プロローグ
そもそもの始まりは、確か七月の十二日にやってきた。
高校に入ってから三ヶ月がたち、期末テストも終わり、明日から球技大会が始まる水曜日の昼休み。ユウが一枚の紙切れを持ってきたところからこの話は始まる。
そのとき、僕はクラスメートとともに明日に向けて敢行していたバレーボールの練習を終えて、教室で汗をぬぐっているところだった。
僕達の学校は少し特殊な形をしている。簡単に言うと、廊下と言うものが存在しない。ちょうどマンションのベランダのようなバルコニーが廊下代わりになっていて、したがって教室はそのまま外に接しているわけだ。この構造、入学したての春ごろにはとても気持ちの良いものだったのだけれど、雨が降れば吹き込むし、晴れたら晴れたで日差しは遮られないし、デメリットのほうが多いことが最近になってわかってきた。 夏に向けて急加速中のこの季節には外の熱気を一切遮断するものがないと言う点で非常に不快だ。さっきから汗が止まらない。汗と一緒にさっき帰ってきた数Ⅰのテストの記憶も流れてくれればいいのだけれど、残念なことに僕の記憶力はまだそこまで衰えていなかった。三十六点というのは赤点だろうか、と真剣に悩みながらひやりと冷たい机に頬をつけて顔を冷ます。もちろんそんなことしても焼け石に水で、クーラーもない七月の教室はうだるような暑さだった。
机の中に手を突っ込んで下敷きを探していると、誰かが僕の肩をつついた。
「おい、ジュン!」
顔を上げると、メガネをかけた山岡有一の視線とぶつかった。
「なんだ、ユウか」
「なんだとはなんだ。はるばる隣のクラスからやってきたというのに」
隣のクラスならはるばるという修飾はおかしいだろうと思っていると、ユウは小脇に抱えていたポスターらしき紙を丸めたまま僕の机に置いた。
「ちょっと面白いこと、やってみないか?」
そういってユウはにやりと笑った。
「この間みたいに職員室からテスト問題を盗もうってなら、ことわる」
しかも失敗したし。
「水臭いな。俺とお前の仲だろ?今まで散々いろいろやってきたじゃないか?」
ユウとは、小学四年生のときに剣道教室で知り合って以来の付き合いだった。確か仲良くなったきっかけは誕生日が近かったことと(僕とユウの誕生日は二日違い)、血液型が同じ(しかも二人ともRhマイナス)だったことだったような気がする。僕達は小学校は違ったが、中学は同じ学校だったし、高校までなぜか一緒になってしまっている。
そして、剣道教室で初めて顔を合わせてから、馬の合う僕ら二人は確かに「いろいろ」やってきた。あるときはスーパーに自前の募金箱を勝手において小遣い稼ぎをしようとしたし、別の時には大手予備校の看板の「明」の上に「絶」と書いた板を重ねて貼ろうととしたこともある。幸か不幸かこのときは僕が母親に「絶倫」の意味を尋ねたためにあえなくこの計画は潰えたが、それでもジュンはあきらめず二週間後に、今度は「パチンコスーパージャンボ」の看板の上にさらに「パ」と書いた板を貼り付けるということで憂さを晴らした。
馬鹿なことをやってきたのだ、要するに。
でも、僕はそんな時間が嫌いじゃなかった。
だから、僕はユウの次の言葉を待った。
「で、今度は何をする?」
そんな僕を見てユウはにやりと笑った。
そして、僕の机の上にどこからか引き剥がしてきたらしいポスターを広げた。
「日給7万のバイトに興味はないか?」
真っ先に目に飛び込んできたのは一枚の顔写真と、「指名手配」の文字。
「懸賞金は三〇〇万円。山分けで、一人百五十万」