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第一章 1

 夏休みの40日間を使って懸賞金のかかった殺人犯を捕まえる。

 ユウの持ってきた話は要約するとそういうことになる。

 「あの日さ、部活終わって帰るときに駅のホームでこのポスター見て、思いついちゃったんだよ。天啓だな」

 ユウはアイスコーヒーを飲みながらそういった。今日は七月二十日。午前中に始業式を終え、午後には部活も終え、さらに僕は数学研究室―通称数研―に顔を出してきて、現在時刻は五時半、現在地は高校の下にあるスタバだ。平日の夕方ということもあり、店内は閑散としている。

 この一週間は球技大会と部活でみっちりと埋まり、さらに僕には数学の追試という鉄槌が下されるのではないかという恐怖があった。幸い追試にはならなかったものの、わざわざ数研に呼び出された上に、二人がかりで説教をされた。高校に入ったばっかりなのにもう大学入試のことをにおわせる説教はなんだかあまり現実感がなくて、僕は二人がかりで説教する暇があるなら仕事しろよとか思いながらあくびをかみ殺していた。

 そんなわけであの賞金稼ぎの話をユウとするのは一週間ぶりの二回目。ひょっとしたらユウも忙しさにまぎれてあの話を忘れたんじゃないかと思っていたのだけど、忘れるどころかむしろユウは捕まえる自信をパワーアップさせていた。

 「だってさ、この犯人は顔も割れてる。名前もばれてる。しかも単独犯。まあ、つかまえられるんじゃないの?」

 ユウは緑色のカップを握りつぶさんばかりに左手を握り締め、さらにその顔には自身を漲らせていた。

 「その自信はどっから来るんだよ?」

 「大丈夫だって、オレ達が四十日間本気でやれば」

 僕はため息をついてキャラメルフラペチーノをすすった。めちゃくちゃ甘い。

 ユウに渡された「指名手配」のポスターに目を通しながら、質問する。

 「大体、なんでこいつなんだ?こう言っちゃなんだけど、殺人事件なんかほかにいくらでもあるだろう?なんでこんな昔の事件を調べるんだよ」

 ユウが、ちっちっち、と人差し指を振った。

 「ジュン、甘い。もう一度よーくその紙を眺めて御覧。できれば、容疑者の経歴の所をね」

 そう言われて、僕は紙に目を落として絶句した。

 「これはっ・・・!」

 その男の出身高校は市立松里高校。

 そこは、今まさに僕らが通っている高校だった。

 「てことは・・・」

 「そう。この男は、オレ達の先輩だ」

 僕はもう一度「指名手配」の文字の下の写真を眺めた。

 「伝統ある松里高校の一員として、捕まえないわけにはいかないだろう?」

 「別にそうは思わないけれど・・・」

 先輩、か。確かに興味をひかれる。

 上目遣いに僕を見るユウから目をそらして、僕はもう一度ため息をついた。

 とはいえ、乗り気でないわけではない。高校生二人組みの賞金稼ぎ、という響きには確かに心をくすぐられる。何よりも一人百五十万円という金額はすばらしすぎる。

 「もちろん、やるよな?」

 僕も、即答する。

 「わかった、やろう」

 ユウが一つうなずいて、満足げに笑う。

 「で、まずどうするよ?」

 「まあ、その紙を一通り読んでくれよ」

 そういってユウは僕が手にした紙に向けて顎をしゃくった。

 「ユウはもう読んだのか?」

 「まあな」

 「ぬけがけかよ」

 僕の返事を聞く前にすでに準備を始めているのが少し気に食わない。

 「まあそういうな。ジュンは最近小田ちゃんとおしゃべりで忙しかっただろ?」

 僕はユウをにらんでからもう一度紙に目を落とした。一番上に「指名手配」と大きく横書きされていて、その下に「修愛病院殺人事件」とある。どうやら警視庁のホームページらしい。

さらにその下に一人の男の顔写真。細面でメガネをかけている写真で、横に鉛筆で書かれた「現在のイメージ図」が載っていた。

 「修愛病院・・・」

 なんとなくその名前には聞きおぼえがあった。

 「ユウ、この病院て結構有名な病院じゃなかった?」

 ユウが頷く。

 「ああ。結構古くて規模のでかい総合病院だからな。まあ、一応名門てことになってるし。ほら――」

 とユウは有名な野球選手の名前をいくつか出した。

 「――も、ここでリハビリしてたらしいぜ。他にも、中国の政治家がお忍びでここを頼って手術にきてるとか」

 「ふーん」

 後半は眉唾だね。

 「ちなみに、オレもそこの病院生まれ」

 「・・・へえ」

 そういえばこいつは東京生まれだった。まあ、結構大きな病院みたいだし、そこで生まれた子供だってたくさんいるのだろう。

 話がそれたので、話題を戻す。

 「ま、とにかくこいつを捕まえればいいんだろ?」

 僕は、印刷された顔写真を指差した。

 「そ。そうすれば三百万円は俺たちのものだ」

 「というより、そんなにすんなり懸賞金ってのはもらえるわけ?」

 気になったので聞いてみる。

 ユウは咳払いしてからもう一枚紙を取り出して読み上げた。

 「捜査特別報奨金は当該事件において検挙に結びつく最も有力な情報を提供したものに対して、民法第五百二十九条、および五百三十二条に基づき指定された金員を支払うものです。金員は被疑者の検挙、事件の解決への貢献の度合いに応じて、上限額の範囲内で支払われます。また、以下のものは支払い対象から除外されます。

 ・  警察職員およびその親族

 ・匿名者

 ・共犯者

 ・情報入手の過程で犯罪等を行った者」

 そこまで読んでからユウはにこりと笑って僕を見た。

 「さて、ジュン、質問だけど、あなたは警察職員ですか?」

 「違う。でもさ」

 「親族に警察職員はいますか?」

 「いない。それでも」

 「本名をかくしたりしませんね?」

 「しない。だけど」

 「共犯者ですか?」

 「馬鹿言うな。しかし」

 「情報入手の過程で犯罪等は行わないですね?」

 「行わない。だけども」

 「なら問題ない」

 そういってユウは笑った。僕はなんとなく口を閉ざした。別に逆接の接続詞のボキャブラリーが尽きたからじゃない。

 ユウのポジティブさには畏敬の念すら覚える。

 「大丈夫。オレ達は三百万もらえるよ」

 「捕まえられれば、な」

 僕の憎まれ口に付き合わずに、ユウはさらにもう一枚紙を取り出した。

 「こっちが事件の概要」

 手渡された紙を斜めにざっと読んでいく。これは前にユウから聞いていた内容と大体おんなじだった。時は一九九〇年。殺されたのは一人の医者。殺したのは一人の男。舞台は病院。

顔を上げると、ユウが聞いてきた。

 「どうおもう?」

 「どう、って?」

 「まずどうするべきだと思う?」

 「どうせもうユウはもう考えてんだろ?」

 「まあね。でもオレが勝手に先走るのもなんだろう?」

 妙なところでユウは気を使う。大体、すでに先走ってるじゃないか。

 「ユウの考えは?」

 僕が促すと、ユウは考えながら口を開いた。

 「そうだな・・・まず情報収集からやんなきゃな。事件そのものが古いせいであんまりネットにも事件について詳しく載ってない。図書館かなんか行って当時の新聞かなんか見るのが一番良いと思う」

 「うん、僕もそう思ってた」

 「よく言うぜ」

 そういってユウはボトルガムをエナメルバッグから取り出してひとつ口に放り込んだ。

 「じゃあ明後日の土曜日に図書館に行くのは?それなら僕部活ないし、ユウもないだろ?」

 ちなみに僕は剣道部、ユウは理科部だ。なぜユウが小学校から続けていた剣道をやめて理科部なんかに入ったのか僕は知らない。なんとなく聞きそびれたままだ。母子家庭なのと関係があるのかないのか、ユウの決断は思い切りがよくて、そしてあまりその理由を話したがらない。独立独歩という感じ。そんな思い切りのよさが僕には少しだけうらやましい。

 「明日じゃだめなのか?小田ちゃんと約束か?」

 「ちがうっ!明日は練習試合があるんだよ!」

 ユウはガムをかみながらニヤニヤ笑っている。息がミントくさい。

 「とにかく、あさってで良いんだな?」

 「ああ、大丈夫。じゃあ朝九時に図書館前に集合な」

 「うん」

 「小田ちゃんとデートの約束もないな?」

 しつこいやつだな。それに、

 「ユウ、我ら1年D組の担任にして数学主任の小田教諭を『小田ちゃん』と呼ぶのはやめてくれ」

 「why?」

 「気持ちが悪い。少なくとも50過ぎのおっさんにちゃん付けは似合わない」

 「わかったよ。とにかく補習の予定はないんだな?」

 「ないっつってんだろ!」

 「そうムキになるなよ」

 ユウは笑いながら立ち上がってエナメルバックを肩にかけながら、不意に表情を曇らせた。

 「しっかしまあ・・・。」

 机の上の顔写真に向かってため息をついた。

 「こんなのが・・・犯人なんてな」

 

 

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