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高き館の王の書  作者: 碧美安紗奈
第一部
1/12

序章

 禍々しい木霊が、闇夜の霊気を震わせていた。伴奏は奈落の底でむせ返る荒波。歌は呪文のようだった。

 月は細い。漆黒の空に昇る頼もしき灯火は太陽と満身を重ね合い、新月となって転生したばかりなのだ。


「〝BAZUBI(バズビ) BAZAB(バザーブ) LAC(ラック) LEKH(レク) CALLIOUS(キャリオス)〟……」


 断崖の頂で跪き、育ちつつある月に一冊の本を掲げて祈っていた影が、ゆっくりと立ち上がる。彼が天を仰ぐと、にわかに風が強まった。

 虫の声が退き、木の葉が擦れる音まで息を潜めた。暴風にかき消されたのではなく、一帯の生命が、畏縮して逃げだしたかのように。

 影の羽織る夜に溶ける黒いローブだけが、威勢よくはためいていた。


「〝EHOW(エホウ) EHOW(エホウ) EEHOOWWW(エーホーウー) CHOT(チョット) TEMA(テマ) JANA(ヤナ) SAPARYOUS(サパリオウス)〟」


 気体が濁った。およそ生き物とはかけ離れたなにかが、辺りに集いだしているのだ。

 草葉に。梢の合間に。波間の飛沫に。


「〝きたれ〟」影は命じた。「〝地獄を抜け出しし者、十字路の支配者よ〟」

 魔女術における悪魔召喚の呪文である。

「〝ゴルゴ モルモ 千の形状を持つ月の庇護のもとに 我と契約を結ばん〟」


 永劫の死へと誘う蓋が開き、黄泉の淵が覗くのが影にはわかった。


「〝戸をあげよ。悠久の戸よ、あがれ。栄光の王入り給わん〟」


 声質は、寛大な皇帝のようなものに変化した。

 ニコデモ福音書において、磔刑に処せられたイエスが冥土に降りて言ったものだ。

 自らを陥れた悪魔に制裁を下すために。


「冥府よ!」

 今度は影自身の言葉だった。

(われ)が子羊を呼ぼう。第二の降臨を早めよう、人間の堕落を早めよう。おまえの腹は罪人たちの霊魂で膨れるだろう。我を信ずるならば、かの者を牢から釈放したまえ」


 恐るべき邂逅ののち、深淵より、遠雷のようにおぞましき声が響いた。


 ――ノゾミハ?


 影は喚声を上げた。


タリタ・クミ(少女よ、起きよ)!」

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