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ルア・アストレイ Ⅰ

【ルア視点へ:夜の町】


 ルアは、いつもの"寝城"――

 公園のベンチに、あおむけに寝転がっていた。


 今宵は、赤い月が浮かんでいた。

 見慣れない林檎の形をしている。ホログラムの天井は、

 またどこかの広告主に貸し出されているらしい。


(……変な空)


 ルアは心の中でつぶやく。


(……でも、なんだろ?)


 ルアは初めて来たその場所に、どこか懐かしさを覚えていた。

 ……気のせい、か。

 そう思って、藪に隠していた小さな箱へと手を伸ばした。


 中には、数冊の少女漫画。

 画面のひび割れた携帯ホロモニター。

 ボロボロのお菓子の広告。


 広告以外は、スラム前の怪しいジャンク屋で仕入れた品々だった。


 トワイライト・アップルに来て、ひと月。

 幸い、ここでは仮面の男以外の追跡者は現れていない。


 ルアは、久しぶりに、ちょっとだけマシなホームレス生活を送っていた。


「ワタシは、林檎の月より、食べられる林檎だ」


 乙女らしからぬセリフを呟きつつ、がさがさと袋をあさる。

 今夜の夕飯、TAトワイライトアップル限定——

 アップルパイをひとつ。


 ルアはそれを片手に持ち、あおむけのまま口に運んだ。


 もぐもぐ、もぐもぐ……。


「……オイシすぎだろ」


 焼けた小麦の香ばしさと、熟れた林檎の甘みが、口いっぱいに広がる。

 それだけで、心がほぐれていくようだった。


 TA名物の、果実香るアップルパイ。

 各地で話題になる、夢の様に甘くて、爽やかな酸味に包まれる、

 奥にはほんの少しだけビターな味が残る。

 まるで――

 背伸びした少女の恋みたいな味だった。


(……でも、二番目だ。"あのとき"には敵わない)


 ポケットに手を伸ばすと、小銭が数枚。


(……これで最後か)


 次のパイを買う余裕は、もうなかった。

 マスターのいないジェムットに、世間の風はとても冷たい。

 法的な支援も存在しない。

 廃棄場のオートマチック人形と、扱いは大差はない。


 それでも。

 実のところ、仕事はなくはない。

 しかし、ルアには、さらに特殊な事情があった。


「……また、アレをするしかないか……」


 ぽつりとつぶやいた声には、わずかな険しさが滲む。


 ……しばらくすると、

 ルアはまぶたを重くして舟をこぎ始めた。


(……休止モード……入っちゃ……)


 朝食の為に、三分の一ほど残していたアップルパイ。

 それはもう、ひと欠片しか残っていなかった。


 そして、

 その懐かしい、甘い香りが――



 眠っていた記憶を、ふいに呼び覚ました。


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