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マンドラゴラを食べただけなのに

 快晴の空、真っ白な豪邸、決して美しい景色ではないけれど、落ち着くには申し分ない、開けた庭。そこで優雅にティータイムを楽しむ。これが月に一度か二度くらいしかない私の至福の時間だ。


 ドゴォーーン。爆音とともに魔法陣から巨大なドラゴンとそれを片手で引きずり出す少女が出てくる。


 前言撤回する。私の至福の時間はいつも、このガーネット・クラスターという人物に振り回されているのだ。


「おーーい、フィーリ。私の研究室から縮小の小瓶とってきてくれ~~」


 正直、西館から東館まで一キロある庭はどうかと思っていたが、目の前にいるバカを見ると、これでも足りないんじゃないかと思わせられる。


「フィーリーーーー!! 聞いてるーーーーーー? って、うわーーーー!」


 ワープの魔法で近づいて魔法陣に引き込まれそうになっている師匠をドラゴンごと引き抜く。


「師匠の研究室、散らかりすぎてて、どれがどれかわからないんで自分で取ってきてください。あと、今回取ってくる物ってマンドラゴラの葉ですよね。何がどうなったらドラゴンなんて引き連れて帰ってくるんですか。」


 正直、このガーネット・クラスターという人間にこんな説教しても明日には忘れて、変なことをしでかすから意味はないのだけれど。さすがに今回はツッコまざるを得ない。


「いやいや。フィーリ・プラネット君よ、これを見てなんともおもわんのかね」

「なんですかその口調。……別段、あの世界にいる神聖生物じゃないですか?」


 目の前の少女はニヤリと笑った。


「フィーリ君もまだまだだね。羽をよくみてみな」


 師匠に言われた通りに羽を見る。付け根あたりだろうか? 不自然なほどに変色している。


「師匠なんですかこれ?」

「呪いだよ。それも体の動きを少しだけ鈍らせるだけの呪い」

「呪い!? 仮にでも向こう世界では神聖生物ですよ。しかもこんな呪いなんて、勝手に弾かれるはずじゃ。」

「そう、本来はこれほどの神聖を持っている生物であれば呪いなんてものは意味をなさない。しかし、こいつの体には確実に呪いがかかっている。どうしてじゃと思う?」


 本来ドラゴンとは、古から崇められ、それの影響で元々強い存在だったのにも関わらず、さらに概念的な守りまで得ている。それはどの世界に行っても変わらない。パっと見、似ている奴等もいるが、そいつら自体守りはあれどそこら辺のトカゲと大して変わりはしない。だが今回はそんな偽物の奴等ではなく本物のドラゴンだ。いくら考えても、体の動きを少しだけ鈍らせるだけの呪いなんて、ちんけなものにかかるわけがない。


「お手上げかのう?」


 目の前の少女はとてもうれしそうだ。その笑顔を見るだけで少しイラついてくるが、この件に関してはどうあがこうともお手上げだ。


「じゃあヒントをやろう。」


 師匠はポケットから葉っぱが入った小瓶を取り出す。


「これは……頼んでいたマンドラゴラの葉ですか?」


 少女はコクリと頷く。

 とある世界じゃ引っこ抜いたら泣き叫んで、まともに聞けば発狂死するとかなんとか。今回採取した世界ではただの薬草だけど。

「てかこれ今、関係あります?」


 師匠は小瓶の蓋を開けてマンドラゴラの葉をよこしてくる。


「食ってみな」

「はい? いやですよ薬草をそのまま食べたくはないです。」

「あーもう分った。じゃあ噛むだけでもいいよ」


 正直、あんまり変わりないのでは? とも思いはしたが仕方なく噛んでみる。


「苦い……」


 それだけの感想しか出てこなかった。ただ単に嫌がらせにあってるのでは?


「特に何もなかったんですけど、嫌がらせですか?」


 師匠は黙ったまま、さっきまでマンドラゴラの葉が入っていた空の小瓶を放り投げてきた。


「ちょっ……」


 小瓶をキャッチしようと体を動かすが手足の反応が遅れる。

 そのまま小瓶は地面に落下しパリンッと音を立てて割れてしまった。


「いまのは……」

「そう、それがドラゴンにかかっていた呪いじゃ」

「信じられません。そもそもあの世界のマンドラゴラにこんな作用なんてありましたか?」


 師匠と私の仕事は、いくつかの異世界に赴いてそこに生えている植物などを採取、研究して、薬など国に貢献できそうな物を栽培する。そんな仕事だ。だからこそ、前に採取した時にはこんな作用なんてなかったと記憶している。


「もちろん、ないに決まっておろう。こんな大々的に表れているのを見逃す間抜けではないわ。」

「てことは、私たちが前に調査した時から向こうの世界では変化があったってことですよね。」


 師匠は腕を組み大きくうなずく。


「けど、こんな変化何が起きたら……」


 今までも、初めて採取した時と、後からもう一度採取した時に効能が変化する物もいくつかありはしたが、どれも外的や汚染から身を守るためなどだったはずだ。


「おぬしは今、外的や汚染から身を守るために変化したと推測しておるのだろうが、

残念なことにそのような理由ではない。」

「じゃあ何が起こったらこんな事になるんですか?」

「では、そろそろ次のヒントへと移ろうか。」


 師匠はまたも憎たらしい笑顔を浮かべる。


「あの世界の特徴は覚えおるか?」

「えっと。いくつかの山が連なっていてその中でもひときわ高い霊峰の麓に大きな村がって、頂上には師匠が連れ帰ったドラゴンが住んでるんでしたっけ?」

「そうじゃ、そして村人はドラゴンに村を襲われないようにするため霊峰を登り、供物を奉納しておる。」


 今のがヒントなのだろうか、特に何か結びつけれそうなものがない。


「それと、もう一つあったじゃろ?」

 

 他に特徴何てあっただろうか?


「……あっ、噂や信仰によって性質が変わったりするんでしたっけ?」

「うむ。正確には思い込みによる影響を反映している。ってところじゃ」


 となるとマンドラゴラの呪いも、ドラゴンの呪いへの耐性も、思い込みのせいで変化してしまったという事だろうか。


「おぬしが今、たどり着いたであろう答えは半分正解で半分間違いじゃな」

「半分ですか?」

「うむ。どちらも思い込みで性質が変化する可能性はあるが、あの世界だとマンドラゴラに呪いが付与されるとしても、ドラゴンの神聖がそこまで落ちることはないじゃろ。落ちるとしても微々たる差じゃな。」


 確かにマンドラゴラは、見た目や食べた後に体調を崩したなどの噂が広まれば性質が変化しそうだが、長年崇められたドラゴンの神聖が落ちそうな噂など、思いついても口に出したら憚られそうだ。

 ……やっと答えに近づいたと思ったら、真っ向から否定されてしまった。


「ふむ。さすがに答えに行くとしようかのう。」


 いつもは問題ばかり持ってきてアホさ加減に頭を抱えるが、こういう所は師匠なんだと思わせてくれる。


「実のところ、答えはすぐ側まで近づいておる。おぬしが答えにたどりつかなかったのは、時間の流れを考慮していなかったからじゃ。」

「時間の流れですか?」

「簡単な話じゃ、いくらドラゴンといっても長いこと脅威にさらされてない存在に、人々は供物をささげ続けると思うかの?」

 

 確かに山の上に住み着いているだけで脅威にさらされてないなら、時間が流れるたびに、ドラゴンに対しての認識も変わりそうだ。


「まあ、だからといって、それで神聖さが下がってもドラゴン自体、元々強力な生物だからのう。それくらいじゃ呪いにかからない。」

「じゃあ……」

「ただ、いくらドラゴンといっても何も食わずに生き続けるような生命体ではない。」

「え?」


 何も食わずにとはどういう事だろうか。供物がないとはいえ強力な生物だ、自分で狩りをすれば食料に困ることなどなさそうだが。


「これも時間の流れの影響じゃ。ドラゴンも人間からもらう供物で生活することに慣れきってしまったのじゃろう。」

「自分で狩りに行かなくても少し待っていれば食料が届くと思って、何もしなかったってことですよね。その言っちゃ悪いですけど、そこまで知性が低いとも思えないんですが」

「いや、知性が高いからこそじゃろう。」


 矛盾している回答に思考が止まる。

 

「えっと、その……。」

「これも簡単な話じゃ。知性がある分、人間が何のために供物をささげに来ていたか理解しておったのじゃろう。」

「つまり?」

「山の麓にいる人間を不安にさせないために姿を現さずとどまっておったという所であろう。」


 なるほど。狩りをするとなれば当然、山を降りないといけない。そうなると麓の村人に見つかった際、供物が意味をなしてないと判断される可能性があるからってことなのか。


「だからうかつに山を降りることは出来ず、いつか来るであろう人間に頼り切ってしまった。」

「そうじゃ。そのせいで徐々に衰弱し、仕方なく山を降り食料を探し見つけたのが」

「マンドラゴラだった。ってことですね。」

「うむ。ドラゴンを捕まえた際、マンドラゴラが群生している場所を少し見て回ったらいくつか地面ごと抉られておった。」


 これだけの条件が揃ってやっと呪いが効く、全く大した生物だ。


「さて、これが答えじゃ。やっぱり未発展の世界には何が起こるか分からなくて良いのう。」

「ええまっていうか、そのドラゴン連れて帰ってきてよかったんですか? 向こうの世界では大騒ぎになってるんじゃ。」

「大丈夫じゃろ。もう若い世代には、ほとんど認知されておらんかったし、あっちの世界に返したところで、いざこざが起きて人間もこのドラゴンも悲しい運命になってしまうだけじゃ」

「ん? じゃあそのドラゴンどうするんですか」

「飼うに決まっておろう。まっ治療が先じゃがな」


 何度、至福の時間を邪魔されただろうか。それでも私が師匠について行くのは、なんやかんやこの展開を期待しているからなのかもしれない。


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