紙さえアれば、いくらでも貴族を奴隷に落とすことが出来ル。俺の作る生体人形の材料ニ下民の汚れた血肉を使う訳にはいかんカらなァ!』
『て、ことはやっぱり一連の……貴族の令嬢が奴隷として流れた件は……』
『美しいだろう? コのキリングドール12号だけでも4人ほどノ貴族の血肉が必要だっタのだ……最高のゴーレムには最高の材料が必要だからナ! くははははハははっ!』
しん……と静まりかえった法廷。
思った以上に下劣な内容に絶句しているのだろう。
ジルの両親も顔を真っ青にしている。
「これは……まさしく被告人の声。まさかこれほどの……光の妖精様、今の内容に間違いはありませんな?」
『……『誓約』いたします。今ここで再生したのは我があるじシロウ様がルォードのゴーレムに襲われた際の音声を保存、再生したものです。そこに一切の偽りはありません』
「光の妖精たる御身が、せ、誓約までしてくださるか……ならばこれにて結審したも同然……」
「ま、まて! 待ってくれ!」
汗をだらだらと流しながら声を上げるルォード。
そのルォードに対し、裁判長は冷たい一瞥を向けた。
「何かな? 魔導師たるそなたは分かっているはずだ。妖精種が誓約の名の下に話したことには嘘をつけないと言う事を」
「し、しかし……損失だぞ! この俺を……ゴーレムマスターたるこの俺を罰しては国の……」
「判決を言い渡す!!」
裁判長はルォードの言葉を途中で切って、結審の言葉に入る。
「被告、ルォード・ガナリーは自らの研究と欲のため違法な魔法契約用紙を作成、奴隷商ジュノー・コバンと結託し、魔導の才のある貴族子女を多数奴隷に落とし、後に殺害。ゴーレムの素材とするなど悪逆非道の限りを尽くした。これは当人のこれまでの功績を鑑みても到底許されるものではない。よって……その心臓を魔石加工の上、オークションに掛け、被害者等の救済に充てるものとする!! 連れて行け!」
この、心臓を魔石加工ってのは刑罰の一種で……本来魔物で無い人間は死んでも魔石を残さないのであるが、特殊な加工を施してから命を落とした魔術師や魔導師は、その心臓を魔石に変える。
それも生前の魔術師としての能力に応じて高純度な魔石へと変わるのだ。
しかもこの魔石、その魔力が枯渇するまで生前の意識が残っているとされ、魔術師達にとっては死よりも恐れられている最大の刑罰らしい。
「い、いやだ! やめろ……触るなぁ!!」
「く、この、暴れるな!」
「この外道が……大人しく石になりやがれ!」
最後の抵抗とばかりに暴れるルォードを、3人の兵士が押さえつける。
「いやだ……いっそ……いっそ殺せぇぇぇぇぇっ!!!」
兵士達に引きずられ、獄に戻るルォードの声が、長く長く法廷に響き渡る。
そして三日後。
貴族の起こした事件としては異例の早さで、ルォードの魔石化の刑が執り行われた。
ちなみに同日、ジュノーも斬首となり刑場の露と消えたという……。
ちなみにナビ自体に録音機能はありませんので、イスズが外部の音を取り込み、直接記録媒体にWAVファイルとして書き込んでおります。