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【皇国編完結】刀華繚乱忠士伝  作者: 才式レイ
第壱章 ようこそ、皇国へ
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第弐話

 門にはインターホンがなかったため、仕方なく中に入って挨拶することになったが、


「ま、待ってくれよ駿兄。まだ心の準備が──」


「ほれ行くぞー」


「ああん、この鬼畜裏切りシスコンめ!」


 柚の喚きを駿之介は無視するように踏み込んだ。

 仄かに明るくライトアップされた前庭を飛び石伝って、表の格子戸に辿ってもやはりそれらしきものは見当たらない。

 「ごめんくださーい」と大声を投げ込むも応答はなかったが、中からは話し声がする。もう一度「ごめんくださーい」と叫ぶと、今度は「はーい」との返答が返ってきた。程なくして格子戸が開かれ、「はーい」と共に割烹着を纏う女の子が姿を現した。


「どちら様でしょうか」


「え、ええと」


 予想とは違う人物に出迎えられ、どうしようかと逡巡する駿之介。

 身長から鑑みると明らかに小学生と似だ。受け答えもしっかりしていることから、同年代の中でもかなり自立している子だと見受けられる。

 けれど残念ながら子供は苦手な方だ。かと言って背後に隠れている存在にいいところを見せたいという男のプライドが逃避を許されず、早速孤立無援の状況に立たされる展開に内心で溜息一つ。

 

 けれど二人の様子を交互に見て女の子は、何か思い出したかのようにパッと笑顔を咲かせた。


「もしかして、今日引っ越す予定の萱野駿之介さんと妹の柚さんでしょうか」


「そ、そうだけど」


 彼が肯定した瞬間、女の子は顔を更に綻ばせて深々とお辞儀。


「長旅お疲れ様でした。わたしは小日向小夜(こひなたさよ)と言います。よろしくお願いします! さあさあ、どうぞ上がってください! 案内しますよ」


 こちらも会釈を返し、案内されるがまま中へ。

 外見と負けず劣らずの和が色濃く広がる内装に彼らはキョロキョロとしながら小夜に付いていく。

 所々に意匠が凝らされた深紅の装飾が繊細かつ美麗で、どうしても目移りしてしまう。異国の地にいるはずなのに逆に親近感が湧くという奇妙な現象に陥るのは否めない。けれど、


(なんか引っ越しよりも、高級旅館に泊まるようで落ち着かないな)


 こんな贅沢な環境で過ごさなければいけないと思うと、却って身が縮まる思いがして内心で苦笑い一つ。現に柚の視線が泳ぎっぱなしで、どこの何に置いたらいいのか分からないといった様子だ。


 やがて一同は少し開いている障子戸に辿り着く。

 先程急いで応じるために閉め忘れたのだろうか。障子戸を押し開ける小夜の後ろ姿を見て駿之介は申し訳ない気持ちになった、その時だ。


「こちらが居間になり――」


「これ小夜、まだ話が終わっとらんわ! よくもまあ敵前逃亡しおって……。今日という今日は徹底抗戦じゃあ! 覚悟せいいい!」

 

 小夜の声を上回る、一際幼い怒声。

 ギョッと顔を上げる萱野兄妹とは対照的に、小夜は重い溜息を落とす。


 食卓の上で仁王立ちをしていた紫髪赤瞳の女の子がこちら――というより、小夜に指を突き付けた。喧嘩に巻き込まれないよう、すすすっと横に移動する兄妹。


「そんなことをしていません! お二人を――」


「そもそもじゃ! 皇食(こうしょく)は食べ飽きたのじゃと何度も申しておろうに、ちっともわしの頼みを聞き入れぬとは一体どういうことじゃ! 今日は『ぱすたー』じゃ! ぱすたーを食べたいのじゃあああーー!」


「駄々をこねてもダメなものはダメなんですっ! たかが特集ぐらいで月華荘の伝統を壊さないでください。大体、漣さんともあろうお方がそんなことを言ってはいけないではないですか!」


「いーやあーじゃああー! わしはぱすたぁーを食べたいのじゃあああーー!」


 なんか苦労してそうだなあの子。小夜の気苦労を察した彼は内心で同情し、喧嘩の行く末を見届けようと思った時に隣からあれという声がし、どうしたのと尋ねる。


「いや、さっきの『漣さん』で思い出したけど……あたし達の保護者の下の名前も『漣』だったような……」


「え。いやいや、そんなまさか……」


「だよね。あるわけないよね」


 ハハハハハと同時に乾いた笑いを上げる萱野兄妹。けれど嫌な予感をした兄の方は事実確認のために、もう一度手紙の内容を思い起こすことにした。


 一度読んだ者ならば筆者の『大石漣』に対し、造脂が深い上に思慮深いという人物像が浮かび上がる。おまけに、かなり達筆で書かれており、読み返す度に何度も舌を巻いたことか。

 あの極度の人見知りの柚でさえ勝手に『大石漣さん=カッコいい姉御!』というイメージを抱いた程だ。決してこのようなワガママキッズのお仲間入りでは――そう脳内で否定したその矢先。


「いい加減にしてください! お二人は既にこの場にいらっしゃいますよ!」


 顎を引いてむっとした童顔がこちらに向くなり、赤い双眸が見開く。


「おおー、(まこと)じゃ。やれやれ、どうしてもっと早く申さぬ。これじゃあわしがとんだ恥晒しをしてしまったようではないか」


「言う機会すらもくれませんので、知りませーんよーだ」


「おほほほ、それもそうじゃのう~」


 先程の駄々っ子からの一転。突然余裕たっぷりに笑い出す子供の豹変に、二人の頭の中で疑問符が乱舞する。


(一体何か起きたんだ……?)


 まるで全てはちょっとした茶番だったかのように、高く結んだ紫色の髪の毛を揺らしながら近付いてくる女の子の存在はやがて得体の知れないものに変わっていく。


 あり得ない。

 人間は一瞬でここまで変われるものなんだろうか──幼い顔立ちに鈍く光る深紅の眼を見ている内に、駿之介は背中が粟立っていくのを感じた。

 驚きよりも、恐怖に似だ。

 言わば、相反する二つの属性がその小さな身体に凝縮されたキメラのよう。果たして、これ程までに矛盾だらけの人間は存在するだろうか。

 

「駿之介、それに柚よ。遠路はるばるご苦労じゃったのう~。月華荘(げっかそう)へ、ようこそ。

 わしはおぬしらの保護者となる、大石漣(おおいしれん)と申す者じゃ。何か困り事でもあったら、いつでも申しておくれ。必ず力になると約束しようぞ」


 二度も深々と頭を下げられても、萱野兄妹の驚きは未だに消えず。ようやく反応できるようになったのは、三秒の間が経った後のことだった。


「「え、ええええええええええ!?!?」」


「うおっ、な、なんじゃ! 急に大きな声を出しおって……」


「お、大石漣さんってあの……俺達を引き取ってくれたという……あの、遠い親戚という……?」


「うむ、如何にも。正真正銘の大石漣じゃぞ〜」


 遺伝子は一体どうなってるんだ。きっとあれだ。神様の采配ミスとか。うん、きっとそうだ。そうに違いない。

 えへん、と誇らしげに胸を張る大石を見て、そんな現実逃避の羅列が思い浮かぶ。

 しかし酷い現実の前にもう一人の夢が崩れた。そんなと呟き、膝から崩れ落ちる柚の夢が。


「あたしの姉御ドリームがあああッッ!」


「柚、しっかりー!」


 駿之介は慌てて四つん這いになった彼女の顔を覗き込んだのだが、既に生気を失った以上、残念ながらもう手遅れとしか言いようがない。


「まさか名前三文字はカッコいい姉御ではないなんてしかもクソロリババアというオチ……! これは一体どういうことだ家に帰ったら速攻調べないと。あり得ない。あたしの理論(ロジック)に間違いがあるはずがあばばばば」


「フリーズした?! おい柚起きろ! 柚、ゆずううううう!!!!」


 取り返したくても取り返せることができない愛する妹の夢が破れ。完全硬直した彼女の代わりに、兄の慟哭が響き渡るのであった――。


「おほほほ、何やら面白い住人が増えたのう〜」


「ええー。これを見て面白いと言うのは、きっと漣さんだけですよ……」









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※










 柚が復活するのを待ってから、各自の部屋に案内されるという流れになった。小夜が柚のを、大石が駿之介の部屋を案内する手筈になったが、道中までは一緒ということで二階に向かいながら管理人の大石から説明を受けることに。


 彼女曰く、ここは厳しい規則とかはないが幾つかお願い事が存在するとのこと。

 『夜の外出はなるべく控えるように』とか、『二階の厠はまだ修理中だから一階のを使用するように』とか、『ご飯はなるべく全員揃ってから食べるように』とか。些細なものばかりだ。小首を捻った小夜をよそに、萱野兄妹は二つ返事で了承した。


「まあ、この月華荘に住む者は皆家族じゃ。ここを自分の家だと思って過ごすと良い」

 

 大石がそう締め括って、柚と小夜と一旦別れることに。

 ――と、ここで終わっていればただの説明会で終われたのだが。


「ほれここ、おぬしを入れても男子(おのこ)は二人しかおらんじゃろ? だから――もし女子(おなご)の風呂を覗きたいならいつでも申しておくれ。とびっきり良い場面を用意するぞ!」


「しませんってそんなこと! どうして普通に止めてくれないんですか!」


「だってわしも女子(おなご)のかわいい『きゃあ~』とか聞いてみたいからのう~」


「嘘だろ……」


 一体どうなってんだこの人の頭は――新しい保護者に対し怒りが沸々と湧くその時。


「ななななんだその神掛かったサービスは! 天国かッ。ぜぜぜ是非あたしにも応募させてください! お願いしゃす!!」


「柚にはまだ早いからダメ! お兄ちゃんが許さん! 絶対に許さんぞー!!」


 興奮気味になった妹の暴走を全力で引き止めようとする兄のことを、まるで歌舞伎の一幕でも楽しんでいるかのように、大石はうむうむと頷き。そんな光景の前に最年少の小夜は、頭を押さえ溜息吐くであった。

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