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1. 東京ジェネラルス

 日本プロ野球界に存在する16球団の中で、最古の歴史を持ち、優勝回数も図抜けて多く、球界の盟主とも称されている東京ジェネラルスは今シーズン4年ぶりにリーグ優勝したが、クライマックスシリーズで敗退した。

 これでもう12年間日本一になっていない。


 東京ジェネラルスの長い歴史の中で、かくも長期間にわたって覇権を逃し続けているというのは初めてのことであった。


 古くからのジェネラルスファン、特に昭和40年代、9年連続日本一に輝いた時代を実際に体験しているファンは、多くがそのことを嘆かわしく思っていた。


 東山、高崎が担った時期を挟んで嶋と続いた長期政権のあと、今シーズンから新たに監督となった多田は、慣例のシーズン終了の報告、挨拶のため、東京ジェネラルスの球団社長の元を訪れた。


 そこには、球団社長だけではなく前監督、多田にとっては師匠とも言える存在である嶋。

 さらにはさらに遡る時代の監督、その現役時代は通算本塁打数歴代トップの楊とともにYH砲と称された強打者、そしてその華やかなプレー姿もあって、日本のプロ野球史上最高のスタープレーヤーと言われている東山の姿もあった。


 今シーズン残した成績に関する事務的な報告のあと座は雑談に移った。


 多田にとっての嶋がそうであるように、嶋にとっては東山が師匠ともいえる存在である。

 嶋の現役時代のジェネラルスの監督は楊あるいは、昭和30年代前半、ジェネラルスのエースであった福田であった。

 嶋の現役最晩年の時期のみが、東山の第二期政権の時期に重なる。

 が、長期間続いた東山の第二期政権の中で嶋はコーチとして、東山から帝王学の薫陶を受けたあと、監督の座を東山から引き継いだのであった。


 球団社長が語る

「今シーズンは4年ぶりにリーグ優勝を果たすことができました。多田くんは新監督でありながら、チームをまとめよくやってくれたと思います。が、日本一にはなれなかった。

 このことについては、私は多田くんに責任があるとは思っていません。多田くんは多くの若い選手たちを起用して成長させてくれたと思う。我がジェネラルスは今、その将来が楽しみなたくさんの若手選手がいます。

 とはいえ、こういう声も聞こえてきています。

 それらの若手選手、総じてみれば小粒だ、と。


 今のジェネラルスにはショートで一時代を築いた吉岡がいます。長年にわたってジェネラルスのエースを務めてくれた高野、そしてホームランバッターの主砲、松本。ジェネラルスにはその名に相応しいスター選手は揃っています。

 が、高野は今シーズン限りでメジャーに行くと表明しました。

 松本もなるべく近い時期にメジャーに行きたいという希望を持っています。

 吉岡はよく頑張ってくれているが、もう選手としては晩年、全盛期の姿ではありません。

 このままではジェネラルスはスター不在の、他の球団と何ら変わることのない普通のチームになってしまいます。ジェネラルスはあの栄光のV9時代以降、何度もこの種の危機はあったがその都度なんとか乗り越えてきた。

 しかしもう12年もの間、我がジェネラルスは日本一の座から遠ざかっている。ジェネラルスは今、球団創設以来の危機に陥っているのではないか、私はそう憂慮せざるをえません」


 もういい加減にしてもらえないかな。

 多田は内心、そんなことを考えた。

 ジェネラルスはもう普通の球団ではないか。

 何十年も前から。


 球史に輝くスーパースター、東山と楊。

 9年連続日本一の栄光。

 我がジェネラルスは永久に不滅。


 多田にその時代の記憶はない。

 多田が物心ついたとき、ジェネラルスはもう常勝のチームではなかった。


 日本のプロ野球界で最も伝統のある球団というのはもちろんそのとおり。


 そしてBクラスになることは滅多になく、ほぼ毎年優勝争いには加わる。

 リーグ優勝する頻度は今も平均レベルをかなり超える。

 今のこの時代においては、それは充分に満足すべき成果なのではないだろうか。


 現場の指揮官は毎シーズン優勝を目指して奮闘する。それは当然のこと。

 だが明確に他の球団を圧倒するだけの戦力、投手も野手も客観的にみてそう言い切れるだけの選手

 を揃えない限り、それ以上のことを成し得るのは困難だ。


 球団社長の言葉を受けて、東山が口を開いた。


「ジェネラルスには、常に球界を代表するスターがいなければならない。それも数試合に一度登板する投手ではなく、毎試合登場するバッターに。

 私は監督をしていたとき、その意識でジェネラルスに球界を代表するホームランバッターが途切れることのないよう選手を集めてきた」


 そう、この方はそれをやった。

 FA宣言した長距離バッターを毎年のように、ジェネラルスに入団させた。


 ジェネラルスは球界を代表するチーム。

 その名声に憧れ、他球団でスターと言えるだけの実績を残した選手も、その多くがジェネラルスで

 プレーすることを望んだ。

 あの時代はそうだった。

 だが今は…


 東山が続ける。

「今は本当の一流選手は、その全盛期のうちからメジャーに行きたがる選手が多い。彼らの一番の憧れはメジャーであってジェネラルスではない

 今、日本のプロ野球界でトップクラスの選手はメジャーに集結している。

 このままでは我がジェネラルスに限らず、この国のプロ野球全体の危機だ。この風潮何とかならないものかなあ」


 何ともならないだろうなあ、多田は内心そう思う。

 だが、にも関わらず今、日本のプロ野球はその観客動員数からみても盛況といえる現状だ。


 かつては観客が満員になるのはジェネラルスのみ。ジェネラルス以外の球団はジェネラルス戦以外は満員になることはない。

 ジェネラルスと並ぶ人気球団である摂津ペガサスでもそうだったようだ。

 そして、東京ジェネラルス、摂津ペガサスが属するナショナルリーグではない、もうひとつのジャパンリーグについては、どの球団もその試合は、観客が少なく、閑古鳥が鳴くような状況で行われていたと聞く。


 今の日本のプロ野球は、ジャパンリーグも含めてその観客動員数は多い。

 どのチームも固定のファンをしっかり掴んでいる。

 今はとても望ましい状況なのではないだろうか。

 観客はスター選手を観るだけが目的でスタジアムにやってきているわけではない。

 その場にいることを楽しみ、どの選手に対しても懸命に応援してくれている。



 嶋が口を開いた。

「Jリーグ、サッカーの世界でもプロ野球と同じことが起こっています。トップクラスの選手はみんな海外のチームに行く。

 国内のチームには真にトップクラスの選手はいないということになります」


 サッカーか。嶋は社会的視野が広い。

 嶋がこのあと何を語るのだろう。


「Jリーグのクラブ、シーガル神戸は、時にJ2に降格することもあるような、決して強豪クラブではなかったのですが、そのクラブが昨年リーグ戦で初優勝し、今シーズンも優勝を争っています。今は人気を伴う強豪クラブになっています。このクラブの編成が、我がジェネラルスにも参考になるのではないかと思います。


 このクラブはジュニア部門も充実し、生え抜きの選手でレギュラークラスになり、さらには日本代表になるようなトップクラスの選手も何人か誕生しています。が、それらの選手も日本代表クラス、それに準ずるクラスになると海外に行ってしまいます。今の日本のプロ野球と同じ状況です。


 シーガル神戸はその現状を受け入れました、その現状を踏まえて、真にトップクラスの選手は海外に行くという今の時代において、どういう方策を取れば強豪チームを作ることができるか、我々が参考とすべき方法論があります」


 どんな方法論だろう、多田は思う。

 私が目指すものと、その方向性が違わなければいいのだが。


「海外にいったトップクラスの選手は、その全盛期を海外のクラブチームで過ごす。名門チームでレギュラーとして活躍する選手もいれば、意に反してさほど活躍できなかった選手もいる。が引退まで海外のクラブで過ごす選手はむしろ少数派です。

 全盛期を過ぎてレギュラーとしてはやっていけなくなった選手、自分が夢に描いていたほどは海外では活躍することができなかった多くの選手が日本に戻ってきます。

 シーガル神戸は、そういった選手の中でも、迫水、工藤といったかつて日本代表としても中心となって活躍していたようなビッグネームを獲得していきました。

 迫水、工藤を含めてあのクラブには今、かつての日本代表選手が5人在籍していたかと思います。

 年齢的に言えばその5人は全盛期をやや過ぎています。しかし概ね30代前半から30代半ば。日本国内であればまだまだトップクラスとして通用する力量を持っています。

 元日本代表でまだまだ一線級の力を保持しているビッグネームと、育成部門からレギュラークラスまで登ってきて近い将来に海外に雄飛しようという希望をもった選手たちを融合したチーム作り。

 これがシーガル神戸が強豪となった方法論です。そしてこれはかなりの資金力を持ったクラブでなければ取ることができない方策でもあります。

 野球の世界でも、サッカー同様の現象が起こっていることは言うまでもありません。


 その中で若手の育成をしっかりやる。その中からトップクラスの力量を持つ一流選手が誕生し、その選手がメジャーに行きたいと言えば、それを阻止することなく、対価を確保した上でメジャーに送り出す。

 そしてメジャーである程度の期間を過ごした、我が日本プロ野球のトップクラスの人材が全盛期を過ぎて、あるいはメジャーでは思ったほどの活躍ができなくて、日本に帰ろうと決意したとき、そのビッグネームを獲得していく。

 これは巨大なメディアが親会社で、資金も潤沢な我がジェネラルスであれば容易なことです。


 全盛期を過ぎたとはいえ、日本においてはまだまだレギュラークラスとして通用する実績充分のビッグネームと、競争を勝ち抜いて一軍に、さらにはレギュラークラスに登ってきた若い選手たちとを融合させたチーム編成。

 それが今のこの時代において、他の球団とは異なる、我がジェネラルスに相応しいチーム作りなのではないかと考えます」



 それでは、かつてのFA宣言をした一流選手を次から次にかき集めていた東山監督時代と、本質的には何も変わらないではないか。

 多田は思った。


 それによってジェネラルスには生え抜きではないビッグネームが、レギュラーでは収まりきらず、だぶつくくらいに集まってしまった。

 そして育ちつつあった多くの素質のある若手選手が、豊かな試合経験を積む場を奪われ、最も伸びるべき時期を逸していってしまった。

 あのときの愚をまた繰り返そうというのか。


 それを他ならぬ嶋さんが提案するのか。

 嶋さんも結局は、栄光のジェネラルス、球界の盟主ジェネラルスという呪縛に囚われているのか。



 

 球団社長の部屋を辞し、東山とも別れた多田が帰り道につくと、嶋が肩を並べてきた。


「多田さっきの私の発言、君はどう思った。東山さんと社長は感心してくれて、これからのチーム編成の上で参考にさせてもらおう。と言っておられたけど」


「嶋さんがあんなことを思っておられたとは驚きました」


「がっかりしたかな。東山さんと社長に迎合していると思ったかもしれないな」


 嶋は、日本のプロ野球が生んだ最高のホームランバッター楊が現役を引退したその翌年にジェネラルスに入団した。

 楊が現役引退した年は、現役引退後すぐにジェネラルスの監督になった東山が監督を解任された年でもあった。

 YHを中心にして動いてきた日本のプロ野球が大きな変動を迎えた年。

 YHが不在となるプロ野球界、そして東京ジェネラルス。

 その歴史の大きな転換で、高校、そして大学野球界のスター、その爽やかな容姿もあって若大将と言われた嶋が、ジェネラルスに入団。

 ジェネラルスの、球界を代表するスターの系譜は受け継がれた。


 ファンは新しい時代を代表するスター、YHの後継者として嶋をみた。


 そして嶋は確かにスター選手となった。

 だが、彼がプロ野球界に残した実績と記録はYHの後継者としては、物足りないものだった。



「いえ、そんなことは」


「現状を受け入れ、可能な限りレベルの高い選手を集める、それがジェネラルスには可能。

 現場の指揮官は、球団の編成部門が集めた選手たちの中から、その時その時で最も調子がよく力を発揮してくれる選手を選んで試合に出場させる。それだけのことだ。シンプルに考えたらいい。

 若手選手たちが成長しても、新たにやって来たビッグネームのベテランたちを乗り越えられなければそれだけのこと。

 ただひとつ大切なのは、ジェネラルスという伝統ある球団に対する愛。そのチームの一員であるという誇り。ジェネラルスプライドだ」

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