5日目 マーヤはベルナデットとして生きる
ここから時系列順にエピソードが進んでいく予定です。しばらくはおちゃらけパートが続きます。
時は過ぎて、入れ替わりから5日目。
熱を出した子供の看病を終え、5日ぶりに公爵邸にやってきたキャサリン侍女長は、屋敷の異様な雰囲気に首を傾げた。なんというか、建物全体が困惑している。
「そこのあなた、私がいない間に何かありましたか?」
通りがかった奥様付きの侍女に声をかけるが、侍女ははこちらも見ずに激しく首を横に振り、そのまま立ち去ってしまった。
「おかしいわ。うちの面々はそんじょそこらのことでは動揺したりしないのに」
主にミレイユのおかげで、屋敷の人間は揃いも揃って強心臓である。侍女長は聞き方を変えることにした。
「そこのあなた、ベルナデット様が家出でもしましたか?」
「そこのあなた、奥様がまた人件費の削減に乗り出したのですか?」
「そこのあなた、公爵様が屋敷をまた魔改造したんですか?」
「そこのあなた、王子がミレイユ様に不貞でも働いたのですか?」
「そこのあなた、この屋敷で殺人事件でも起きましたか?」
はいかいいえで答えられる質問を心がけたが、いまいち反応がよくない。思いつくことは一通り聞いてみたが、屋敷のものは揃いも揃って歯切れの悪い回答をするばかりだ。
「おかしいわねえ…」
そんな時、侍女長は絶対に答えてくれるであろう人物を見つけた。
「ねえあなた、お久しぶり。自分の子供が熱を出しても1日も帰ってこなかったわねえ。わたくし、それはどうかと思いましてよ」
鎧に身を包んだ大柄な男がビクッとして固まる。この屋敷の騎士団長、言わずもがな侍女長の夫である。
「いや、それには理由があってな…」
「お黙り。言い訳は後で聞くわ」
「ひっ…お前も気づいてるんだろう?ここで何があったのか」
「それを知りたくて聞いて回ってるのよ」
「申し訳ないがこれから当番があるんだ。詳しいことはベルナデット嬢の部屋に行けばわかる」
「はあ…ベルナデット嬢が」
満足のいく返答ではなかったが、散々焦らされた侍女長はとりあえずベルナデットの部屋に行くことにした。
「…んでや…ん!なんでやねん!ちゃうちゃう!なんでやねん!ちゃうちゃう!」
ベルナデットの自室は2階の真ん中にある。オルゴールのコレクターであるベルナデットの部屋から、普段なら優しげな音楽が聞こえてくるのだが…今日はそこから何やら奇声が聞こえてきた。侍女長はそれを聞くや否やベルナデット様が狂ったらしいと理解した。
「公爵邸の良心がこの様子じゃ、メイドたちの反応にも頷けるわね…」
わがまま放題になってもおかしくない後妻の連れ子という立場にして、公爵家一家のトラブルの火消しを一手に担うベルナデットに、家臣たちはどちらかというと同情的である。
「ベルナデット様、大丈夫ですか?」
努めて優しげな声をかけながら、刺激しないようにドアノブに手をかけようとしたその時…
「いでっ!」
「なんでやねん!」
転けた。侍女長は何が起きたのかわからず黙りこくる。胸ポケットから落ちたペンがコロコロと転がっていった。
「えっ、床が傾いている…?」
「ちゃうちゃう!」
傾いているというより、ベルナデットの部屋の前の床がたるんで凹んでいる。 壁の上部にはヒビが入っていた。これはつまり。
「ベルナデット様がとんでもなく太った!?」
「なんでやねん!」
明らかに部屋の床が、なんらかの重みに耐えきれず変形している。
「つっこみ発声練習、これで3000回か…2日間やってこれだから、1万回は遠いなあ」
理解が追いつかず床から起き上がれない侍女長の耳に、少し掠れたベルナデットの呟きが入る。中からバタバタバタっと何かが崩壊する音がしたかと思うと、今度は歪んでギコギコ言う扉がゆっくり開き、中から張本人であるベルナデットが登場した。
「あれえっ侍女長、大丈夫ですか?」
ベルナデットは太ってはいなかった。むしろ痩せていた。だがベルナデットの後ろにすごい量の本の山ができている。これが床の歪みの原因だったことは明らかだった。
「ボケの心理学…?」
しかしそんなことよりも、侍女長の目がその本の表紙に釘付けになる。
「ボケとツッコミの極意
よりよいツッコミのための修行
一からわかるツッコミ
宇宙一わかりやすいツッコミの教科書
ボケとツッコミの本質
いかにしてボケは成立するか
ツッコミ 〜高度な頭脳戦〜
ラクゴが教える東洋のツッコミ
完全攻略!ツッコミ
絶妙な間とツッコミの関係
笑いをとる〜初級編〜
ツッコミの真実
ツッコミを誘発するボケの正体
エレバンスの乙女 〜ツッコミに生きた半生〜
漫画でわかる!ボケとは何か…………」
この世にツッコミをテーマにした本がこんなにあるはずない。そんな侍女長の心の叫びも虚しく、また一つ本の山がバランスを失って崩れる。その表紙にもツッコミ、ツッコミ、ツッコミ、ツッコミ…。ツッコミに対してゲシュタルト崩壊が起きそうだ。
「私が悪かったのよ…」
侍女長はボソボソと呟く。きっと、演劇を禁止したことでベルナデット様が壊れてしまったに違いない。最後の砦を私が奪ってしまったのだ。胸が詰まって申し訳なさでいっぱいになる。侍女長はベルナデットの中身が見ず知らずの他人になっていることを知らない。
「侍女長、どこか痛めましたか?」
心底心配そうな顔をして手を差し出すベルナデットに、侍女長はか細い声で答える。
「ええ…目と頭を少し…」
「なんでやねん」
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