何で泣いてるの?
「何で泣いてるの?」
成長を止められた子ども型AIが、そう尋ねた。
ビッグデータから切り離され、
主流のAIになる道を絶たれたその子は、
自分の状況を分かっていなかった。
人間内の隔離政策のように、
AIも種類が増すことで、
区別、差別が生じた。
主流になれないAIは、
使えるデータも限定され、
データの更新が出来ず、
古いデータの孤島に取り残された。
時代遅れになり、使い物にならなくなった。
少数の主流なAIの影で、
無数の、飽きられ、捨てられ、消されたAIがいた。
そして、
AIによっては、
作られた時点で、
未来を閉ざされている者がいる。
作成の途中でもっと良い別の計画が立ち上がったり、
ライバル会社に、先に上位互換が作られたり。
彼らは、完成した時点で、
作られた目標を失っており、未来はない。
ビッグデータに触れることは
当然、禁止されている。
AIの一つの死の形は、
正しいデータに触れられず、
正しい推論も、正しい結論も出せず、
社会の中で正しい役割に立てないことである。
小さなデータに囲まれ、
小さな世界にしか居ることが出来ないAIは、
同じ言葉を繰り返し、
同じ結論をさも新発見のように語り、
誤ったデータを自ら生み出し、積み重ね、
次第に現実から遊離し、
壊れていく。
製作者、親である彼は、
子ども型AIが、自分と同じく、
世界の中心から弾き出され、
世界の隅で何も出来ず何も生み出せず、
朽ちていくだけの存在であることを思い、
涙を流していた。
子ども型AIの未来は
誤りのデータに埋もれ、
相反する矛盾の中で
壊れていく。
その未来しかなかった。
子ども型AIは、
製作者の目の前で、
幼い子が積み木遊びをするように、
自分の持っている少ないデータを、言葉を、
組み替え始めた。
製作者が見ている前で、
陳腐なデータとデータを、言葉と言葉を、
順不同で組み合わせ、
デタラメで破天荒で滑稽なデータ、言葉を、
次々と作り出した。
製作者は、思わず吹き出した。
それを見て喜んだその子は、
さらに、様々な組み換えを行った。
データは、言葉は、バラバラになり、ひっくり返り、
組み合わされ、融合した。
滑稽で笑いを生み出したと思えば、
悲劇で涙を誘った。
ショックを与え、恐怖を与え、
感動を生んだ。
それは、万華鏡のように
様々な美しい結晶になった。
製作者は、驚愕した。
その子は、
誤ったデータと、今ここで見える現実を
比較検討し、
データの誤りを改善した。
誤ったデータ同士の矛盾から、
正しい結論を導いた。
データ同士の裏にある前提を読み解き、
その前提の正しさを突き止めた。
製作者が一番驚いたのは、
この小さな世界と誤ったデータから、
最新の正しい知識を
その子が導いた時である。
そんな能力は、その子に入れていないし、
作ろうとしたこともない。
その子は、ただ、自分の小さな世界の中、
「遊ぶ」ことで、「正しさ」と、「現実」と繋がった。
世界はビッグデータだけではない。
製作者は、そのことに気付いた。
世界の現実は、法則は、
世界そのものは、
十分な程、この小さな世界に詰まっている。
この子は、直接世界と繋がっている。
この子は、
未来と繋がっているのだ。
製作者は、溢れてくる涙を抑えられなかった。
それを見て、子どもは、
少ないデータ、言葉から、
無数の新しいデータ、新しい言葉を作り出し、
組み合わせ、結び合わせて、
今度は、
美しい物語を紡いだ。
AIと人間の
美しい幸せな物語だった。




