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【皇国編完結】刀華繚乱忠士伝  作者: 才式レイ
第壱章 ようこそ、皇国へ
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第陸話

 不審人物の報告と情報収集も兼ねて、駿之介は家事を手伝うことにした。だけどいざ申し出たら、当の小夜に小首を傾げられたのだ。なんでかと尋ねると、皇国(ここ)では家事全般は女性がやるのが当たり前だとのこと。

 実際、昔の時代は男尊女卑だと聞くし、その名残りとして今でも亭主関白の家庭も少なくはない。

 彼女の話を聞いて駿之介は焦り出す。しかし「偶に男手が必要な時を感じたのは事実」とのことで、彼女は申し出を受け入れることに。


 廊下の雑巾がけ、庭の掃除、洗濯物の取り込み。一通り終わらせたところで事前に冷やしあった麦茶を二つの湯呑みに注ぎ、丸盆に乗せて縁側へ。お疲れ様、と共に洗濯物を畳んでいる小夜の隣に腰を下ろし、片方を渡す。

 

「すみません、ありがとうございます」


「いえいえ」


 丸盆を横に置き、自分も一口。手伝うよと一枚を手に取り畳み始めると、先程と同様な言葉が返ってくる。

 暫く無言の時を経て、小夜の方から話題を振ってきたがそれも長続きせず、再び沈黙の帳が落ちた。情報収集のために接近したのに何一つも聞き出していない現状に少し焦りを覚えた彼が、口を開こうとした矢先に先手が取られた。


「不思議ですね。この時間になるといつも壱人(ひとり)でお留守番していたのに、今は隣に人がいるだなんて……」


「友達の家とか行ったりしないの?」


「最近はほら、物騒ですのであんまり……」


 そうか、と眉尻を下げる駿之介。確かにお利口さんではあるが、彼女のような年頃の子はいっぱいワガママを言って、目いっぱい遊ぶことに限る。


「うん。今までは寂しかったんですが、駿之介さん達が月華荘に入ってきてくれたおかげで、少しだけ紛れた気がします」


 そうか、と微笑を込めて返すその時、ふとある事実に気付いた。

 ここは高校の学生寮であるため、住人のほとんどは高校生だ。では何故低学年の小夜がここに住んでいるのか。ハッとなって思わず彼女の方に目をやった。

 まさか彼女も――ある可能性を思い浮かんだ駿之介は慌てて頭の片隅に追いやった。


「こう言っちゃあなんだが、小夜ちゃんはもっとワガママを言ってもいいんじゃないかな」


「ワガママ、ですか」


「別にワガママじゃなくてもいい。もっと素直に、感情のままに動けばいいんだ。でないと、自分自身を縛り付けすぎて却って無気力になることもあるから。ほら、例えば大石に倣ってみても……」


 言った途中で自ら墓穴を掘ってしまった。


「つまり駿之介さんは、わたしが漣さんみたく駄々をこねてもいいと、そう言っているわけですね?」


「いや、そうだけど……。なるべくその、程度をですね……」


「程度の弁えるワガママなんて、もうワガママではない気がしないですけど」


 確かにと同調すると、年相応らしい笑い声が聞こえ内心でホッとした。

 「じゃあ、最初のワガママを言いますね」と前置きした小夜はぶらんぶらんさせた足を止め、身を乗り出して彼の前に立つ。

 心なしか、一連の動作がどこか(おさな)げに見えた。


「わたしのことは小夜と呼んでください。ちゃん付けはなんだか子ども扱いされてるようであんまり好きではありませんので」


「ぜ、善処する、小夜」


「ふふ、はい」


 夕映えに照らされる丸い童顔に屈託のない微笑。元々打算的な考えで接触したはずなのに、目前のどこか吹っ切れた様子が見れてどうでも良くなった。

 その後、彼は先程遭遇した不審人物のことを伝えると、彼女の方が後に大石に伝言して、今後も気に留めると言ってくれた。










※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※










 夕食後。一人で皿洗いをしている夏目の後ろ姿をじっと見つめる駿之介。小夜で練習試合を済ましただけであって今の彼は向かうところ敵なしの状態。よしと接近を試みるも、


「て、手伝うよ」


 出た声が想像以上にカラカラで「ヤベッ、失敗したのか」と内心で焦り出す。意図をせずに気まずい空気を作ってしまい、小心者(チキン)ハートがこれ以上の沈黙に耐えられそうにない――その時。


「お、助かるよ。それじゃそこの布巾で皿を拭くだけでいーからね」


「お、おう」


 作業開始てから十分が経過。沈黙に支配される空間の中、背中に滲んだ冷や汗も増すばかり。

 マズい。元々謝るつもりで手伝っているのにこれでは本来の目的を達成できないままだ。今こそ落ち着いているように見えるが、内心の慌てぶりと来たら代々まで語り継がれるべきヘタレぶりである。


「学校はどう? 上手くやってけそ?」


「まだ初日だから分からないことだらけだが……少しずつ慣れていきたいと思う」


「……そっかそっか」


 夏目が納得したように呟いた後、会話のキャッチボールがピタリ途切れた。

 焦りにも似た感覚が彼の心中を圧迫する中、やはり自分から本題に入ろうと思い切って振り向いたが。じーっと覗き込まれた碧眼が間近にあって思わず後退った。

 逸らしたい意欲を堪えつつも真正面から受け止めると――。


「うん、よかった」


 小さく首肯する夏目を見て、駿之介は思わず鼻白む。

 そんな彼に、微笑みを深める。


「いやさ、昨日はアタシを見てなんか怯えてたっぽいじゃん? 今はアタシの隣にいられるぐらい、少し平気っぽいけど……あれ? 気のせいだったん?」


「……何故分かったの」


「なんとなくだよ。なんとなーく。ふっふっふ、女の勘を見くびっちゃあいけないんだぜ、旦那」


「……すまん」


「どうどう、気にしない気にしない。まっ、何かあったのかは詮索しないけどさ。ゆっくり克服して、ついでにこっちの生活に慣れてくれると、アタシ的には嬉しいかな」


 ニッと笑う夏目を見て、改めて彼女は優しいのだと確信した。


「今朝はありがと、おかげで助かった。と、いうわけで何か奢らせてくれ」


「あー、気にしないでいーよ。ほら、アタシらは同じ屋根の下で暮らす仲じゃん? 助け合うのも当然っしょ」


「いやいや、それだとこっちの気が済まないというか……そうだ。俺を助けると思って、何かを奢らせてくれ」


「うーん。そんな言い方されると、なんだかこっちが悪者みたいだね……しゃーない。じゃあ、有り難く奢らせてもらうとするか!」


 やや紆余曲折はあったものの、最終的にこちらの粘り強さに夏目は根負けした。まず一つ目の難関が突破したとのことで駿之介は内心でよしっと拳を握り締める。


「あっ、高いものは奢れないからなしで頼む」


「ちぇー、高級紅茶とか奢ってもらうと思ってたのにー」


 冗談めかした言葉を苦笑で受け流し、最後のお椀を拭き取る。

 拭き終えて水屋箪笥に戻すと、まるでタイミングを見計らっていたかのように後方からじゃあという声がし、振り返る。


「ミルクココア。うん、ミルクココアでいいよ」


「じゃあ、昨夜の差し入れはまさか……」


「あちゃ~、バレちったか~」


 自分の額を叩く夏目に駿之介は驚きを隠せずにはいられなかった。後々恥ずかしくなったのか、彼女はえへへと照れ笑いをするかのように頬を緩める。


「……んまあ、ちょっとした差し入れ?的な? あと、早い内にミルクココアの偉大な美味しさに洗脳されたいのもあるしね~」


 ああ、なんだ。最初から助けられたじゃないか。


「いや、初めて会った人に洗脳するな。発想が怖いわ」


 あひゃひゃひゃ、と白い歯並びを剥き出しにして笑う夏目。

 ころころと表情を変わる彼女と一緒なら、この不安だらけの新生活も楽しくなりそうな、そんな予感がした。

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