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魔獣観光

おそらく今年最後の投稿です。

今年一年、応援、ご感想、メッセージなどありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

 貴族院内部監査官ゼィン・ニガッタと名乗った来訪者からイヤな忠告を受けた後、俺とイングリット、ジルの3人は1時間ほど事情聴取を受けた。

 どうやら忠告、というよりもこっちの事情聴取の方が本題だったらしい。

 本来なら、事情聴取はあの奴隷市の日に受けていたはずだったのだが、俺たちがすぐ帰ってしまったために遅くなってしまったのだという。


「いや、なにしろ……あの市に来ていた方々はそれなりに街の名士達がほとんどなのでね。シロウ殿のこともすぐ分かるかと思ったら誰も見た事が無い、と仰る……おまけに宿を取らず馬車の中で寝起きしているとも思わなかったのでね……」


 まあ、それは確かに。と妙に納得してしまった。

 ちょっと良い一軒家でも白金貨100枚もあれば土地付きで買えるとのことだから……

 あれだけ高額の奴隷を2人も買っておいて実は家がありません、なんてのは思わないだろう。


「実はここ最近、若く美しい娘が居る下級貴族が何人も破産しておりましてね。奴隷として娘達が市場に流れているんですわ」

「それって、まさか……」

「ええ、それに関して調べたところ、コバン商会やその息の掛かったところからの出品が多くありましてな、内偵を進めておったのですわ。今回伺ったお話で確信しましたよ」

「まさか私達の他にも、貴族を騙して奴隷として売りさばいていた、なんて……」


 ジルが沈痛な表情で呟く。


「……まあ、下世話な話ですが。高貴な血筋の少女を自分の思うさまに嬲りたい、という需要は結構あるようですな。調べた限りではどの子も相当高額で落札されていましたよ……あー……ところで」

「なんでしょう?」

「……そちらのお二人は……『封じの首輪』はどうされたので?」


 ゼィンさんがさっきからちらちらとイングリットとジルを見ていたのはそういう事か。


「シロウに、取って貰った」

ご主人様(シロウ)に外して頂いたのですわ♪」


 そう言いながら両側から俺にしなだれかかってくるイングリットとジル。

 特にイングリット、ご主人様ってなんだ。

 さっきまでシロウって呼び捨てだったくせに。

 そしてその二つのやらかい物を押し当てるな!

 色々と限界来るから!


「あー……外すとなんかまずかったですかね」

「あ、いや、そういう訳では。ただ、光の魔法を使われるとは伺っていましたが、『封じの首輪』を強制的に外せるほどの方だとは……ご、ゴホンッ、思わなくてですな……それに、お二人がコバン屋の情報を封じられていなかったおかげで、ヤツの詳細な手口を知ることが出来ましたしなぁ」


 イングリットとジルの様子に顔を真っ赤にして視線をそらしながら話すゼィンさん。

 ……意外と純情なのか。


「と、ともかく……皆さんからの供述のおかげで、逃亡中の二人の容疑がより濃厚となりました。これならば手配をかけて二人の行方を追う事が出来ます。二人の屋敷の他にコバン商会とルォードの研究所にも捜索の手を入れたのですが、ことごとく証拠を隠滅されていましてな……シロウ殿達もなにか思い出したことがあればまた教えて下さい」

「は、はい。それは構わないのですが」

「ですが?」

「ジル達はどうなるんでしょう? その、奴隷に落とされたこと自体が奴らの陰謀だった訳ですよね? ジルは元々エコー家? 子爵様のご令嬢だったそうですから……」


 本音を言えば一緒に居て欲しくはある。

 だが、ジル達には心配してくれる家族が今も待っている訳で……


「……正直、ジルコニア様がエコー家に戻るのは難しいかもしれませんな。非常の時だったとしても王を謀っていた訳ですし、籍もすでに死人となっておりますからな……ご実家にはすでに罰が科せられているのでこれ以上悪くはならないでしょうが……」


 ぎゅっ、とジルが俺の左腕を抱きしめてくる。


「私……はっ……イングリットとシロウと一緒なら……帰れなくてもいい……でも……エコー家の経済状態が良くなった訳じゃ無いのが、心配」


 ええ子やぁぁぁぁぁぁっ!!

 めっちゃええ子やん。


「……もし私達が騙し取られたお金が戻ったら……私の分はエコー家に渡して欲しい」


 そう言えば、白金貨400枚、ジュノーに捕まった時に取られたって言ってたな。


「ああ、私の分も渡してくれて良いよ。二人分で白金貨400枚。それだけあれば、エコー家もとりあえずは持ち直すだろうし……」

「イングリット……ありがとう」


 俺の体の左右からお互いに手を取り合う美女&美少女。

 必然的にそう言う動きをされると二人の肢体にぎゅうっと挟み込まれる訳で……天国か? ここは天国なのか!?


「いいんだよ、ジル……それと、すまないねご主人様(シロウ)。ご主人にもお金を返さなくちゃいけないんだが……」

「あ、ああ、気にしなくていいよ。それに、あの二人が捕まれば俺の落札した金も戻って来るんじゃないか?」

「確実ではありませんがね……コバン屋に賠償を要求する貴族は膨大になりそうですから、どうしても上位貴族から、ということに……」


 なるほど。

 貴族の令嬢が奴隷に貶められたのだから、それは高額の損害賠償が発生するだろう。

 しかもそれが複数となれば……

 ……基本、平民である俺の所までは廻ってこないかもしれんな。


「……まあ、申し訳ないが、その辺りは今のところどうとも確約はできませんなぁ」


 申し訳なさそうに片眉を下げるゼィンさん。


「ああ、お気になさらず。元々戻って来るとは思ってない金だし……戻って来たら恩の字と思ってますよ」

「はあ……いや、長々と時間を取らせましたな。それでは失礼します」


 そう言ってゼィンさんは帽子を取って一礼すると、ロングコートをなびかせて帰って行ったのだった。


          ※


 あれから数日。

 ゼィンさんからはいまだに連絡は無い。

 変わったことと言えば、冒険者協会ギルド労働者の巣(ワーカーズネスト)にジュノーとルォードの手配書が張り出された事位だ。


 俺たちと言えば、「冒険者の迷宮送迎」に加えて「生鮮食品の輸送」、「貴族の魔獣生息地域観光」などにも事業を広げていた。

 特に「貴族の魔獣生息地域観光」は以前から考えていた事業で、冒険者の迷宮送迎で車内のお客までレベルが上がるという摩訶不思議な現象に目を付けたものだ。

 どうも普通の馬車とかではパーティも組んでいない一行に経験値が割り振られるといったことは無いらしく、イスズの推測では「トラックのルミニウム真銀のフィールドで一纏めにされていた事が原因では無いか」との事だった。


 もちろん、無差別に貴族をレベリングしてしまうと、後々冒険者の仕事を奪ってしまうことにもなりかねないので、低レベル域をせいぜいレベル5前後までを目安に遊行するようにしている。

 更には参加者は5レベル未満という制限を設け、(使用人なども5レベル以上の者は同行不可)料金も1回金貨5枚と高めに設定しているので、そうそう注文は無いかと思ったのだが……。

 予想に反して反響が大きく、申し込みが後を絶たない。

 どうやら魔獣の脅威が身近なこの世界では、戦うすべは貴族の嗜み、と言う考えがあるのだが、そもそも実際に魔獣と戦う機会などほとんど無い彼らはとにかくレベルが上がらない。

 高尚な理念も最近では有名無実となって久しく、それだけに子供の頃から多少なりともレベルを上げておけばそれだけ貴族社会での覚えもめでたくなるらしい。

 安全かつ戦わずにレベルを上げられる俺たちのサービスが爆発的に受けたのも、そう言われてみれば納得の結果だった。


 おかげで最近では一日平均2件程の予定が入っている。

 一日の売り上げが金貨10枚……日本円で約10万円という訳だからいい稼ぎである。

 と言うことで、本日も貴族の令嬢の姉妹をお客として乗せて、ニナロウ東の平原をトラックでドライブ中という訳だ。

 ニナロウ東の平原は跳び蹴り兎(ドロップキックバニー)石頭犬ストーンヘッドドッグ等の低レベル魔獣がほとんどで、景色も良く貴族の遊行にはちょうど良いのだ。


「……あんまり楽しくないみたいだな」


 運転しながら貨物室のソファに座る姉妹の様子をナビ画面で確認すると、銀髪で人形のように整った容貌をした10歳位の姉妹は無表情で窓の外を見ていた。

 容貌がそっくりな上に年の頃も一緒のようだから、おそらく双子なのだろう。


『あるじさま、今回のおきゃ……』

「危ないっ!!」


 イスズが何か言いかけていたが、俺はそれどころではなかった。

 急に進行方向の岩陰から十数人の男達がトラックの前に飛び出してきたのだ。

 反射的に思いっきり急ブレーキを掛ける。


 ギィキキキキキキキキキキィッ!!


 と、耳障りな音を立てて何とかトラックは男達の数メートル手前で停止することが出来た。


「つぁ……イスズ、お客さん達は無事か?」

『はい、特にお怪我も無くソファーに座っておられます』

「ったく、こんな平原の真ん中でなんだってんだ……おい、無事か?」

「お、おいシロウ待てっ!」


 と、ついイングリットの声を無視して運転席を降り、男達に駆け寄ってしまったのは日本での常識のせいだが、これが迂闊だった。

 これが日本なら事故発生時の負傷者の確認と救護はドライバーの義務だが、そもそもこんな魔獣の跋扈ばっこする地域に一般人が居るはずは無いのだった。

 よくよく見ると男達は手に手にショートソードやクロスボウを構えており、薄汚れた革鎧を着込み、荒んだ雰囲気を漂わせている。


「うは、いさぎよいこったな。泣く子も黙るナブラック盗賊団だ。その自走式馬車と中の女ども置いていきゃあお前は見逃してやるぜ?」

「がはは、もっとも一人っきりでここから街まで無事に帰れるか分からんがな!」

「いやいやお頭、男でも使える穴はありやすぜ? 売って売れないことはありやせん。こいつも意外と幸せになれるかもで」


 下卑たジョークに爆笑する男達。

 あー……盗賊団。盗賊団ね。

 ある意味これもファンタジー物の定番と言っちゃ定番だが……


「実際に遭遇すると……臭いな」


 汗、泥、糞尿、獣臭さ……脂ぎった男達からはあらゆる悪臭が漂ってきた。

 まあ、こいつ等のような集団が衛生管理に気を遣うとも思えないし、街中で浴場を使うことも出来ないだろうから当たり前と言っちゃ当たり前か。

 ちなみに浴場とは別に、光魔法や水魔法には浄化系の術があり、銀貨3枚程度で掛けてもらえるサービスも街にはある。

 なので意外と街には悪臭は少ないのだ。

 見たところ彼らはすべて前衛職らしく術者は居ないようなので、魔法による浄化も受けていないのだろう。


「……臭いからこっちも積極的には戦いたくないんだけど……こっちこそ見逃してやるからどっか行ってくれないかな?」


 ダメ元でそう盗賊団に問いかけてみる。


「……てめぇ、舐めてんのか……かまわねえ、みじん切りにしたれやっ!」


 頭らしき髭もじゃの男の号令で、一斉に俺に向かってクロスボウの矢が放たれる。


「『対矢風幕アンチアローウィンドシールド』!」


 それに合わせて前詠唱無しでジルの『対矢風幕アンチアローウィンドシールド』が発動。

 盗賊達の矢はことごとく風の幕にその軌道を逸らされる。


「ちっ、魔術師が居たか! 距離を開けるな! 術師から無力化するんだ、死んでもかまわねえ!」


 盗賊のお頭の言葉に武器を構えて一斉に襲い掛かってくる盗賊達。

 碌な戦闘技術を持たない俺は、腰のヌンチャクを取り出して前方に∞型に振り回す。

 俺の後ろはトラックがカバーしているので、これだけで奴らは俺に近寄れなくなるのだ。

 それでも無理矢理接近してきた盗賊は、ルミニウム真銀製のヌンチャクがかすった時点で数メートルも吹き飛ばされていく。


「な、なんだあの武器は……魔法の武器か!? ええい、女だ! 女を盾にして……でばっ!?」

「ばひゅっ」

「ふばむっ」

「ひきゃっ」


 俺に近寄れないと判断した盗賊達の半数はイングリット達を先に確保しようとしたが、その盗賊達は吹き飛ばされるだけでは済まない状態になっていた。

 イングリットが片手・・でルミニウム真銀製の大剣を振る度に、彼我の距離も関係なく盗賊達の首が跳ね飛んでいくのだ。


「ふふ、シロウの作ってくれたこの剣は凄まじいな……まるで自分の意志で刃がどこまでも伸びていくようだよ!」

「喜んでもらえて何よりで」


 どうやら例のルミニウム真銀のフィールドがイングリットの意志に感応して不可視の刃を形作っているらしい。

 意志力とイメージ次第でどこまでも鋭く、長くすることが可能なようで、先日、大岩を相手に試し切りした時はすっぱりと唐竹割にしただけで無く、その下の地面にまで数メートルの深さの傷を刻んだ。

 はっきり言ってイングリットにこの武器の組み合わせはチート以外の何物でも無い。

 今も嬉々として盗賊達の首をぽんぽんと刎ねていくイングリットにちょっとだけ引いたのは内緒だ。


「な、なんだこんなの……聞いてねえぞ!? なんなんだこいつら!!」

「なんだと言われても……ただの運送サービス業者。ニナロウ運輸、を……よろしく。『水刃竜巻スプラッシュハリケーン』」


 止めとばかりにジルの水と風の複合魔術が発動。

 竜巻が盗賊達を纏めて上空に吹き飛ばし、無数の水の刃が空中の盗賊達を切り刻む。

 盗賊達の血を吸い上げ、あっという間に真っ赤に染まる竜巻。

 その死の赤い竜巻が収まった頃には盗賊団に動く者は一人としていなかった。

 残ったのは無数のバラバラの人体だけ……圧倒的な殲滅力である。

 この世界では仕方の無いこととは言え、正直ちょっと嘔吐えずきそうになるな。

 とにかくこの術、2属性を混合しており、広範囲で殺傷能力も高く……やたらと魔力を消費する。

 なので、この魔術はルミニウム真銀の杖の魔力を使って初めて使用可能になったのだそうだ。


 それはともかく……何か気になることを言っていたな。この盗賊。『こんなの聞いてねえぞ』とか。

 誰から聞いて無いのか。非常に気になるが、止める間もなく二人が殲滅してしまったからなぁ。


「あ、お客様、外に出られてはいけません。お洋服が汚れますよ」


 イングリットの言葉に後ろを振り向いてみれば、例の貴族の姉妹が貨物室から降りてきていた。

 二人は小走りにタタタタッと俺に駆け寄ると、両の足にひしっと抱きついてくる。

 まあ、何事かと思って降りてみれば一面人体と血の海ってんだから、このくらいの子供が怯えるのも無理は無い。


「ああ、怖い思いをさせましたね。もう大丈夫ですから……」


 と、俺は二人の視線に合わせてしゃがみ込んで二人の頭を撫でてやる。


「あ、いいなぁ~シロウ、私にもナデナデのご褒美~」

「労働に対する、正当な対価を要求する……ナデナデ30回」


 と、子供二人に対抗してイングリットとジルもナデナデを要求してくる。

 安い対価だな、おい。


「分かった分かった、お嬢さん達に貨物室に戻って貰ったら好きなだけ……」


 撫でてやる、と言おうとした時。

 俺の右腕はそのお嬢さんに後ろ手に捻り上げられ、喉元には禍々しい黒いナイフが突きつけられていた……。



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[一言] こう言う場合王家は自腹切っても千堂史郎に対して借りを作らないよ?意地に掛けても一冒険者に借りは借り以上の 褒賞を与えて清算するよ?例えばルヲードを擁護した 貴族の資産を売ってな!ルヲードは貴…
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