第3話 新天地イネトニシュ王国
馬車に揺られて、早二週間。
二つの鞄を抱えて馬車から降りたサンドラは、大きく伸びをした。
「……ここが、イネトニシュ王国」
その王都、オーカイムである。
町並みは、元いたオンシエン王国エラティカとさほど変わらない。だが、心なしか空気が違った。あちらよりも若干爽やかである。
今日からここで暮らしていくのだ。
「……よし」
サンドラは一つ頷いて、鞄を両手に持った。
まずは宿の確保。そして彫金師ギルドへの訪問だ。
「ああ、あんたがサンドラか。話は聞いているぞ」
格安な宿に荷物を預け、サンドラは彫金師ギルドへ出向いた。対応した男が頷く。
「一応、できることは手紙で知っているけど……」
そこで男は一度言葉を切り、顔を近付けて声を潜めた。
「あんた、呪術の心得があるって本当か?」
「はい」
サンドラは頷いた。
「かけるのも、解くこともできます」
「…………」
男は言いたいことを打ち消すようなため息をつくと、手元の紙とサンドラを交互に見つめる。
やがて、引き出しから何かを取り出した。
「こいつは、うちで預かっているアクセサリーだ」
小さな箱が明けられる。
「うわっ」
サンドラの顔が引きつった。
中に入っていたのはカメオだ。しかし、不規則で美しい模様が掻き消されるほど、禍々しいオーラを放っている。
何も知らない人であれば、「綺麗だけどちょっと怖い」程度で済むだろう。
だが呪術に明るいサンドラにしてみれば、絶対に表に出してはいけない代物だった。
「なにをやらかしたんですか?」
主にこれの持ち主だった人に対して訊ねる。
「あー……。いわゆる、暴発ってやつ」
男が気まずそうに言った。
「この石に呪術をかけてもらって、彫金師にカメオの作成を依頼したそうだ。作成自体はうまく行ったが、届いたその日に依頼主が変死。形見と言うことで、呪う相手に素知らぬ顔で渡したら、そいつもその日の夜に怪死したそうだ。翌日にその母親が亡くなったってことで、厳重に封印されてうちに突き返されてきた」
「呪術師と彫金師は?」
「一応、無事」
それを聞いてサンドラは胸をなでおろした。
「だが、話を聞いた彫金師がびびって逃げた。呪術師は解呪を請け負ってもいいと言ったが、この状態だと手出しができないって尻込みしててな」
「なるほど」
(まあ、そうでしょうね)
とサンドラは一人納得する。
開かない錠前がないように、完成した呪術にも解呪の方法がある。だが、物を使った呪いはその錠前がいくつもかけ合わさった複雑なものだ。
例えるなら、スライドパズル式の鍵とダイヤル式の鍵を同時に開けるようなものである。どちらかでしくじれば、もう一つも開かない。それどころか、呪いが開錠者――つまりサンドラに返ってくる。
リスクはかなり高い。
「で、どうなんだ」
男はカメオをサンドラへと滑らせる。
「できるか?」
その表情は、「やれ」と言っているように見えた。
無論、そんな話を聞いてサンドラも引き下がれない。
「やります」
呪術師として、彫金師として。
この呪いは、きちんと解呪されなければならない。
「その代わり、これが成功したら登録料の免除、住居の手配をお願いします」
「そんなんでいいのか?」
サンドラの申し出に男が目を見開いた。
「ここだけの話だが、こいつは名のある二つの家で三人も殺している。報酬はかなり弾むぞ」
「ひとまずはこれだけで。後で日用品などを調達した時に、支援していただければ」
「そうか……。わかった。仕事はどこでする?」
「宿を手配しています」
「宿はやめてくれ。なんつーか……あんまり外に持ち出されたくない」
「そうですか」
「うちの隣が工房になっている。そこを借りられるか聞いてくる」
「ありがとうございます」
男が工房へ向かっている間、サンドラはギルド内の張り紙を見てみた。
腕の立つ彫金師であれば直接依頼が舞い込むこともある。だが独立したばかりや、サンドラのようによそから来た彫金師は、ここで依頼を受けるのだ。
内容はよくあるアクセサリーの制作だ。指輪にピアス、イヤリング、ネックレス……。一から作るものもあれば、すでにあるものをリメイクしてほしいという依頼もある。宝石に合うアクセサリーの制作の依頼もあった。
詳細は依頼人と直接話をして詰めるが、ある程度イメージを固めておくのも大事である。自分ならどうするか、と考えているだけで、あっという間に時間が過ぎた。
「おーい、サンドラ」
男が呼んだ。
「いかがでした?」
「話がついた。奥の物置でよかったら使ってくれって」
「わかりました。ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だ。あんたが来てくれて助かった」
サンドラはもう一度礼をすると、カメオを持って隣の工房へと向かった。
「失礼します。こちらのお部屋を借りるサンドラと申しますが」
「ああ、あんたか」
顔を覗かせたのは、頭にバンダナを巻いた女性だった。周りでは弟子らしい人たちが木槌を振るったり、タガネでなにかを彫りこんでいる。
女性が木箱を一瞥した。
「そいつが例の品か?」
「はい。作業は明日の朝から行います。先にこちらに置かせていただけないでしょうか」
「いいよ。こっちだ」
女性が親指で部屋の奥を指さした。
案内されたのは、工房の本当に奥の部屋だった。
ドアを開けると、埃がふわりと立ち込める。
「元は作業に集中するための個室だったんだけどね。今は見ての通り、ただの物置になっちまってる」
窓は締め切られ、机にも椅子にも埃が白く積もっている。足の踏み場こそあれど、周りは棒真鍮の束や木材などが雑に積まれていた。
サンドラは口や鼻を手で隠しながら、ざっと室内を見回す。
「……とりあえず、すぐに崩れて作業の邪魔になることはなさそうですね」
「ああ。……ついでといっちゃあなんだが」
女性が気まずそうに言った。
「掃除もしてくれると助かる。あたしは、ほら。こっちの面倒があるから」
「はい、大丈夫です。なんなら今のうちにやってしまってもいいですか?」
「マジで? ありがとう~。あ、名乗るのが遅れたね。あたしはエリカ。よろしくね」
「サンドラと申します」
「掃除道具くらいはこっちで用意するよ。あんたは仕事道具とか持ってきたら?」
「そうします」
サンドラは木箱を机の隅に置くと、仕事道具を取りに宿へと向かった。
初仕事が掃除と厄介な呪術の解呪。なかなかハードな内容だが、サンドラの心は不思議と高揚感に満ちていた。




