蒼き雨夜に ―機械の少女は、なぜ生きる― Ⅰ
蒼月が降る、大雨の夜。
ホログラムの空に浮かぶは、夜を模した"偽の星"。
全身が痺れ、言うことを聞かない。
(ぐっ……な、んて……やつだ……っ)
スラムを抜けた空き地で、 一人の少女が膝を付いていた。
「――ルア・アストレイ。お前は、なぜ"まだ動く"?」
仮面の男が、問いかける。
黒衣に身を包み、紅い長髪が、炎のように夜にたなびいていた。
漆黒の刃が、ルアの喉元に突きつけられる。
「私は……壊れない。——生きているからだ」
ルアは濡れた銀髪を払うと、鋭い瞳で、男を睨み返した。
機械を含んだ肌には、無数の傷が刻まれていた。
水気を帯びた衣の隙間から、華奢な肩がのぞく。
泥にまみれた脚が、月蒼の光に白く浮かんでいた。
その瞳には、決して折れぬ火が、燃えている。
――その様子を、近くの廃ビルの屋上から、ふたりの者が見下ろしていた。
濡れた縁に伏せ、雨の中、息を潜めて。
「……あれ、本当に人間か?」
暗視スコープを覗きながら、若きマスター・シグレは呟いた。
「人間がジェムットを圧倒するなんて、聞いたことないぞ」
「分類不能です。……人間でも、ジェムットでもない。
反応だけが、"進化の先"を示しています」
シグレの隣。人間に近いルアより、大分メカニカルな少女機体。
"紅玉EF-50"は、目を細めて言った。
「紅玉……あいつ、止められるか?」
彼女の瞳が、わずかに揺れた。
「……私は、あの知の聖機体。アップルEF-2の後継機です。つまり、
"大賢者型"なのです。残念ながら、戦闘には向きません」
「――それを言うなら、知識型だろ!」
「せめて……賢者にしとけ」
「そうとも言います」
そういって、紅玉は、濡れたカップに手を伸ばした。
真顔で言い張る彼女に、シグレは頭を抱える。
「あなたが私のマスターであれば、従ってもよかったのですが」
ずずっと、音を立てながら、果実ドリンクに口を付ける。
「わかったよ。じゃあ後で……レモネスをたらふく奢ってやる。
それでいいか?」
紅玉の瞳の奥に、邪な火が灯った。
「……私はヒーローコピーです。
ならば、誇りにかけて――彼女を守るべきでしょう。それが正義というものです」
彼女は芝居がかった口調で有徳の士を気取ると、
調子よく機械の腕を構えた。
「またよく分からんワードが出てきたな……」
わかりやすく気取り始めた紅玉に、シグレは呟いた。
蒼い月が、雲間から顔を出す。
その光に照らされて、
紅玉の瞳がわずかに煌いた。
「"真名"――ELEGANT FORCE《エレガントフォース》50。だが、私はまだ……
その名に値しない」
キィィィ――—
紅玉の胸の奥から、赤い光が淡く漏れ出す。
どこかわざとらしい機械音と共に、腕が静かに変形していく。
「……受け継がれし砲撃——これは、まだ見ぬ英雄への祈り……」
廃ビルの屋上。
雨風に晒されながらも、紅玉は迷いなく標的を見据える。
内部の共振核が、臨界を超えて震える。
そして、
刹那。
「……この想いは残響でも――
―—未来へ届く破片になれ!!」
白が収束し、瞬いた。
「【ECHO-FRAGMENT《エコー・フラグメント》】!」
――キュィィィィン……!
その声は、澄みきっていた。
どこか少年のような声が、夜に、まっすぐ響き渡る。
紅の光が、ひと筋の彗星のように闇を走る。
狙うはただ一人――




