透明な檻
とても短い短編です。気分転換にでも是非
檻の中で目を覚ました。
少しの間だけ目を閉じていたらいつの間にか寝ていたらしい。どのくらい寝ていたのかは定かではないがないが目が覚めたら檻に閉じ込められていた。
「えー、あー、まじ?」
檻に閉じ込められるような悪事は働いていないし、誰かの反感を故意に買うような事もしていない。思い当たる節が無さすぎる。
「確か、友達と上の方にある遊園地に行って、そこのジェットコースターに乗って、それからー」何をしてたんだ?寝過ぎて記憶が曖昧にぼやけてしまっている。
こんなぼやぼやのピンボケした頭の中の記憶は自分でも少し疑ってしまうかもしれない。
「知らない内になんかやらかしたか」
開き直るといえば少し聞こえが悪いが、覚えていないのだ、どうしょうもない。とりあえず檻の観察でもして寝ぼけた頭を起こそう。
檻は分厚いガラスのような透明な素材で出来ていた。すべての面が透明なので光が自分の背中を照らしていた。自分の足元と前方で影が頼りなく揺れている。
上に顔を上げると天井が無く、吹き抜けになっていた。コレは本当に檻なのか疑いたくなるほどに開けていたが、檻(仮)の側面は上に向かうにつれて外側に開けていた。図形で表すなら円錐を底面と平行の方向に切り、面積が小さい方の円を底面とした形になっている。
試しに何度か上によじ登れないか試したがダメだった。日頃の運動不足を少し呪った。閉じ込められてる者が出られない構造をしているのならコレは檻と言ってもいいだろう。
「さて、どうしたものかね」
閉じ込められてからどのくらい経ったのか分からないが、そろそろ自分を閉じ込めた人間の顔を拝みたいと思いだした。食事は普段から余り量を食べないため空腹でどうこうなることはないだろうが、とにかく暇だった。
「せめて本やら雑誌やらなんかあればいいのに」
人は空腹で死ぬことはあっても、暇で人は残念ながら死なない。暇を持て余し続けるということは生き地獄と変わらない。
「ピカソのフルネームでも諳んじようかね」
暇を潰す方法を思案していた時、ふと視線を感じた。人か、獣か、はたまた幽霊か?
首を回して見てみると、それは大きな黒い獣だった。光を反射して怪しく光る毛皮、満月のように黄色い瞳、縦に長い瞳孔、爪は見当たらないが口元には鋭い牙が見え隠れしていた。
運動不足の獣から見ればあまりに小さい自分なんか簡単に踏み潰されて、間食にでもされるだろう。終わった。殺されるなら痛みを感じることなく一撃で殺してほしい。
「明日予約してたゲームが届くはずだったのになぁ」一度も触らずにお陀仏とは悲しすぎる。
獣が檻に近づいて来た。とうとう殺されるのかと目を閉じた。覚悟はできても自分の体がバラバラになる所をわざわざ見たいわけがない。
目を閉じてからしばらく経ったが、何も起こらない。おそるおそる目を開けると、獣は檻から離れる所だった。まだ食べ頃ではないと判断したのか、腹が減ってなかったのか、とにかく自分は生きていた。
「ふぅ」知らない内に止めていた息を再開する。指先がまだ冷たく震えている。
その時、地面が揺れた。何事かと外に目を凝らすと、先程の獣が崖から飛び降りたようだ。どうやら檻の先しばらく進んだ所は崖になっているようだ。どの位の高さなのかは分からないが、獣が着地する音が意外と早く聞こえたので高さ自体はそれほどでもないのかもしれない。
兎にも角にも、獣がいなくなったことで元の静けさが戻ってきた。同時にまた暇になった。あの獣は自分を檻に閉じ込めた者が飼っているのか、もしくは野生か?もし野生なら随分と毛繕いが上手いのだろう。
「みんなに心配かけてるかもな」一緒に遊園地に行った友人の顔を思い浮かべる。
自分だけが閉じ込められていればいいが、遊園地の後の記憶が曖昧なため友人も閉じ込められている可能性が残っていることに気づいた。もし自分と同じく閉じこめられているのなら助けに行きたい。助けに行きたかった。
自分の運動能力を恨んだ。もし生きて家に帰れたら運動をする事を決意した。
「本当に、なんで俺なんだ?」とっくに起きた頭で考える。
仮に恨まれた結果ここに閉じ込められているとしても、閉じ込めた本人が出てこない以上どうしようもない。悔い改めるにしても思い当たる節がないのだ。薄っぺらい懺悔は相手も望んでないだろう。
ならやはり犯罪に手を染めていたのか?いや犯罪に手を染めた結果ここにいるのならここは刑務所ということになるが、看守のような人も見当たらない。独房でもさすがに看守の見張りはあるだろう。
「んーー、分からん!!」試しに薄っぺらい懺悔でも叫んでみるか?返事してくれる人の姿は確認できないが何もしないよりはマシだ。
「俺はこの檻の中で自分の犯した罪と向き合い、心から後悔し、反省しました。もう二度と同じ過ちは犯しません。」
静寂の中をヒラメのように薄っぺらい懺悔が泳いでいく。返事はなくヒラメも姿を消した。
もうここで年をとっていくしかないのかもしれない。もう一回寝たらコレは趣味の悪い夢だったというオチはないのか。
自分の手の甲をつねってみたが、しっかりと痛みが走った。ここにはトランプの兵隊もペンキに塗れた薔薇も存在しないようだ。
「あ」手の甲の痛みと共に少しだけ記憶が蘇ってきた。
ジェットコースターのあとプールに行ったのだ。プールで泳ぎ回り最後にウォータースライダーを滑ったのだ。ウォータースライダーのトンネルがとても暗く気味が悪かったのを思いだした。その後の記憶は蘇ってこなかった。
「…キレそう」理不尽にも程がある。主犯がいるのなら五発ほど殴らせてもらわない気が済まない。
行き場のない怒りを込め、足で何度か檻の壁を蹴った次の瞬間、ゆがまた揺れた。
「うおっ」檻が少し揺れ、体勢を崩した。幸い頭は打たなかったが檻にぶつかった肘が痺れた。見ると、黒い獣が崖から登って来たようだ。
「マジかよ」今度も見逃してくれたらいいが
獣はゆったりと優雅とまで思わせる足取りで檻の近くを歩く。歩くたびに地面が微かに揺れる。心臓に悪い。
ふと獣の足が檻の前で止まった。黄色い瞳がどこか考えているように微かに震える。値踏みされるような視線に、思わずまた息を止める。
「食うなら早くしてくれ」これから訪れるだろう痛みに備えて、そっと目を閉じる。
空気が揺れた、獣が前足を振り上げたのが伝わった。
来る。
檻がかつてない程揺れた。もはや回るに等しかった。獣が檻ごと自分を前足で叩いたのだ。
自分が檻ごと落下しているのを感じた。なるほど、爪が見当たらなかったが獲物を殺すのに爪は必要なかったのか。とは言え落下死とは、安らかに逝けそうにない。
ガッシャン!!檻が砕けた。
「あー!おいタマ!!」どこかから低い声が聞こえる。ひしゃげた体が芯から震えるのがかろうじて分かった。
「テーブルの上に乗るなって前も注意したばかりだろ!」低い声がどんどんこちらに近づいてきた。
「ほら、ガラスは踏んだら危ないから向こうに行け」ドスドスと大きい足音を響かせながら声は自分のすぐそこまで来た。
「あーあ、このグラス気に入ってたのに」
自分の周りに散らばった檻の破片を拾いながら声はどこか悲しそうに呟いた。体の感覚はもうなかった。
「雑巾、雑巾っと」ドスドスと足音を響かせながら声が遠ざかっていく。
「反省してんのかタマ?次やったらチュール無しだからな」声が戻ってきた。
何かで地面を擦っている。嫌な予感がする。
「…っ」体が何かに吸い込まれるのを感じた。
「グラスの中身が水でよかったな」男は床を拭きながら一人呟いた。手に持った雑巾は水分を含んで重くなっていく。
「新しいグラス、次の休みにでも買いに行くか」男は割れたグラスを新聞紙に包み、手に持った雑巾をキッチンで絞りながら次の休みの計画をたてた。
戦犯である黒猫は前足を舐めながらどこ吹く風とばかりに歩いていった。
透明な檻は跡形もなくなくなっていた。
思いつきで走り書きしたので、至らぬ点が多数あると思いますが、よろしくお願いします。
伏線をはったつもりですが、上手くはれている自信はありません。




