お代官様と越○屋
まさか魔法契約の内容であれほど議論が巻き起こるとは思わなかったんだぜ……
魔法をリアルに見せるって難しいですね。
今回の前半はそこら辺も含めて補足になっていればいいかなぁ。
――ルォード視点――
郊外にある俺の別荘の一つ……人払いした部屋に醜く肥え太った小男が1人跪いている。
コバン商会の主、ジュノー・コバンという、奴隷と貸し金を商う男だ。
そのジュノーが俺を卑屈な笑いを浮かべながら見上げている。
「ルォード様、例の物は……」
「ふふん、慌てるなジュノー、この通り用意しておるわ」
「ふんふん……よろしおま。確かに魔法契約の用紙20枚、封じの首輪20個、受け取りましたで。相変わらずすばらしい出来でんな」
ふん……豚面が愛想笑いをしても醜いだけだがな。
だがまあ、この俺の力を高く買っている点については認めてやらんことも無い。
「世辞はいらん。その程度の魔道具、俺にとっては造作も無い事よ」
「いやいや、正規品と区別がつかんほど精巧かつ、セキュリティを落とした魔法契約用紙……個人への強制力を強化した封じの首輪……どちらもすばらしいものでんがな。特に契約用紙は製造段階で『改変不可』のセキュリティを一部のみ外してあるだけやさかいにな、不正仕様品やとは、よほどの者で無い限り分かりまへんで」
「ふふん、この天才にかかれば、な」
この製造段階で、と言うのがミソだ。
今までの契約改変の手口ではデフォルト状態からの魔法での改変行為を魔法感知で容易に見破られてしまったが……俺の作り出した契約用紙は不正仕様状態がデフォルトのため、魔法感知で感知が出来ない。
そして実際の契約改変は魔法を伴わないインクのトリックを使って仕込んでおいたセキュリティホール部分を書き換えるのだ。
これはジュノーに相談されて俺が開発した方法で、ジュノーはこれで高品質な奴隷を仕入れ、荒稼ぎをしている。
ジュノーのような奴隷商人からすれば確かに垂涎の魔道具だろう。
「それよりもな、ジュノー……例の娘は」
「無事、封じの首輪の魔力に捕らわれよりましたで……あと10日後にはお披露目や」
「く……ふっ……待ちきれんな。直接俺の所へ持ってくる訳にはいかんのか?」
「新規の奴隷は、一旦お披露目を経て公平な競りに掛けられなアカン、ちゅうのがこの国の法ですからなぁ……ただでさえ不正な魔法契約書を使ってるんや、余計なリスクは負わんに超したことはありまへんで」
「ふん……また余計な出費がかかるな」
「まあまあ……いつもより代金に色を付けましたさかいに、ご執心のおなごを競り落とす足しにしてくんなはれ」
ジュノーが俺に恭しく差しだしたトレイを見やると、白金貨の100枚包みが2包。
ふん、コヤツにしては奮発した方か。
「ふん……だがこのほとんどが競りで貴様の元へ戻るとなるとな……まだ出せるのでは無いか? ジュノー」
「あたた……ルォード様も悪でんな……叶いませんわ」
更に1包みトレイに積まれる。
「ふん、貴様ほどでは無いわコバン屋……」
その三つの包みを懐に入れるとジュノーに退室を促す。
いつまでもこのような下賤の者を別荘とはいえ我が屋敷に置いておくことも無い。
「へぇ、ではまたのお呼びをお待ちしておりまっせ」
俺はそのジュノーの挨拶を聞き流し、すでにジルコニアの肢体をどうするか、そのことに思いを馳せていた……。
※
――史郎視点――
ニナロウの街に特急速度で戻って来た俺は、イングリットが奴隷となった話をしていた冒険者から詳しい内容を聞き出していた。
それによると、新しく奴隷になった者は月に何度か中央広場で開かれる奴隷市において競りに掛けられるらしい。
そしてイングリット達が出品されると噂の市は3日後だそうで、とりあえずそれまでは暴行を受けたり性的な暴力を受けることは無いそうだ。
とりあえずまだ時間はある、という訳で一安心というところか。
「でな、奴隷を出品する奴隷商人は奴隷にとっては仮の主人で、この競りを経て正式な主人を得る。奴隷は出品される際に『封じの首輪』という魔道具を着けられ、様々な制約を課せられるんだ。
この首輪はな『何かをすることを強制』するものじゃねぇ、『何かをすることを封じる』ものでな、例えば『主人から逃げるな』とか、『嘘をつくな』とか、『自殺をするな』と言う命令は有効だが『性的な奉仕をしろ』とか『自殺しろ』という命令は効果が無い訳だ。
これは奴隷の最低限の尊厳を保障するための措置ってこった。
それで、基本的には商人から買い手に渡される際に首輪の情報もリセットされるはずなんだが、違法な奴隷や中古の奴隷は『封じの命令』がいくつか残されることがある。前の主人の情報を知られないためだな。基本的に命令は命令した主人しか解除できないから注意した方が良い。ただ単に首輪を外しただけじゃ命令の解除は出来ないし、あまり相反した命令が積み重なると奴隷の精神が崩壊する場合もあるそうだしな」
「そ、そうか……ありがとう。助かったよ」
「いやいや、こんな事で運賃をただにしてくれるってんならお安い事さ」
ニナロウまで乗せてきた冒険者は奴隷制度のかなり詳しいことまで知っていた。
運賃をただにすると言うと、嬉々としてぺらぺらと奴隷制度について説明してくれたのだ。
あまりに詳しいので、その知識は一般的なものなのかと聞くと、男は遠い目をして「男にはなぁ……無理と分かってても夢を追う生き物なんだよ」とつぶやきながら去って行った。
夢追い人に敬礼。
「とりあえず、イングリット達を所有している……コバン屋、だったか……には直接行っても買えない、ということは分かったな」
『はい、イングリット様達を助けるつもりであれば市で競り落とすのが確実かと。その為にはかなりの資金が必要かと思われますが……』
「資金はどの位必要だ?……さっきの男はジルを競り落とすつもりなら白金貨300枚以上は要るって行ってたしな……ギルドだと確か一円玉を白金貨5枚で買い取って貰えたっけ。えーと、てことは……」
『一円玉換算で60枚。つまり60グラムで白金貨300枚ですね』
「……貨物室のアルミサッシ一枚で……アルミ部分が3kg位か? 2人分としても十分過ぎるな……よし、一枚売ってくるか」
『それは……止めたほうがよろしいかと』
「……なんでさ」
『3kg=3000gのルミニウム真銀を売ったとして……1gで白金貨5枚と言う事は3000gで15000枚。日本円に換算して約15億円という事です』
「……大騒ぎになるな」
『まず間違いなく。』
「じゃ、じゃあ……グラインダーで適当に切り落として……」
『切り口が新しすぎます。どこから切り出したのか、という話になり、面倒事を招き寄せる恐れが』
「……他の冒険者から余計な詮索を受けるか。しかし、だったらどうすれば――」
『まず、ルミニウム真銀は強力な武器に加工できる、という点も問題です。ヘタな者に……特に国などに大量に売れば何が起きるか』
「だ、だなぁ……」
うーむ、これは俺の目算が甘かったかな。
しかし短期間に資金を得るにはやはり他に手立てが無いし。
『折衷案として、元々適度に小さく小分けされているルミニウム真銀』を用意して、いくつかの街の冒険者協会に分けて売る、という手もあります。売る時の条件として、国や信用のおけないものには卸さないことを約束させればある程度リスクは減らせるかと』
「なるほど。売る先を細かく分散させればパワーバランスは大きく崩れないか……でもそんな約束してくれるか?」
『ルミニウム真銀はそれほど貴重なのです。冒険者協会なら国からも独立しておりますし、冒険者にルミニウム真銀を使った武具が出回れば魔獣の討伐も進みます』
「ん、それで行くか……あ、でも、新しい加工痕が無い小分けされたアルミなんてあったか?」
『一円玉がちょうど良いかと』
「……いくら貧乏だからって俺の財布の中は一円玉ばっかりじゃ無いぞ」
『いえ、貨物室の引っ越し荷物に紛れて持ってきていたはずです』
「引っ越し荷物に……? あ、あれか!」
『はい、アレです』
俺はイスズの言葉にすっかり存在を忘れていたアレの存在を思い出した。
早速それを掘り出すべく、貨物室内に飛び込んで引っ越し荷物が積み込んである辺りを探し始める。
「確かっ……ここら辺に……って、あったぁぁぁぁっ!!」
思わず高々と上げた俺の右手には『インスタントコーヒーの空き瓶』が握られていた。
もちろんただの空き瓶ではない。
こつこつと小銭貯金を繰り返した俺の貯金箱である。
……と言っても100円、500円玉は必要に迫られて使ってしまうことが多く、ほぼ10円玉、5円玉、1円玉しか瓶の中には見えない。
しかし、それが今になってこのような事態に大いに役立とうとは!
何しろコーヒー瓶の3分の2近くまで小銭で詰まっているのだ。一円玉も相当数ある。
「よし! これなら十分だ……後は他の街でバラして売って……ここの近辺だとギルドのある街はどの位ある?」
『はい、西に半日でノークタンの街が、更にそこから北西に行くとアルカ=ディア。そこからピクシィウ、アットノーと廻りながら戻って来ると2日半。このパターンが期日までに一番多くの街を巡れると思われます。ニナロウを含めて5箇所に分散して売却すれば十分かと』
「分かった。そのパターンで廻ろう。早速行くぞ。時間には余裕を見ておきたい」
『了解しました。あるじさま』
「まずは西のノークタンだったな……」
俺は焦る心を抑えつつイスズのアクセルを深く踏み込んだのだった。
※
そして2日後の早朝。
予定よりも半日早く俺はニナロウに戻って来ていた。
この2日間というもの、食事と排泄と仮眠とギルドでの換金以外は、ほぼ運転しっぱなしで距離を稼いだのが功を奏したのだ。
おかげで肩は凝るわ、目は血走るわ、頬はこけるわ、隈は出来るわで……体調は最悪だが。
とにかくも換金自体は上手くいった。ニナロウ以外ではギルド員としてでは無く一般人として換金したので換金率は多少下がったが、同一人物と思われるリスクは減ったはずだ。
「後は……ニナロウのギルドで……30枚ほど売ればいいか……」
『あるじさま、体調がお悪いようですが……少し休まれては』
「ただの……寝不足だから……だいじょーぶ……と、着いたな……」
目の前には久しぶりに見るニナロウの冒険者協会。
がらんがらん……と、ドアベルを鳴らしながらギルドの中へと入る。
幸い買い取り窓口は空いていたのでそのまま職員に話しかける。
「すみません、買い取りお願いしたいんですが」
「はい、いらっしゃいませ……あ、お客様はあの時の……」
目を見開いて驚きの表情になる受付のお姉さん。
……あ、この子、前回大声で俺がルミニウム真銀を持ち込んだことを叫んじゃった子だわ。
「あー……またなんだが……大丈夫か?」
「ま、また、ですか? は、はい……すーはーすーはー……うん、大丈夫です! ドンと来いです!」
「そ、そうか……じゃあ……」
じゃららららん……と30枚の一円玉を受付に置く。
一瞬、目が点になるお姉さん。
「こ、今度は……ひーふーみー…………さ、30枚ですかぁ!?」
「だーっ! 声がでけえよっ」
「しゅ、しゅみません……」
まあ、今回は何が30枚か言ってないだけマシか。
俺は白金貨150枚を受け取ると、ルミニウム真銀の使い道について信用できる者のみに限定するよう厳重にお姉さんに言い含め、さっさとギルドを出たのだった。
※
「……はあ、やっぱりか」
ギルドを出てから背後に複数の人の気配を感じたので人気の居ないところに誘い込むと、あちこちからぞろぞろと出て来るわ出て来るわ。
「1、2、3、4……8人て所か。暇な奴らだな」
ちょうど前回の倍の人数だ。
前回といいタイミングが良すぎるな。
ギルド内に情報収集役でも置いてんのか。こいつら。
「くっくっく……強がりもほどほどにしな。懐の白金貨を全部置いていけばちょっとは長生きできぜこぉっ!!?」
まず、アルミチェーンを巻いた裏拳で1人。
「あ、兄貴っ!? Cランクの……戦斧のテューン兄貴が一撃だと!?」
続いてアルミ蒸着の作業服を生かしたダブルラリアットで2人。
「げほぉっ!」「ぶべらぁっ!!」
更に腰に差していた総アルミヌンチャクを振り回し、軽く4人をはじき飛ばす。
「ばふぉっ」「ごばっ」「ぶべっ」「げはぁっ!」
アルミ武器の扱いにも慣れ、手加減も出来るようになった。
どうやら気合いを入れると威力が上がるらしい。
逆に言えば、のほほんと打てばそこそこの威力で手加減できると言う事だ。
そしてあっという間に残りは1人。
「あ……お、おまえ……この間、冒険者協会に入ったばかりだったんじゃ……」
「ああ、うん。そう言えばここ2日間でだいぶレベル上がったわ……えーと……」
冒険者協会に入った時以来ろくに確認してなかったギルドカードを取り出して見る。
「ええとな……職業 自走馬車使い……レベル47だと」
やー、意外と上がってたな。
『魔の森』とか『人食い平原』とか『鮮血の荒野』とか近道を突っ切ったりして群がる魔獣を片端から殲滅してたからな。
「なんじゃそりゃあ!! 訳わかんねぇよ! 冒険者の職業じゃねえじゃねえか! おまけにレベル高過ぎだボケぇ!!」
錯乱したのか訳の分からない文句を付け始めるチンピラA。
「うん、まあ……とりあえず五月蠅いから寝てろ」
アルミチェーン付き正拳をちょこん、と軽くチンピラAのみぞおちに見舞う。
「ごべぼぁっ!!」
「あ、汚ねぇっ」
チンピラAは食事をしたばかりだったのか、色々なモノを派手に路上に吐き散らかした。
そして、どさりと自らが吐き出したモノの上に沈む。自業自得とは言えちょっとだけ同情する。
幸い俺の方にはルミニウム真銀のバリアのおかげでかかることは無かったが。
「ああ、もう今日は散々だったな……明日に備えてイスズの中でさっさと寝るか」
何しろ明日が本番である。
俺はトラックまで戻るとイスズに朝一に起こしてくれるよう頼み、布団の中に潜り込んだのだった。