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競り市

ちょっと長めの8900文字ちょい。

やっと2人が……

 翌朝、イスズの分身であるカーナビからの音楽で目が覚めた。

 曲は中島み○きの地○の星である。

 そこ、オッサン臭いとか言わないように。

 正真正銘オッサンですので……


「く、あ……今何時だ……?」

『午前7時ちょうどです』


 カーナビから「地○の星」に混じって聞こえてくるイスズの声。

 確か事前に調べた限りでは、競り市は午前9時頃中央広場でだったか……


「……うん、顔を洗って食事をして着替えて……余裕で間に合うな」


 日本人の習性か、時間にはある程度余裕が無いと、どうも落ち着かないのだ。

 桶に溜めた水をイスズの光魔法で適度に暖めて貰って、顔を洗い、口をゆすぐ。

 本日の朝食は市場で買った黒パン半分と三本角山羊トライゴートのミルク、林檎……のような果実半分。

 いつもはこんな半分だけ残すような食べ方はしないのだが、今日は流石に緊張で胃が重い。

 なにしろ標準的日本人のこの俺が奴隷を買おうというのだ。それも2人も。

 ああ、もちろん知り合いの彼女達を奴隷などと言う身分から助けてやりたいという純粋な好意からだ。

 決してやましい気持ちは無い。

 お礼としてイングリットのふくよかなダブルマッターホルンで抱擁してくれないかなー……とか、ちょっとだけ期待してしまうのは健全な日本男児として仕方の無いことであろう。

 その位はやましい内に入らないはずだ。うん。


「そう言えば、競り市って入場資格とかいるのか……? 相場もよく知らないしな……うん、やっぱりちょっと早めに行って様子を見てみるか」


 引っ越し荷物の中の歯ブラシと塩で歯を磨くと、いつものアルミ蒸着作業着の上下に着替えた。

 更に念の為、頭には剛田工務店のロゴの入ったキャップをかぶる。

 この帽子には台所用品に混じって持って来ていたアルミホイルを細長く畳んで裏側に仕込んである。

 換金の旅の間に何度か魔獣に襲われた時にも試してみたが、見かけを裏切る呆れるほどの防御力だ。

 更にはアルミニウム(ルミニウム真銀)の仕込まれた防具には、ある程度装着者の意志に感応して外部に影響を及ぼす性質があるらしく、暑い時には涼しく、寒い時には暖かく……というエアコン機能まである。

 アルミニウム(ルミニウム真銀)パネェ。


 ……それはともかく。とりあえず身支度を済ませた俺はトラックの荷台から外に出た。

 そこはこの街に初めて来た時にトラックを停めた場所……集車場だ。


「それじゃしばらく側を離れるけど……気を付けてな。考えてみればお前の体が一番のお宝だしなぁ」

『はい、貨物室は塗装されておりますし、一見してルミニウム真銀製とは見えませんので大丈夫かと。それに万が一盗みに来るような者がいても、私の体である限りオートバリアが作動しますし』

「……それもそうか。じゃ行ってくるわ」

『はい、行ってらっしゃいませ』


 ……とは言っても、ナビの分身の方は一緒に連れて行くんだけどな。


          ※


 集車場から10分も歩いた頃、中央広場が見えてきた。

 広場の4分の1ほどを杭と布で作った塀で目隠しされている一角がある。

 おそらく其処が会場と言う事だろう。

 開催時間にはあと1時間もあるが結構人が集まってきている。

 みんな身なりが良い……貴族か富裕層の人々なのだろう。


「入り口は……と、あそこか」


 布の塀の一角が途切れていて、体格の良い槍を持った男が番をしている。

 いかにもごつくて怖そうだが、ここを突破しなければ話にならん。


「あー……すんません~ここが奴隷の競り市ってやつです?」

「……興味本位で来たのなら帰れ。今日は2月に一度の高級奴隷の市だ。貴様が買えるような奴隷は扱っていない」


 槍の男はこちらをちらっと一瞥すると、そう言いながら入り口を槍で塞ぐ。

 あー、まあ作業服だしな。性能はともかく見た目は地味だよな。

 ていうか、今日の市は高級な奴隷専門の市なのか。


「いやいや、客ですよ。目当ての娘がいるのでね」

「………………ふん、では、そこの箱に入場料を払うがいい」

「入場料?」

「……それも知らんのか。女奴隷の身体確認を目当てに冷やかしで集まる輩が多いのでな、高級奴隷を扱う日は入場料として金貨1枚を徴収している」

「なるほど、合理的だね……しかし困ったな」

「やはり冷やかしか。ふん、さっさと消え失せるがいい」


 ぐい、とその手に持った槍を俺に突きつけてくる門番の男。


「いやいや、冷やかしじゃ無いって」


 とりあえず俺に向けられている槍首を掴んで、ぐいっと勢いよく引く。


「うぉっ!?」


 思わず蹈鞴たたらを踏んだ門番の隙を突いて力尽くで槍を取り上げる。

 自走馬車使い(トラックドライバー)というよく分からん職だが、これでも一応レベル47。

 これくらいはたやすい。


「良く確認しない内からお客に槍を向けるのは感心しないな……困ったってのは細かいお金が無いって意味だよ。ほれ」


 チャリン、と入場料の箱に白金貨を一枚投げ入れてやる。


「釣りの分は君の小遣いだ。門番ご苦労さん」

「え、白金貨……!? は……はいっ! 失礼いたしましたっ! こ、こちらが参加札です! 服の見やすいところにお付け下さい! では、どうぞごゆっくりご覧になって下さいませ!!」


 非常に丁寧、かつ協力的になった門番に槍を返すと俺は「17番」と書かれた札をピンで胸に留めて会場に入っていった。


 塀の中は木で設えた舞台のような物があった。

 そしてその周りには長椅子ベンチがいくつも並べられている。

 ちょっと早すぎたと思ったが、もうすでにそこそこの人が入っている。

 なんというか、もっと欲望にぎらぎらした人達が集まっているのかと思ったが、大抵の人は落ち着いた物腰の、なんというか……切れ者の執事さんって感じの人達が多い。

 人を買いに来たはずだろうに、その目がいやに冷徹でちょっとびびる。

 まるで牛や豚の買い付けに来ているみたいだ。


「ふん、イヤに場違いな者が居るな」


 そんな慣れない雰囲気に飲まれ、壁際に突っ立っていた俺に声をかけてきた者がいた。

 痩せぎすで魔術師のようなローブに銀髪のオールバックの男。番号は15番だ。

 他の執事さんタイプの参加者とは違って、欲望むき出しのぎらついた爬虫類のような目をしている。


「いつから格式高いこの市は下民風情が参加できるようになったのかね」

「……」

「ふん、聞こえないのか? 貴様に言っているのだがな」

「……」


 この手の輩は相手にすると面倒くさいので基本スルーする事にしている。


「貴様……この私を無視するとは良い度胸だ……私を誰だと思っている! 宮廷魔導師のルォ」「ご主人様、それ以上は。このようなところで名前を出すのは名が汚れます」


 付き添いの執事っぽいおっちゃんが銀髪ローブの男を止めている。

 うむ、苦労しているみたいだね。同情するよ。


 ……そうこうしている内に舞台の上に進行役と思われる男が上がってくる。

 どうやらそろそろ始まるらしい。

 参加札15番「ルォ何とか」の銀髪ローブの男も渋々と自分の席に戻っていった。


「それではお集まりの皆様、お待たせしました。本日の市を開催いたします。まずは一般技能持ちの男から――」


 舞台には手枷と首輪を着けられた男達が4人ほど並ぶ。

 上着こそ着ては居ないが下衣はきちんとした物だし、それほどみすぼらしくは見えない。


「向かって左から建築技能持ち、事務会計技能持ち、執事技能持ち、3カ国語会話技能持ちでございます。戦闘系技能は無いとは言え身体能力も標準以上。まずは手始めにお手頃なこの者達から始めたいと思います」


 司会の紹介に合わせて一番左の男が一歩前に出る。


「まずは一番左の男――ルーク!……建築技能持ち28歳男性。ニナロウ出身の借金奴隷。犯罪歴無し……白金貨10枚からお願いいたします!」

「11枚」

「12枚」

「12枚と金貨5枚」

「14枚」

「……14枚以上はおられませんか? いらっしゃらないようですので29番の方が落札いたしました。別室にてご契約をどうぞ」


 高級奴隷と言うだけあって、男女問わず美形が多いのに競りは熱狂とは無縁に非常に淡々と進んで行く。

 その中で俺は大体の相場に目星を付けた。

 どうやら大体

  戦闘技能を持たない男性――平均白金貨10~30

  戦闘技能を持つ男性――平均白金貨20~100

  戦闘技能を持たない女性――平均白金貨30~50

  戦闘技能を持つ女性――平均白金貨40~150

の範囲で落札されていくようだ。

 なお、奴隷市のことを教えてくれた冒険者が期待していた女奴隷の身体確認は高級奴隷の場合は基本的に落札者が別室でやるらしい。

 普通奴隷と違って体に傷が有るなんてことは滅多に無いんだろう。

 それでも時々変わり者が居て、ご祝儀代わりにと舞台の上で女奴隷の服をはぎ取ったりしているが、極少数派だ。

 その度に舞台下では静かな興奮が広がっているのが分かる。

 執事さんタイプのお客さんもその時ばかりは舞台から目を離せなくなっている。

 男の性というか……仕方ないとは言え、イングリット達をそんな目にはあわせたくない。

 第一そんな事になったら、無事助けても気まずくてしょうが無い。

 これは是が非でも俺が落札しなくては。


「……さて、それでは本日最後にして最大の目玉の2人をご紹介いたします。コバン商会から出品の戦闘用女奴隷、イングリットとジル!」


 来た! とうとう来た……!

 舞台上に出て来たのは、確かにあの2人だ。

 武器は取り上げられているが服装はそのままだ。

 暴行を受けたような痣も無い。

 まずは一安心と言うところだ。


「まずはイングリット! 齢22歳、借金奴隷、犯罪歴無し。ご覧の通りの器量とプロポーションは花街の太夫にも劣りません……それでいて魔剣士レベル29と高いレベルの戦闘能力を有しています! 残念ながら初物ではありませんが、経験は数年前にわずか1人のみ。奥方様の護衛に良し、旦那様の閨に良しと極上品であります!」


 ……うわっちゃ……舞台上のイングリット、今にも殺しそうな目で司会者を見ているよ。

 まあ、経験人数とかこんな大勢の前で暴露されちゃあなぁ……

 しかしどうやって調べたんだ。魔法か何かか?

 ……それにしても、数年前って事は今は特定の恋人は居ないのか。

 いや、だからどうだという訳じゃ無いんだけども。


「まずは白金貨50から開始いたします!」

「60!」

「65!」

「80!」

「100!」

「120!!」


 っと、いかんいかん。ぼけっとしている場合じゃ無いな。

 俺も参加しないと。


「あー、ええと……160」


 ざわり、と会場がざわめいた。


「……おい、17番、あいつただの冷やかしじゃ無かったのか」

「見かけはそんなに裕福そうには見えんがな」

「おおっと! ここで本日の最高額が! さあ160以上は居ないか!?」


「165!」

「168」

「170……っ!」


 おお、流石イングリット。

 本日の最高額を楽々と越えていくな。

 これは負けてられん。


「じゃあ……200でっ!!」

「「「……!!」」」

「ばかな……いくら何でも相場を無視している」

「なんのつもりだあの男……」

「はい、他には居ませんか!? ……はい、17番様が落札いたしましたー!!」


 よっしゃあ!!

 思わずガッツポーズをする。

 するとそこでやっと俺に気が付いたらしく、イングリットとジルの目が驚きに見開かれた。


「落札ありがとうございます。契約と身体確認はすぐになさいますか? まだ競りを続けるようであれば纏めてでも大丈夫でございますが」


 競り市の係員が俺にそう聞いてきた。

 ていうか、いつの間にそこに居た。まったく気配感じなかったぞ。怖いわ。


「あ、ああ、じゃあ纏めて頼むよ。続けて参加するからね」

「畏まりました」


 俺が続けて参加すると言った途端、再び場がざわめく。


「……続けてって……次は以前から噂になっていた……あれだろう?」

「あ、ああ……あいつ何者だ。どこの家の使いだ? まさか本人が買い上げる訳じゃ無いだろう」

「見た事が無いが……アドラ家あたりの新しい使用人じゃ無いのか」

「ああ、あそこは物好きだからな」

「お静かに! お静かに!」


 ざわめいた場を司会者が声を張り上げて静める。


「それでは! 本日最後の最後!! さる高貴な血を引く16歳の美少女ジルコニア! 借金奴隷、犯罪歴無し。ご覧の通りの透き通った美貌を持ちます! プロポーションはこれからという所ですが……特筆すべきは水、風、土の『3属性魔導師』であると言うこと!! しかもレベル26とかなりの実力者です!! 側に置いて愛でるも良し、王族に献上し覚えをめでたくするも良し! さあ、白金貨150枚から開始です!」

「うおぉぉ!? 噂は本当だったのか……3属性魔導師が売りに出されると!」

「それにあの美貌……相当な高値が付くぞ」

「160……いや180だ!」

「200!」

「210」

「220」

「240!!」


 あっという間にどんどん高値が付いていくジル。

 ……本当に3属性魔導師って稀少なんだな。


「280だ!」


 近くで聞き覚えのある声が。

 げ、さっきのめんどくさそうな15番銀髪魔導師じゃねぇか。


「ふふん、他には居なかろう!? さっさと……」


 あ、いかん。


「さっ……300!!」

「なっ……なに!?」


 ふい~……間に合った……って、殺しそうな目でこっち睨んでるよおい!


「く、310だっ!」

「さん……350っ!」

「ぬっ……こ、この……360!」

「390」

「ぬがぁぁぁぁぁっ!! 400だっ!!」

「だ、旦那様、それは……」

「うるさいっ! ジルコニアは俺のっ……俺の実験材料ものだっ!!」


 執事さんらしき男性の制止を振り切って入札を続ける15番。

 なんか俺のものって言葉の下に物騒なのが見えたのは気のせいか?


「おおおお! 出たぁ! 超大台の400だっ!! これは決まりかっ!」

「あ、えーと……500」


 うぉぉぉぉぉんっ! と、会場が震えた。

 周りから「ここ数年の最高高値」「場の空気を読まない田舎者」etc……が聞こえてくる。

 うん、まあ良いけどね。2人を助けられれば。


「これはっ……これは予想外っ!! 17番様が500という高額をお示しになりましたっ! 流石にこれ以上は出ないでしょう!」

「うっ……うがっ……510……」

「旦那様、いけませんっ……これ以上は!」

「あー…………600で」

「うがぁーーーーーーっ!! 俺のっ! 俺のジルコニアをぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「これは!! これは私の記憶にある限り市場最高値! 決まりです! 17番様が落札いたしましたー!!」


 周りから一斉に巻き起こる歓声とどよめき。

 それに混ざって聞こえてくるのは


「ひゃっ……ひゃはっ……下郎、お前さえいなければぁ……」


 という、ちょっと壊れたような15番さんの怨嗟の声。


「ひっ……ひひひ……『彼の者を燃やし尽くせ灼熱の柱』……っ!」


 って、おい、15番……なんか物騒な呪文の詠唱しちゃってるよ、おいっ!


炎熱柱フレイムピラー!!」

「う熱っちゃっーーー!!」

対魔光幕アンチマジックライトシールド


 間一髪。イスズの対魔光幕アンチマジックライトシールドが間に合って、俺の被害は髪が数本焼ける位で済んだ。

 元々ルミニウム真銀製の防具は対魔法抵抗も高いみたいだから直撃しても死にはしなかったかもしれないが。


「イスズ、ありがとう、助かったよ」

『いえ、あるじさまにお怪我が無くて何よりでございました』

「まったく15番のオッサン、競りに負けたからって何を血迷ってやがんのか……」


 ふと周りを見るととばっちりを食ったのか4~5人のお客がひどい火傷にうめいている。

 そして、この惨事の元凶、15番のオッサンは用心棒達に押さえつけられていた。


「はなっ……せぇぇぇぇぇ! 俺は、俺は……貴様等が軽々しく手を触れていい人間では無い! 俺は……」

「……困りますな15ば……いえ、ルォード・ガナリー様。このようなことをされてはご家名にも傷が付きましょう……連れて行け」

「……ジルコニアはっ……俺のなんだっ! 俺がわざわざ特別製の契約書を作ってっ……!!」

「だっ、旦那様っ!」

「……ルォード様、今聞き捨てならないことを仰いましたな?」

「ひゃ、ひゃはっ! 俺がっ! 俺の! 契約書が! じぃるコニアぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……錯乱していて話になりませんな……仕方ない、魔封じのかかった部屋に鍵を掛けて入れておきなさい」


 用心棒達に引っ立てられて連れて行かれる15番さん……えーと、ルォード氏、か?

 その後を慌てて執事さんが追いかけていく。

 その様子を何とはなしに見ていた俺に司会者が声を掛けてきた。


「いや、お客様、申し訳ありません……お怪我はありませんでしたでしょうか?」

「ああ、特に何とも無いよ……それにしても、とばっちりが行っちまったなぁ……(イスズ、何とか出来る?)」

『(はい、あるじさま……手をかざして「癒やしの光(ヒーリングライト)」と唱えて下さい)』


 ……て、ああ、カモフラージュにって事ね。

 んじゃ、こう、手をかざして……


癒やしの光(ヒーリングライト)

「お、おおお……火傷が……」

「治っていく……これは、光系の癒やしの魔術か!」

「しかし前詠唱も無かったぞ? 彼の方はいずこかのご高名な光の魔導師だったのか」

「そ、そう言えばさっきの上級炎魔術を受けた時も……前詠唱無しで対魔光幕アンチマジックライトシールドを展開しておった」

「それであれば、あれほどの財力も納得というものよ」


 あや。いつの間にか光の大魔導師とやらに祭り上げられてしまった。


「お客様。とりあえず契約をしてしまいたいと存じますが、別室へいらして戴けますか?」

「あー……まあ、ここじゃなぁ……大騒ぎになっちまったしな。いいよ、行こうか」

「恐縮でございます……では、こちらへ」


 そして俺は司会者に連れられて別室へと案内された訳だが……

 そこにはなぜか俺を冷たい目で見つめるイングリットとジルの姿が。


 え、なんで?


「彼女達は仮の主であるコバン商会、ジュノー・コバン氏から封じの首輪によりいくつかの制約を受けておりましたが、お客様の落札によって「ジュノー氏の不利になる情報を口にすることを封じる」以外の制約はジュノー氏によって解除されております……よろしいですか?」

「あ、はい……」


 というか制約って。封じの首輪って。

 ……そんなのがあるんだな……流石剣と魔法のファンタジーな世界。


「では、これよりあるじの移行手続きを行います……」


 そして俺は……2人のご主人様となったのだった。


          ※


「見損なったよ、シロウ……あんたが金でこんな事するようなヤツだったなんて」


 別室で主従契約を済ませた後、俺は2人を連れてトラックまで歩いて来たのだが……その間2人とも一言も喋らない。

 なんかいい加減沈黙に堪えきれなくなった頃、集車場、トラックの前でイングリットが初めて口にした言葉がそれだった。


「……だがルォードに買われなかったのは不幸中の幸いとも言える……頼む、シロウ、私はどうなってもいい……お前を主と敬い、どんなことでもしよう……そ、その代わり……ジルには……ジルは勘弁してやってくれ!」

「イングリット! 駄目、私もイングリットと、一緒がいい」

「いや、ジルはまだ若い。私なら……その、あ、主が多少……変態的な趣味であろうとも……が、頑張るから!」


 いや、頑張るからて。

 全身真っ赤にして宣言するイングリット、テラカワユス。


「あー……それは非常に魅力的な申し出だけど……無理矢理は俺の趣味じゃ無い」

「「え」」


 思いがけないことを言われ一斉にこちらを見る2人。


「いや、だから……2人を奴隷扱いするつもりは無いって事。そもそも助けるために2人を買ったのにそんな事したら本末転倒でしょ」

「い、いや……だって……ふ、2人分で白金貨800だぞ!? それだけかけて……私達を助けるために?」


 白金貨800枚って。改めて計算すると凄い額だな。

 日本円で約8千万円って事だもんな。


「ああ、何とか足りて良かったよ。あと白金貨100枚位しか残って無かったしね」

「こっ……この短い間にどうやってそんな大金を……いや、それが本当なら……すまない、私はシロウのことを誤解していた……そうだな、あの短い旅の間でもシロウがそんなヤツでは無いと分かっていたはずなのにな」


 深々と頭を下げるイングリット。


「うん……ゴメン、シロウ……例え奴隷のままでもシロウに買ってもらえて良かった」


 続いてジルもぺこり、と頭を下げる……ん? 奴隷のままでも?


「……あー……奴隷って、持ち主が開放すれば奴隷じゃ無くなるんじゃないの?」

「ああ、シロウはその辺も詳しくないのか……この『封じの首輪』がある限り、私達の公的な身分は奴隷のまま、と言う訳だ」

「あー……そうなんだ。勝手に外しちゃ駄目なの?」

「いや、外すこと自体に問題は無いが……外すには高度な光魔法で解除するしか無いと聞く」

「多分……大陸でも外せるのは10数人……後は死ぬまで外せない」

「ありゃま」


 でも、光魔法なら……イスズが得意だしな。もしかして……


「なあ、イスズ……2人の首輪って外せないか?」

『……私の本体(トラック)のルミニウム真銀に貯め込まれている魔力マナを流用すれば可能です』

「え、本体が……ルミニウム真銀!?」

「道理で……あの中はマナが濃いと思った」


 思わずと言った感じで目を見開く2人。

 いや、気にするところそこですか。

 ……まあいいや。とりあえず……


「んー……じゃ、ちゃっちゃとやっちゃおうか」

『はい。闇魔法解除ディスペルダークネス


 ナビとトラックが一瞬淡く光ったかと思うと、次の瞬間にはあっさりと2人の首輪は外れ、ぽとりと地面に落ちていた。


「お、おい……ホントに取れたぞ……」

「……イスズちゃん凄い」

『これくらい楽勝というものです』


 心なしか画面の中のイスズも鼻高々といった感じに見える。


「いや、よかった……これで本当に2人は自由って訳だ」

「シロウ……ありがとう」

「シロウ様……あり、がとう」

「いやいや、もともとあぶく銭のようなものだしね……って、え、様?」

「シロウ……様は、私達を白金貨800も出して買ってくれた。お礼を、したい」

「うーん、そうねぇ……私も言った方が良い? ご主人様、とか。それにジルの言う通り、助けられっぱなしってのも癪だしね。きっちり恩返しさせて貰うよ」

「いや、そんな気を遣わなくても……シロウでいいってば」


 じりじりと迫ってくる2人に妙な迫力を感じて思わず後ずさる。


「まずは……そうねぇ……軽くちゅーから行きますか!」

「私、左……」

「じゃ、私は右ほっぺね! ん……ちゅ」

「ちゅっ」


 両の頬に感じる柔らかい感触。

 齢31にしてハーレムキッスとは……

 しかも16歳と22歳だとう!?

 ……もしかして俺もうすぐ死ぬんじゃ。


「まだまだキッチリ恩を返すまではついていくからね!」

「ついてくー」


 どうやら「ニナロウ運輸」に従業員が2人ほど増えたようです……


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